389話 あなたの香り
カランカランというベルの音が、私たちを見送ってくれるがそれどころではない。
しばらく引っ張り、端に人がいないのを確認して。手を離してくるってと振り向く。
「あのね⁉︎ アルは自覚ないかもしれないですけど、あんまり人に可愛いとか言っちゃいけないのよっ⁉︎」
私の抗議に、一瞬きょとんとしたが。
すぐになんか……いやーに。
楽しそうな笑顔になる。
「どうしたんですかそんなに顔を赤くして」
「っ! いや! いいのよこれは! 条件反射だからとりあえず置いとておくのよ‼︎」
「いえいえ。熱でもあったら大変ではないですか」
「ないから! ちょっと! 手を近づけてこないの‼︎」
頬に触れようとしてくる手を、ペシッと避ける。乙女のほっぺはそう簡単に触れないのよ‼︎
「もー! からかわないのっ‼︎」
そのまま腰に手を当てて、眉を寄せてむっと怒った顔を作るが……。
「怒っても可愛いですよ」
「怒ってる人は可愛くないのよ! 怒ってるんだから‼︎」
「でも可愛いので」
「可愛くないったらないの!」
なんだこのやりとりは!
甘々カップルみたいなんですけど⁉︎
……いや違う、冷静になれ私! こういう可愛いと思うの、私も多分あるじゃん⁉︎ あれよ、あれ……リリちゃんとかに思った……。
そこでピンと来た!
「つまり、子供扱い……⁉︎」
「急に真剣に考え出したと思ったらそうなりますか」
ハッと閃いて答えたのに、目の前のアルは白けていた。あれ? さっきまで楽しそうにしてたよね? 気のせいかな?
「でも確かにそれなら全てが説明できる……! 甘やかされてるのもそういうわけでは……⁉︎」
「君のそういう残念な思考は、どうしたら変えられるんでしょうね……」
衝撃の気付きに、思わず口を押さえた。
なんか言われた気もするけど、よく聞こえなかった。たぶん大したことじゃないと思う。
そうか……。少なからずアルもシスコンっぽいもんなぁ……。まぁそこもいいとこだと思うけど……。
「何故でしょうか、貶されている気がします」
だけどちょっと格好もつけちゃうお年頃だもんね……! 実の妹には恥ずかしいけど、私ぐらいならできると思われたとか……?
「あぁ……また考え出してしまいました……。長くなりますかね……多分外れてますが」
そうよね……! 私は一応婚約者だから、そういうことしても辺な目で見られないしね! それに部下だから丸め込めるもんね‼︎
「……何やら真剣に頷いてますけど、違いますからね? まぁ恐らく聞こえていませんが……」
納得だわ……! ほど走るお世話欲求が、先走っちゃった結果なのね……! わかる! わかるよアル……‼︎
「あぁ……頷きが深くなっていく……。どこから訂正したらいいんでしょうか……。その前に何を勘違いしたのか確認しないとですが……」
つまり年下の女の子なら可愛いのよ!
そう、ヴィンスのお姉さんは上だもんね!
それは可愛がれない……!
考えが纏まった私は、ばっと顔を上げてアルを見据えた。
「今理解したわ、アル!」
「申し訳ありませんが、その理解は大方外れてますね」
自信を持って宣言した途端、ピシャッと否定された。なんで⁉︎
「わ、わかんないでしょ⁉︎ 私が今何考えてたか、アルにはわからないじゃないの!」
「違うことは分かりますが、そうですね」
「じゃあ……!」
「分かりませんが、分からないからこそ分かります。恐らく私の思考も、ティアは理解してないんだろうなぁと……」
意気込んで刃向かったのに、その顔があまりにも哀愁に満ちていて動じてしまう。
「え、えっと……どうしたの? 私で良ければ話聞くよ……?」
「……ご心配ありがとうございます。けれど大丈夫です、これが私の選んだ道ですから……」
夏の爽やかな風が、秋の寒々とした風かと思うほど。流し目で微笑むその様は、悲しい悟りを漂わす。どうしたんだろうねほんとに……。
「動揺したということは、少なからず何かの自覚をさせたと思ったんですが……。手強すぎます……」
「? 強いのはいいことだよね!」
「……たまには弱くてもいいんですけど」
何か言いたげな、悲しそうな笑顔を向けられ。困ったので、ニコッと笑っておいた。
……そしたら、頭を押さえて溜息をつかれた。
「はぁぁぁぁぁ…………!」
「えっな、何? 笑うの間違いだった? ごめん⁉︎」
「……馬鹿な犬ほど可愛いという言葉がありまして」
「⁉︎ 馬鹿って言われた⁉︎」
何故なんの脈絡もなく⁉︎
びっくりしたけど。首を振ったアルは「そこじゃないんですよ……」と、呆れ顔のまま肩に手を回してきた……は!
「また捕まってしまった‼︎」
「これで許しているだけ、私は紳士的ですよ。本当はもっと強く、この腕で抱き止めておきたいんですから」
「え⁉︎ なんで⁉︎ そんな脱走しそうかな⁉︎」
私はやはり駄犬なのか⁉︎
しかしそれには答えず。ジトーっとした目だけががこっちに向いた、と思ったら。そのままこてんと、頭が頭に載っかってきた。
「⁉︎ え、なに⁉︎ 疲れちゃった⁉︎ カフェでも入る⁉︎」
「……。」
「あ、アル〜?」
「……ふ、冗談です。ティアはいい香りがしますね」
「⁉︎ あ! 多分百合の香り⁉︎ それはするかもしれない!」
困っていたところにいきなりそんなこと言われて、一瞬動揺したものの。たしかに百合はいい香りだもんね! と、思い起こした。
今はリボンになっているけど。
さっきまで花の形だったし。
もうずっと付けてるから、私は意識してないんだけどね。
頭の横でよくわからないけど、アルが目を閉じた気がする。
「……そうですね、私の香りがしますね」
「それは語弊があるからね⁉︎ 王家の! 百合の! 香りね‼︎」
「あの百合は元は私のものですが」
「そうだけどちが……いやそうなのか……⁉︎」
真剣に悩み始めたら、くくっと笑って。
「そういうところが好きですよ」と言われた……あーもう! 人のことからかいましたね⁉︎




