379話 押せ押せにたじたじ
もう離してもらうことは諦めたので。若干熱を持つほっぺをなんとか誤魔化そうと意識しながらも、おずおずと申し出た。
「あの……せめてそのお金と荷物は持つよ……?」
「それはできませんね。もう私が受け取ってしまいましたから」
私のなのだから、持たせるのもなんか悪い。
そう思ったのに、余裕を滲ませる笑顔で。おまけにウィンクのサービスまで受けてしまい、どうしたらいいのかとそわそわしてしまう。
ていうかウィンク似合うなぁ!
それできるのアルかアイドルだけじゃない⁉︎
自分がイケメンだとわかってる所業だよね⁉︎
今の気分は、間違ってアイドルと付き合う事になっちゃったファンだ。いやこれで例え合ってるのかわかんないし、付き合ってないけど!
付き合って、ないんですけど‼︎
過剰なファンサはファンを殺すのだ。覚えておいてほしい! 私はもうちょっと生きてたいので、面白がって攻めてこないでほしいんですが……今更かな⁉︎
心頭滅却と心で唱えながら、険しくなる顔のまま悟りの道を模索していたら。
「それに今ティアは、お金を持っていないのでは?」
「……そう、なんだけど!」
痛いところを言い当てられて、思わず口をへの字にしてしまう。
だってちゃっと行って、ちゃっと帰ってくる気でいたのだ。普通御令嬢も御子息も自前で、なおかつ小銭なんて持たないのだ。
私は庶民が染み付いてるから、だいたいは少し持ち歩くけど……。今回急いでたし!
つまり今私が手持ち無沙汰なのは普通のことで、アルが持ってる方がおかしいことになる。普通の王子様は小銭を持ち歩かない。
そこでハッとする。
「まさかこれは仕組まれた計画的犯行……⁉︎」
「私というよりは、君の侍女の画策でしょうか?」
まさかの発言に、私は衝撃の表情で。
アルはにっこりとしたまま。
数秒、見つめ合ってしまった。
し、シーナァァァ!!!!
何やってんのあの子は⁉︎
「えっ何言われたの⁉︎ というかいつ言われたの⁉︎」
「ティアとリリーが外に出たタイミングですかね。どうやってあんなに仲良くなったのか、尋ねてみたんですが」
「あの揶揄われてるだけのやりとり、仲良しに見えたの……?」
先ほどの驚きは別の疑問にすり替わり、逆になんだか冷静になってしまった。
アル、あれ本来怒るとこだよ?
割と無礼千万な言動しかなかったよ?
私は慣れてるだけだよ?
言いたいことが頭の中で渦巻きすぎて、口が開いたまま言葉が出ない。
「合わなければ侍女になどしないでしょう。まぁ、大分驚きましたが」
「……ですよね」
視線を逸らして苦笑い。そう言われてしまえば否定はできない。侍女は一番、信頼のおけるメイドに任せるものだから。
でもシーナは外面だけは、良かったはずなんですけどねほんとに……。
けれどこの関係性を否定しないアルは、かなり大人に思えた。貴族のルール、めちゃくちゃ破ってますけどね。それ、許せちゃうんだ。
彼の腕に揺れる袋を眺めながら、そんな事を思った。
「彼女が言うには、『押しでございます』との事で」
「……何を言ってるんだあの侍女は……」
もう居た堪れなくなって、顔を覆った。
侍女が「押し」とか言うんじゃないよ!
そうなのかもしれないけど!
侍女としては間違ってるよ‼︎
本来の侍女とは、主人を助けるために一歩下がるものだ。シーナにそれは期待してないけど、人様に言う回答ではない。
「そして『殿下ももっと押していってください』と、エールを受けまして」
「それは果たしてエールなのかなっ⁉︎ それとも私を悩ませたいだけなのかな⁉︎」
「しかし納得もしたんですよ」
「納得しちゃったのかーっ‼︎」
なんで納得しちゃったんでしょうか⁉︎
驚きの連続でガバッと頭を上げたものの、手の位置が顔から頭にズレただけだった。
アルさんアルさん⁉︎
そんなね⁉︎
穏やかな表情するとこじゃないのよ!
我が侍女はテロリストかな? ってくらい、置き土産が酷すぎる。それかあれかな? 主人を困らせるのが趣味なのかな?
「私もしかしてシーナに嫌われてるのかな……?」
「嫌いなら、あんな慈しみの表情は向けないと思いますが」
「いったいどこをどう見たら、慈しみの表情にみえたんでしょうか……」
私はどっと疲れてしまいましたよ……。
もはやただ歩くだけの人形みたいになっている。あと大人になったと思ったけど、アルの目は腐ってるのかもしれない。
肩を抱かれているのをいいことに、こてっと頭を預けてしまう。この疲れはアルのせいでもあるので、当てつけですよもう!
それに気付いたアルが、少し心配そうにこちらを覗き込みながら尋ねてくる。
「足、痛みますか?」
「いやもう、足は忘れるくらいどうでもよかったよ……大丈夫」
「それならよかったです」
「よくはないですけどね⁉︎ 別の意味で疲れちゃ……いや! 歩くのは問題ないんだけど‼︎」
今疲れたとか言ったら、帰っちゃうかも⁉︎
そう思って、あわててぶんぶん両手を振る。いやなんか、それは残念と言うかもったいないと言うか……!
ん? 残念?
もったいない……?
私、帰りたくないの?
心の中で引っかかる何かが、うまく落ちてこない。
明らかな違和感なのに、なんだろう?
楽しいから帰りたくない……とは、まだ言えないと思うんだけど。それにどちらかと言えば、帰った方がいいと思ってるはずなのに。
首を傾げる私に、アルはふっと笑った。
「よかった……私もまだ帰りたくないです」
「……‼︎」
は、反則っっっっ!!!!
その笑顔は、反則だよっっっっ!!!!
それはまるでとろけるような。
愛しいものでも見つめるような。
美しくも、優しい笑みで。
こんな至近距離でそれをされた私は、当然のように破壊力で固まった。ただドキッと、心拍数と顔の温度だけが上がっていく。
「も……もー‼︎ こんなのばっか‼︎ シーナが変なアドバイスするからぁっ‼︎」
「さすがティアの侍女、と言ったところですね。とても有益でした」
「もーもーもー‼︎ からかうの禁止っ‼︎ 次やったら帰りますからね⁉︎」
何故かご満悦な彼を、パシパシ叩く。
でも効果はなさそうなので、ふくれながら睨みつつそう言ってみたけど。
「どうしても、帰りますか……?」
「ぐ……っ!」
今度は切なく、悲しそうな表情をされて。
またもや心にクリティカルヒットした。
なんでその格好で!
濡れた子犬みたいな顔するのよぉ!
ギャップなの⁉︎ いらないんだけど⁉︎
明らかに今の格好には似合わないのに、それでもときめいてしまう私は末期かもしれない。
……いやなんのよ‼︎
「『お願いももっと使うと有効的です』と言われたのですが、それは私も知ってましたよ」
「……知っているなら使わないでくださいっ‼︎」
最後にさっきより強くバシッとしたけど。
アルの笑顔が崩れることはなかった。
私は! こんなに! 怒ってるのにー‼︎




