383話 期待したくないのに
「もう少し休みますか?」
「いやいい……。ここにいてまた何か企まれたらたまったもんじゃないし……」
「何か?」
「なんでもないですー! さぁさぁ! 時間は有限ですので! 行こ行こ‼︎」
思わず出た本音を流すべく、しゅたっと立ち上がりアルの手を引っ張る。彼は少し目を見開いたものの、すぐに優しい表情になった。
「でも、いいんですよ。大変だったらもう帰っても」
はー! またそういうこと言う‼︎
何かを確かめるような。そんな言葉にむっとする。まぁ心配もしてくれてるんだろうけど!
振り回すなら、振り回して欲しい。
その方が、そのせいにできるのに。
優しいこと言っちゃうもんだから……!
「……私が! アルと遊びたいの! もう、イタズラの仕返しになんか買ってもらうんだから‼︎」
「はは、お手柔らかに」
「手加減なしに連れ回すからねっ!」
だから私は、自分で意思表示しなきゃいけなくなるじゃないの……!
いやでも刻みつけられる。
なぞるように、確かめられる。
これは、私の願望だと。
誰かのせいに、させてくれない。
こういうの天然でやってるんだとしたら、とんだ魔王様だわ。無邪気に笑っちゃってますけど! もう‼︎
こういう事されると、私の事好きなのかと勘違いしちゃいそうなんですけど‼︎
「いや大丈夫大丈夫、私はわかってる、オールオッケー……」
「? どうかしましたか?」
「なんでもない。ちょっと冷静になれる呪文よ」
そう、私は期待なんかしないのだ!
そこで首傾げてる、無自覚王子の無自覚タラシにもハマらない! ……無自覚ですよね?
……ていうか、好きな人いるって聞いたもんなぁ……。
ズキリと痛むその感覚は。
痛みとともに、私の熱も下げてくれる。
……良い薬だこと。
何故痛むのかには、気付きたくもない。
「……じゃあまずあそこが見たい!」
正直気分を変えようと、咄嗟に指差したその先は可愛らしいお人形屋さんだった。
カランカランカラン
木彫りの装飾があるドアを開けると、中は人形で埋め尽くされていた。
「うわぁ……! 壮観だね‼︎」
「これはすごいですね」
そこにあるのは、大中小様々なテディベアを中心とした人形の数々。ウサギやネコの人形などもあり、それぞれ顔も個性がある。
人形用の洋服なんかも売っていて、オリジナルの人形を作れるセレクトショップだった。
どれもとてもファンシーで可愛らしい作りだ。入り口近くの目についたテディベアの1つを、ちょっと持ち上げてアルに合わせてみる。
「子供の時のアルとか持ってたら、ぴったりだったんだろうけどなー! 今だと……ふふふっ」
少しゴールドがかった毛並みが、ふわふわしている。黄色い瞳のそのテディベアは、レースの襟をリボンで可愛らしく付けていた。
天使だった時のアルならねー。
もう文句なしに似合っただろうけど。
今、こんなに身長高いしなぁ。
見上げながらもミスマッチ感に、手で隠しつつも思わず笑ってしまった。
「なんですか。今が魅力的でないとでも?」
「いやー、あの時は本当に可愛かったから……」
「ティアが私に可愛くなれというなら、頑張りますけれど」
そう言って私が持っていたテディベアを抱え、その手をくいくいと動かして見せる。……もしかしてそれ、可愛いアピールなの?
予想外の行動に、ぷっと吹き出してしまう。
「ふふっそんな事しなくても、アルは十分魅力的だよ!」
「そうだと良いんですけどね……なろうとしてもなれないだろう自覚はありますし」
肩をすくめた彼は、そのままテディベアを棚に戻した。
「可愛く? 必要ある?」
「相手が可愛いのが好きというなら、頑張ろうかとは思うじゃないですか……」
なるほど?
好きな人、可愛い系が好きなのかな?
……え、アルならどうでもよくなるでしょ。
でもなれないと思っていながら、なろうかと悩むとは……かなり真剣だなぁ。ちょっとため息を吐きそうなくらいには、感心してしまう。
「相当好きなんだねぇその人のこと……」
「……まるで他人事のように扱われますけどね」
「えぇ……?」
何故か睨まれた気がして、反応に困る。
「でもすごいと思うよその心意気。私なら諦めちゃうなぁ……」
苦笑いしながら出た言葉は、私の心からの本心だった。
何かを好きでいるのが苦手だ。
一番も作りたくない。
振り向かせようとするのも無理。
だって嫌われたら、もっと怖いから。
だから素直に、そう言える。失敗ばかりだと、前に進めなくなるのだ。きっと……というか、アルはそうじゃないんだろうけど……。
本来執着が深い自覚があるので、私ならなおのこと遠ざけてしまう。
「諦めるですか……まぁそれができるなら、そうしたい時はありますよね」
「……って事は、しないんでしょ?」
「まぁ……。手に届く距離にいるのに、そんな事はできないでしょう?」
クスッと片眉を歪ませて笑う彼は、ずいぶん大人びて見えた。まるで苦労を経験してきたみたいだ。
ちょっと面食らいつつ、視線を逸らして続ける。気を逸らすように、目の前にあったテディベアを撫でながら。
「……私はそれでも諦めちゃうけど」
「それは意外ですね。ティアはとても諦めが悪いと思っていましたが」
その発言の方が意外だ。
意外すぎて、アルの方を凝視した。
「えぇ⁉︎ どこが⁉︎」
「どこがというか……いつも言いつけを守らないで、暴走するじゃないですか」
「うっ」
痛いところを突かれて、胸を押さえるポーズを取る。
いや、ほらそれはもうね?
しかたなかったのばっかりじゃない?
うんうん……多分。
でもまぁ、結果そうなので言い返せない。仕方がないので、苦し紛れに一言足しておく。
「自分だけなら我慢するんだよ一応……!」
「ええ……そうなんでしょうなんでしょうね」
「……信じられないとは、言わないんだ?」
少し、意外に思って瞬きした。
でもアルは、静かに笑うだけだ。
「……自分で言っといてなんだけど、説得力ないんじゃない?」
「さぁ、どうなんでしょうね?」
「なんなのその答えは」
「だって、何を言っても嘘っぽくなりそうではありませんか?」
……なんなの、そのずるい答えは。
じっと見ても、その表情は変わらない。
目を伏せて笑うその顔は、どう考えても……。だけどそれでも疑ってしまいそうな自分すら、見透かされている気がした。
日曜こそ!感謝祭するんでよろしくお願いしますっ!




