420話 高所恐怖症の本領発揮
「いやぁぁあぁぁぁ⁉︎ ちょったか……ったかっ⁉︎」
「舌を噛まないで下さいね?」
考えてみて欲しい。
心の準備もしていないのに。
宙に投げられたら、どうなるか。
答えは簡単、恐怖で硬直よ!!!!!!
すくみ上がる胃とその他諸々、縋るところはアルの首元しかない! い、今だけは何があっても離せないですマジで‼︎
もうぎゅーっと!
ぎゅぎゅぎゅーーーーっといってますけど‼︎
でも意外というかなんというか……。ちょっと落ち着いてくると「あ、景色綺麗」とか思って……いやあんまり余裕はないけど!
「そこまで怖がらなくても大丈夫ですよ。クロより怖くないでしょう?」
「……え。……もしかして、風の抵抗を感じないせい……?」
高さと驚きで怖がってたけど。そういえば抱えられてる感覚は、あんまりいつもと変わらないような……?
ふっと口元が緩んだと思ったら、こう言ってのけた。
「それだけでも、少し違うでしょう?」
……この人、風凪とアクセラレーション併用してるのか……!
頭がおかしい。
何故か笑顔のアルの横顔を見ながら。
その余裕と技術の高さに目を剥いて。
多分私は、怪物を見るような顔だと思う。
ねぇそれ、正反対の事同じ魔力でやってるって事だよ……? 別々の魔力でも難しいのに、何やってくれてんの……?
まぁ怪物だろうが魔王様だろうが、今はこの手を離したくないですけどね⁉︎
「さぁ、着きましたよ……って、大丈夫ですか? 震えてません? このままでいましょうか?」
やっと正常な重力を感じた時、私に訪れたのは安堵でもなんでもない。
見晴らしの良い景色があるという事は?
崖の恐怖があるという事ですよ!!!!
高所恐怖症舐めないでよね⁉︎
未だに彼の首元に、しっかり絡まったままの腕。そして引き攣る口元を必死に動かして、出た言葉はーー。
「……四つん這いになってよければ、下ろしてもらえますでしょうか……」
「……やめておきましょうか」
滲みかけてくる涙を堪えている私のカタコトな言葉に、アルはそっと目を伏せた。
……ぐっ! ごめんなさいご主人様……!
不甲斐ないわんこをお許しください‼︎
高い所だけは! ダメなの‼︎
と、一瞬申し訳なく思ったものの。
「……お兄様。私がその役割変わりますのよ……?」
恨めしそうな声が隣から聞こえてきた。
「何を言いますか、リリー。これは婚約者である私の権利、そして飼い主の特権というものですよ。リリーの細腕では無理でしょう?」
「そんな事ないですのよ! そんなの魔法で
なんとでもなりますもの‼︎ お兄様だってご存知のはずでしょう⁉︎」
「まぁティアのお願いを受けたのは私ですので」
……なんかおかしなこと言ってない……?
でもそんなことどうでも良いくらい、私はしがみつくのに必死。クロが大丈夫なのって、常時しがみついてるからなんだよ……!
あぁ人間の首元なんて!
心許なさすぎる‼︎
しかも体重支えてくれてるのは両腕だよ⁉︎
密着度が足りないのよ‼︎
お金で買えない安心感、プライスレス‼︎
情けなさで得る安心感、プライドレス‼︎
私は後で死にたくなる羞恥心と引き換えに、今恐怖に堪えてますけど、何か⁉︎ リリちゃんの方向く余裕もないですけど!
「……でも、女神様の御前で……」
「はっ! たしかに‼︎」
言われた途端にアルから腕を離し、シャキッと背筋を伸ばして……ぎゅっと目を瞑った!
「よし! 今よアル! ちょっと大分間抜けだとしても、立たせてくれたら立つから‼︎」
「……何してるんですか?」
「見なければ高くても怖くない……はずだから! 視界の制御‼︎」
見えないけれど、まぁ呆れられてるんだろうなとは思うけどね⁉︎ 声が完全に、予想外の生き物を見た時の声だったもん‼︎
「……女神様はティアに寛容でしたから、大丈夫では?」
……ん?
なんかアル、残念そうな声してない?
気のせい? 見えないけど。
「お、お兄様が本気ですの……! さすが私のお兄様ですのよ……‼︎」
そして、何故か鬼気迫るような。
唾を飲み込むような、リリちゃんの声。
……ところでなんで褒めてるの?
……そうやって冷静になってくると、今の自分の間抜けな姿を自覚してくる。
ヤバいな……。
私、いくつよ……?
今時子供でもこんな間抜け晒さないか……。
改めて考えると、何を王子様に頼んでるんでしょうか……。「目を瞑ってるから立たせて?」……ヤバいやつだな私⁉︎
「……やっぱりちゃんとするので、普通に下ろしてもらえますか……」
うすーく目を開けつつ、乾いた声で小さく呟いた。
婚約破棄級の爆弾発言のお陰で、血の引くような冷静さを取り戻した私。何故か不満顔なアルがゆっくり下ろしてくれた。
……あれはない。
あれは100年の恋も冷める。
あぁー……何言ってるんだろ……。
「ごめんね、ア……」
ル、と言いかけて。
背後の絶景が見えてしまった。
バッと下を向きつつ、手はがっちり彼の袖口を掴んでいる。こ、こら、離すんだ私! さっき冷めた恐怖を、何取り戻してるんだ‼︎
「お姉様……大丈夫ですの?」
「あ、あんまり大丈夫ではない……」
「私が抱きしめてあげますのよ?」
「そうするとなにもできないでしょう……!」
優しい声に、小さな悲鳴のような返事をする。リリちゃんに抱きついても、絶景は見えてしまうので抱きついて動けなくなるだけです!
かくなる上は……!
「……殿下に姫君、大変申し訳ないのですが。私を真ん中にして、両側から引っ張って歩いてくれません……?」
へっぴり腰すぎて、もはやお辞儀のようなポーズのまま。私は泣きたくなる気分でお願いをした。




