41話 そんなつもりはなかった (挿絵)
「……ブラン兄ちゃんに、謝って」
セツはそれだけ言うと、諦めたように目を閉じてそっぽを向いた。
えっ! 嘘! 怒らないの⁉︎
身構えていた私は、拍子抜けした。どうも思ってたより懐いてたっぽい。さすが我らの心のお兄ちゃんだ。うちの弟まで絆すとは……!
そのまま感動の眼を向けたけど、本人はよくわかっていないみたいだ。
でも私のブランへの好感度はまた上がったよ!
もともと高いけどね‼︎
これがお兄ちゃん力ということなのね‼︎
「ありがとう、ブラン! 心配かけちゃってごめんなさい」
「大丈夫だよー? 僕たちも話ししたりケーキ食べたりしてたし。あ、クリスティの最近の話もきいちゃった」
「ちょっと何聞いたの⁉︎」
にこにこで謝ったせいなのか。予想外の反撃を受けた。
声とは裏腹にちょっと悪い顔で笑うブランを見て、ばっと弟の方を見る。すると「いないのが悪い」と冷たく返された。
こ、こいつめ……!
「かわいかったなー、おっちょこちょいで。あの……」
「あーあーあー⁉︎ あっこんなところに美味しそうな一口ケーキが! はい! 美味しいよ!」
余計なことを言われる前に、その楽しそうな表情で喋り出しそうな事を。そこらへんにあった一口サイズのミルフィーユを、彼の口に突っ込んで阻止!
……ふう。
私の尊厳は守られました。ミッション達成。
たとえ周りが驚き固まろうと見てない見えてない。
「んぐっもぐもぐもぐもぐ……ごくん。あ、これ美味しい」
「そうでしょう! 大きすぎると飽きやすくなるけど、このくらいなら美味しいよね! よし! 美味しいケーキ探そう!」
1番目を丸くしていたはずのブランも、意外とのんきに返してくれたのでそのまま話を……。
「でもクリスティ、いきなり突っ込んだらだめだよ? 危ないでしょう?」
逸らそうとして流れてきた、ブランのありがたいお説教は聞き流しました!
仕方ないのよ、いつもはしないよ!
今は私の緊急時会話脱出サービスがですね⁉︎
勝手に発動しただけなの! ワタシワルクナイ!
セツの呆れ顔が見えた気がするけど、背に腹は変えられないのです! 自分がされたら絶対嫌でしょうに! まったく!
腹いせにセツの口にも、ケーキを突っ込んでやろうとしたが。「いや、自分で食べるから……」と冷たく返された。
そしてブランを引っ張りケーキを探し始めた。
ねぇ、どっちが兄弟かな。
おねーちゃんは悲しいよ?
このフォークに刺したケーキが手持ち無沙汰よ?
仕方ないので自分で食べました。もぐもぐ。こんなに美味しいのにね。甘いはずがしょっぱいのは気のせいかな?
「なぜでしょうか……。私、すごく置いていかれてる気がするのですが」
「……がんばれアルバ。私は殿下の味方ですよ?」
「その口調がうそくさい上に、私はヴィスにも言いたいのですけど……?」
後ろの2人の声に、私ははっとした!
そうだよ! 2人の記憶も消さなきゃ!
私の醜態の記憶うやむやにしなきゃ‼︎
「ちょっとよろしいですか! そちらでお2人で世界作らないでください! ケーキを食べてください!」
ケーキは美味しい。そう、ケーキを食べたらさっきの私の話もどうでも良くなるに違いない。そうであってくれという勢いのままに、2人に迫る。
甘いものは偉大だから!
全てをどうでも良くしてくれる力があるから!
しかし勢いがすごすぎたのか、ヴィンスがサッと引いて言った。
「あ。じゃあアルバにも食べさせてやれば?」
「「えっ」」
驚きの発言で、王子とハモった。
「そんな恐れ多いことさせるなんて、なんの罰ゲームですか……?」
「クリスティア嬢? ちょっと今の点くわしく聞いても?」
こわばった私に、にこにこと黒い笑みで尋ねられた。ひぇ! 怖いよ!
「ち、違うんですそうじゃないんです! 不敬罪にあたらないかなとか、そういうことでして!」
「それにしても罰ゲームとは……」
「ええ、とても深く傷つきましたね……」
しどろもどろに言い訳をしたら、要らぬ地雷を踏んだ。ヴィンスはやれやれといった感じで、アルバート王子は悲しむように、瞳を閉じて言う。
「ええええすみませんすみません! 私はどうすればよいでしょうか……?」
こんなところで、信用落としたくはないんですけど⁉︎
そう必死に赦しを乞う思いで、王子の顔をちらりと見るけど……。
「罰ゲームではないと……証明してくださいますか?」
開かれた瞳を覆う色素の薄いまつ毛を、再びそっと伏せたあとに、懇願するような目をこちらに向けられた。
な、なんだこの演技のような威力⁉︎
は、破壊力が‼︎
思考をパーンっと持っていかれる!
思わずコクコクと頷いてしまったけれど。
え、これどうするの?
食べさせたらいいの?
私の頷きに満足したのか、桃色の唇をきゅっと弧の字にし、期待に満ちた黄金のキラキラ輝いている瞳で、見つめてくる。
な、なんでかな……?
なんでこんな緊張するの?
私さっきブランとセツにもやったよね?
お、同じことをするだけだから……決してやましい事ではないから……と、気合を入れて、ごくんと唾を飲み込む。
フォークで刺したケーキを、ぷるぷるしながらそっと口元に近付けるけれど……開かない⁉︎
「あの、アルバート様?」
微笑みながら小首を傾げられる。
んんん可愛い! そして違う!
そうじゃない! そうじゃないです‼︎
口、口ですよ‼︎
「えっと、お口を……」
おずおずと尋ねてみたが、やはりというか開かない。しかもその拍子につん、と唇にケーキが当たってしまった。
クリームが、お口に……!
あああごめんなさい!
でもほんとに開かない!
なんですかその開かない扉のような口は!
開けゴマみたいな呪文が必要ですか!
いくら魔法の世界だからってそんな……あ。
「あ、あーん……?」
するとあんなに開かなかったお口がパクリと開き、反対に瞳はまた伏せられ、ケーキはお口に吸い込まれて行きましたとさ……。
一瞬のことなのに、時間が引き延ばされたように感じられ、私が最初に思ったのは『あ、まつ毛長いな』でした。
閉じられた口からスッとフォークを引き抜くと、薄桃色の果実にのっていたクリームは、真っ赤な舌が絡めとってなくなった。
そして最後に柔らかく笑う天使は「ご馳走様でした」と終わりを告げた……。
「ーー〜〜っ‼︎」
あああこれやっぱり罰ゲームでしたよね!
だってね! こんなに今すぐベッドにダイブして、枕をバンバンやりながら転げ回りたいのに、それを我慢して、あろうことか、普通の顔して立ってなきゃいけないんですよ⁉︎
壁に頭殴りつけるのでもいいんだよ⁉︎
できないんだよ⁉︎
この衝動をどうしろと⁉︎
どこに逃せと⁉︎ 耐えろと⁉︎
そうですかやはり罰ゲームですか!
どうにも抑えられなくなって、助け舟を探したのにあやつ!
私の心の兄弟たちと楽しげに話している! 逃げた‼︎
「私になら、いくらやってもいいんですよ?」
「ひえええごめんなさいいいい‼︎」
なんでか分からないけど、怒ってますよね⁉︎
揶揄ってますよね⁉︎
お願いしますので今ここで殺さないでください! これ以上やると死にます、心が!
天使の顔をした王子は、実は悪魔だってことを身に染みて実感しました……。
今日の教訓。アルバート王子怒らせるのダメ、絶対。