442話 姉の鉄槌
「解せぬ……」
「くー姉いつから武士になったんだよ……」
思いっきり口をへの字にしながら漏れた一言に、セツのツッコミが入った。でも気に食わないので、顎までしゃくれそうです。
いいでしょ! 気分よ気分!
身分的には武士と騎士変わらんでしょ!
まぁ私自体は武士でも騎士でもないけど‼︎
「ブシとはなんですか?」
アルのキョトンとした顔を見て。
私たちは固まった。
油断大敵、前後不覚、一難去ってまた一難……!
さっきの問題は解決し、当初の目的を果たすべく歩いてたせいなのか。それで気が緩んでたのか。私たちは、普通に会話してしまった。
そして、それを聞き逃す王子ではなかった。
アホー! バカー!
うちの弟たまにこういうことするからー‼︎
「あ、やべ」じゃないのよ聞こえてるよ‼︎
「えっ⁉︎ あーえっと……? なんだろあはは……」
頭に手を当て、首を傾げてとぼけてみる。
が、その穏やかな顔は。
瞳を細めて、標的を変えた。
はっ……! まずい!
「なんですか?」
「えっオレに来んのかよ」
「知っているのでしょう? 君たちで会話していたのですから」
あかーん! 動揺がバレバレだわー⁉︎
うちの弟、私より演技できないのよ!
何ビクッと肩揺らしてるのよ!
しかもその引きつった顔!
知ってますっていってるようなもんじゃないのー⁉︎
さすがにこのままにしておけないので、セツを背に庇うように視線攻撃の前に出る。当然こちらに標的が移るので、力強く言い切る。
「東の! 国の! 言葉です!!!!!」
「……そうなんですか?」
「そうでしょ⁉︎ ね、そうよねっっ⁉︎」
疑いの眼差しはまた弟に向いたので、私もばっと振り返ってめっちゃ睨み効かせてアイコンタクトした。頷け〜うなずけ〜‼︎
「あ。はい、そっすね」
「軽ーいっっ‼︎」
「は? ねーちゃんは何を言って欲しかったんだよ」
いや良いんだけど!
それで合ってるんだけど!
でも合ってないでしょうがぁ‼︎
その部活の先輩に返すみたいなノリはなんだよっ⁉︎ おい弟ぉ⁉︎ 君は本当に私の弟なのかたまにわかんないよぉ‼︎
悩みすぎて頭を抱える私を、きっと誰も責めないと思う。
その返事の相手部活の先輩じゃないし!
この国の王子なんですけど⁉︎
おまけに私たちのバッドエンド立役者よ⁉︎
姉がヘイト溜めないように、頑張って暗躍してるのになぁ⁉︎ 君はなぁ⁉︎ なんでかなぁ⁉︎
「ふふふっ君たちは本当に面白いですね」
しかし私の心情はよそに、アルは何故か笑っていた。しかもなんか、結構ツボに入ってない? なんで? どうした?
「ほら、大丈夫だって」
「私が大丈夫じゃない! あと! 人を! 指ささないっ‼︎」
「うわやめろよ、人の指を折ろうとするなって」
「じゃあ私の心も折ろうとしないでくれるっ⁉︎」
ガシッと指を掴もうとしたら、ひょいっと手を避けられた。腹立つ!
しれっと王子を指さすなよ!
というか人を指さすの自体ダメだからね⁉︎
もともとアルへの礼儀はアレだったけど‼︎
それでもTPOは考えて欲しいし最低限は守って……!
「はぁ、ティア、そこでやめてあげたらどうですか?」
「で、なんでアルは笑ってるの⁉︎」
「では逆に聞きますが、君は何故そんなに怒ってるんでしょう? ……それとも、何か焦ってますか?」
ドキッ!!!!
それは、向き直ったら思ったより近かったアルにびっくりしたのか。
それともそのーー何かを見透かそうとする、イエローダイヤの輝きに恐れ慄いたのか。細められたその瞳は、何を映しているんだろうか。
目と鼻の先にある危険信号に、私は瞬きしかできない。
「……ふぅ。まぁ、今日のところは許してあげましょう。先を急いでますからね」
「あ……」
伏せた瞳でため息を吐いたその顔は、次の瞬間には私の髪を少し掬って妖艶に微笑んだ。あ、悪魔……いや魔王様だ……!
「いやほんとだよ……何が嬉しくて、姉のいちゃついてるとこにいなきゃいけないんだよ」
「いちゃ⁉︎」
「はいはい、いいからさっさとオレたちを案内してよ。『フィーちゃん』のとこまで」
「言われなくても、そのために来たんだからしますけどっ⁉︎」
ひどい、この弟酷いぞ!
元はと言えばあんたが撒いた種でしょ⁉︎
それをい……いちゃついてないもん!
「ふんっ!」
「っ⁉︎」
ゲシッと弟の鳩尾めがけて肘鉄を決め、ズンズンと先を歩き出した。顔を顰めているのが一瞬見えたけど、もうしらないんだから‼︎
「あー……えぇと。大丈夫ですか?」
「……あんのクソ姉が……」
「あぁ、すみません私が揶揄いすぎましたか……」
クリスティアは行ってしまったが、彼女の弟は蹲っていた。それを見捨てる彼ではないため、少し屈んで声をかけたが。
顔を顰めていたセスは、ふっと表情を戻すと一瞬アルバート王子を見た。
「……逆だよ逆。王子、あんたは踏み込まなさすぎだ」
「え?」
呆気に取られている間に、セスは立ち上がる。先ほどまで、痛がっていたとは思えないほど普通に。
そして、王子へ少し顔を向けて言った。
「あのアホ姉が口を開かないのは、強引さが足りないからだよ。待ってたら一生、後悔するかもよ?」
「それはどういう……?」
しかし、セスはそれには答えなかった。
「はー。つかマジでオレが殴らないのを良いことに、容赦なくやってくれやがって……」
「むしろ、よく立ちましたね……?」
「あぁ。仕方ないんで、痛覚鈍らせました」
「……雷魔法使うほどの威力だったんですか……」
あとから追いかけてきた2人の会話を、クリスティアは当然知るはずもなかった。




