42話 位置情報サービスが欲しい (挿絵)
「あぁもう! 私を癒してくれるのは美味しいご飯だけです!」
ダメだ! もうダメだ!
この衝動はヤケ食いで消費するしかない!
……でもここのテントの食事お上品‼︎
色とりどりに並べられた、ビュッフェ形式の品の数々はこじんまりと。繊細かつ上品に並べられていてーー明らかに量より質タイプだ。
そりゃそうだよね! 貴族向けだもんね‼︎
みーんなちょびっとずつ、とかなんだよ!
だけど私は今、そういう気分じゃない。いやそれはそれで素敵だしいいんだけど。ほら、あるじゃん? 高級料理よりジャンキーなもの食べたい時!
だから違うのよ……。
私が求めているものはもっと……!
体に悪そうな炭水化物……!
「クリスティア嬢……?」
「少し……風に当たって参りますわ。そう……心に平穏が訪れたら戻りますので!」
そう言うなり、びゅっと走り出してテントを出た。そのまま屋台の方へダッシュ‼︎
焼きそばが! お好み焼きが!
たこ焼きが! フランクフルトが!
あと綿あめとりんご飴とかき氷が私を呼んでいる‼︎
****
「行ってしまった……」
「あれ、クリスティア外に出たんですか?」
そう声をかけてきたのは、私の婚約者の弟であるセス・シンビジウムだった。
「君は……満喫していますね」
「食べないとやってられないので」
彼を見るとターキーレッグを頬張っていた。
先程はケーキを食べていたと思ったのだけれど。随分男らしいというか……豪快な食べ方をしている。
貴族の年長者として一言いうべきだろうか……。
いやしかし彼も子供であるし。
でも教育的には……。
そんな子供らしからぬ思考を、アルバート王子は巡らせている。悩んだ挙句、今回は目を瞑ることにして、別の話題を振る。
「そう言えば彼女も、癒しはご飯だけだと言って出て行ったけれど……風に当たりたいだけならすぐに帰ってくるんでしょうか?」
「え、そんなこと言ってたんですか。バカですね」
「……。」
食べ続ける彼に、なんとも言えず視線だけを向ける。私は君たちって、とても姉弟だなと思うけれどね?
「あいつ……屋台なんて行って方向音痴なのに帰ってこれるのか?」
その視線には気付かないのか。
はたまた豪胆に無視しているのか。
しかしそれよりも、別の気になる話が溢れた。
「屋台ですか?」
「お祭りって言ったら屋台だ! って言っていたので」
「珍しいから、見に行ってしまったということですか……」
頷きながらそう言われて、思案する。
確かに彼女は、海送りに参加するのが初めてだと言っていた。なかなかない光景に興味を抱いても、当然かもしれない。
「いや、どっちかっつーと食い意地……まぁ帰ってくればいいんですけど。大丈夫かな。一本道っぽいし」
「まぁ、曲がらなければ……それほど遠くは行かないと思うのですが」
そう口で言いながらも心配そうな彼に、口で同意しながらもまさかという考えが浮かぶ。
「どー考えてもクリスって曲がるタイプじゃないか?」
「あと興味があるものがあれば、周りが見えなくなるかと思います。すみません、食事をしながらで。お話が聞こえてしまったもので」
興味本位に来たと言わんばかりのヴィスに、苦笑いで話しかけてくるブランドン。それらの話は、明らかに悪い方向に考えを傾けるものだった。
その割に、2人とも落ち着いているが……。こちらでも肉を皿に盛っていた。これは、ローストビーフ?
「君たちは肉食になったのですか?」
「や? クリスの弟が甘いものの後、しょっぱいものを食べると、無限ループできるっていうから試しに」
「確かにリセットされる感じはありますよね」
もぐもぐもぐもぐ。
のんきにも、ヴィスとクリスティア嬢の弟は肉を頬張り続ける。ブランドンは気にしつつも、探しに行く様子はない。
……そしてこの空気に流されかけている、自分に気付く。
「いや! 迷うほど遠くに行く可能性があるなら、探さないと……」
「大丈夫じゃないですかね。いつも1人でなんとかなっちゃうタイプですし。諦めついたら戻ってくると思いますよ……それにチートも使えるんでしょ?」
彼女の弟は、随分と他人事な意見である。
前はもっと、クリスティア嬢に寄りそった感じがしたけれど、気のせいだっただろうか?
「お姉さんが心配じゃないのですか?」
「逆ですかねー」
「逆?」
不思議がる私を他所に……もぐもぐ。ごくん。
食べたついでかのように、こう告げた。
「姉なので心配してないです」
****
なんということなの!
焼きそばない! たこ焼きない!
お好み焼きとか気配もない!
かき氷、りんご飴、あるけど綿飴だけあらず!
こんな屋台いやだー! こんな屋台いやだー!
焼きそばは覚悟してた! たこ焼きも海送り失敗した時の話で、タコはないかもって思ってた!
でも! でもさぁ!
お好み焼きはあってもいいじゃん‼︎
かき氷だって簡単なのに無いんだよ⁉︎ びっくり!
ちなみに見つけたりんご飴らしきものはレッドバルーンと呼ばれていた。たぶんそうだと、思うんだけど食べないとわからない。
仕方がないのでみんなの分と、あとケバブとトルティーヤを買った。
なんでこれはあるの?
製作者の趣味なの?
子供だからもう腕いっぱいだわ。重い。
持てないから帰ろうとしたんだけど、あれ?
「ここはどこだろう……?」
そういえば、私って方向音痴でした。今思い出したよね。どうしよ。
だってね? 屋台って買い物するじゃん?
くるくる右も左も行ったり来たりするじゃん?
曲がるじゃん? 分かんなくなるじゃん?
そう、言い訳だよ!
でも仕方ない。かつての私は、位置情報サービスが友達だったからね。ナビが正義。
あんなに一緒に色々なところを回ったのに、今はもういないなんて……という無駄な感傷を入れてみる。もちろん解決しません!
うーん……とりあえず高いところ行こう!
高いところに行けば、テントが見えるはずだ。王族のテントは変わった形してたから、それを目印にすればいいかな?
そう思ったんだよ……思ったんだけど。
「どこにあるのかなぁ上に登れる場所……」
いや、木とか登れれば別なんですけどね?
でも私、保健体育万年3だったからね?
酷いと2だからさ?
もちろん無理ですよね。
まぁそれ以前にここにあるのなんて、ヤシの木くらいなんですけど! 足場がない! そもそも登れないね‼︎
「そういえば、ココナッツミルク系は売ってたもんねー……」
木を見上げながら、途方に暮れそんなことを思う。
特産なのかな? でも私、ココナッツミルク苦手なんだよね。女の子は好きな子多そうだけど。とか考えて気を紛らわせる。
状況? 良くなるわけないね。
もう悟り開きそうだよ。
事態は一向に改善の余地なしです!
「しょうがない……」
考えるのが面倒になったので……。
ケバブ食べよう!
腹が減っては戦ができぬからな!
別に考えるの放棄したわけじゃないぞ!
考えるのに糖分必要だから!
それなら甘いののほうがよかったかな? あ、けど美味しいコレ。
甘味のあるタレは少しとろみを持ち、よく焼かれて香ばしく。鼻腔をくすぐられ自動ドアと化す口に運ぶと、噛みしめるたび肉の旨みが、口いっぱい広がる。
その柔らかさを堪能すると、また豊かな香りが鼻まで吹き抜け……。
そんな感じではむはむと食べつつ。
進む方向は相変わらず不明なので。
とりあえず右に向かって進んでいたら。
「あの……お困りですか?」
声をかけられた。女の子だな?
そう思って声の方を振り変えるとそこには…。
ふわふわと綿あめのような薄紅色の髪。
瞳はオレンジジュースのように明るい色。
喉渇いた。ケバブのせいだ。いかん、雑念が。
桃色のほっぺは艶々で熟れた果実のよう。
小さく開かれた唇は赤く、りんご飴が似合いそう。
ミルクのように白いお肌は、まるでお人形。
そして着せられている簡素で大きめのワンピースは、不似合いでありながらも。彼女の素材自体の愛らしさを一層強調していた。
この魔法使いがお菓子で可愛い人間作りました、みたいな人物は……。
「フィーちゃん……?」
「えっ?」
間違いない。
この子は幼き日の『学プリ』主人公。
フィリアナ・ラナンキュラスだ。
ナビじゃなくて位置情報サービスなのは
相手の位置も分かるから。