45話 この光景はプライスレス
赤く染まり始める空を見上げながら、頭を撫で続ける事数分。フィーちゃんも大分落ち着いてきた。
「ごめんね、大丈夫? ……そのままじゃダメだね。どこかで顔を洗えればいいんだけど」
そう言いながらそっとハンカチを渡す。
見よ、これが女子力よ!
……嘘です。
メイドさんが持たせてくれました。
「ありがとうございます……」と弱々しく言いながら。差し出したハンカチを受け取る彼女の瞳は、まだ涙でうるうると瑞々しい。
この空と揃いの色であり、その白い輪郭がなければ今にも溶け出してしまいそうだ。
泣いたせいで薄紅色の目元が熱っぽい。
うん、ダメだこれ。
変な人に連れて行かれちゃうよ。
「……あの丘の上に、水道が」
そう言って指差す先に、確かに丘が。
……ていうか灯台が。
……人はこれを灯台下暗しと言います。テストに出ますよー。
いやあのね、視界に入ってたんだよ。
でもなんか登れる木を探してたしね?
つまり見てたけど認知してなかったんだよ。
というか分かってても、行く道分かんないっていうかね?
そう、迷子だからね?
え? 人に聞けって?
人見知り舐めちゃいかんよ?
「あそこにはどうすれば行けるのかな?」
「こちらからです……」
彼女はそういうと、片手のハンカチで半分顔を隠しながら。もう片方の手で私の手を掴んで、てこてこ歩き始めた。
お、おう……なんでナチュラルな手口。
なんか手を繋ぐとか普段しないから、無駄にドキドキしちゃうね。私が男ならイチコロでしたよ。セーフセーフ。
どっか行かないか、不安にさせちゃったかな?
ここまで来て逃げたりしないから、大丈夫だよ?
まぁわざわざ言ったりはしないけどさ。
屋台の隙間を抜けて行った先に、死角になるように緩やかな坂道が見えてきた。
これは分かんなくてもしかたないや!
そう思えば、気分はるんるんハイキングだ。
しかしまぁ。
緩やかだと思ったのも最初だけでしたね。
運動不足がヤバいぞー。ほら、ちびっ子の足だと一歩が小さいから、たくさん動かさなきゃなんだよね。余計ツラい。きついわ。
目的地に辿り着く時には、すっかり息が上がってたけど。
「わぁ……! すごーい! 頑張った甲斐あったなぁ……っ‼︎」
緑に囲まれた中に芝生しかない、平らで開けた土地が現れる。見える範囲には石像と灯台以外何もない。
しかしそこから見える景色がすごかった。
まず目に入るのは、空。
空は星が飾る紺色と、今にも地平線へ隠れそうな燃える太陽の赤が混じる。青い海はその光を反射し、青というより黒い布の上に、宝石をちりばめたようだ。
海岸沿いには屋台のオレンジの光。
それがいくつも見えて、どこか暖かさを感じる。その光は海を囲み、終わりなどないかのように奥まで続く。
右手側を見れば、あの高いテント。
そこは青い光で王家の紋章が、美しく幻想的なライトアップと共に照らされていた。
どうも端だと思っていたあの場所は、端ではなく中央だったらしい。その上、逆方向に進んでいたことを悟る。えへー!
行き交う人々も思い思いに楽しんでいるようだ。賑やかな話し声が聞こえる。どこからか笛の音が聞こえ、それに続くように太鼓や歌声が響き始めた。
自分まで楽しくなってくる。
正しく祭り、といった感じだ。
夕方の潮風は爽やか。あの潮の香りと涼しくなった風が、辺りの木々を揺らしながら顔に張り付いていた髪を剥がす。
そのまま鼻から深く息を吸い込めば、緑と海の匂いが体を満たす気がした。
一言にまとめよう。
スクショしたい。
このスチル下さい。
写真! 写真に収めたい‼︎
この全てが見渡せるなんて、素晴らしい丘である。
言葉が足りない。あぁでも、この賑やかな感じや海を視覚以外で近く感じるのは、この場ならでは。体感でしか感じられないものかな。
それになんか、頑張って登ったから見れるって方が達成感とか充足感があるよね!
全部、今この瞬間だから感じられるものだ。
努力が報われる事って少ないからさ。
こういうの、大好きだよ。
ご褒美ー! って感じで!
ただ見惚れて、動かぬ石像の仲間入りをした私を尻目に。フィーちゃんは端にあった水道へ、顔を濯ぎにいった。
しばらくすると、またとことこと帰ってきた。
「すごいですね……私も話で聞いてはいたんですけど、ここまでとは思いませんでした」
そう言ってしばらく丘からの景色を楽しむ……そんなフィーちゃんを私はガン見した。
え、さすが主人公。
やっぱりここのスクショが欲しい。
似合う。景色にベストマッチング。
「あっそうです、このハンカチ、洗って返したいんですけどどうしたらいいでしょう?」
「いや気にしないでいいよ? そのまま返してくれても」
「いえ、そういう訳には……」
大丈夫だと言っても、どうにも渋られる。
うーん。でもなぁ。
後で返してもらうっのってさぁ。
実質、無理なんだよなぁ……。
私一応公爵令嬢だから、気軽に孤児院行けないし。あと子供だし。
あ、そうだ。ならこうしよう。
ふと思いつきで、こんな事を言ってみた。
「じゃあ、その敬語やめてくれたら今日の記念にあげるね?」
「えっ」
「あー。使いかけなんかヤダって言うなら、捨てちゃってもいいんだけど……」
まぁ性格的に言わないでしょうけど。
気にしちゃうくらいならさ。
交換条件にした方がいいよね。
驚いたフィーちゃんは、くりくりおめめをパチパチさせていたけど、しばらくすると。
「……ありがとう」
そう言い、そふにゃあとなったその顔は、りんごのように赤いほっぺと輝く笑顔が眩しかった。
うん、やっぱり笑ってた方が可愛いよね!
天使には笑顔が一番です!




