372話 勘も良ければ実力行使も早い
「この辺りで止めましょうか」
体は伝わる振動が止まりその声がする頃には、もう私はクタクタだった。通り過ぎる栄えた街並みも、楽しむ余裕がなかったほどに。
体力だろうかって?
いや違いますね。
もうね、精神的によ精神的に‼︎
「お、終わった……! 馬上生活が終わった……‼︎」
「そんな何ヶ月も暮らした、みたいな言い方はおかしいと思いますが」
「精神的には体感そのくらいだったよ‼︎」
白馬が止まったのは、競技場の入り口前。普通はここまでは入れないけど、ここは誰もいないから。
先に降りたアルの手を借りながら、ゆっくり降りつつ口だけは元気に文句を言う。足が地面につく感覚が、こんなに素晴らしいとは。
だって馬は高いし!
練習と違って誰かさんは飛ばすし‼︎
そしてからかってきた余韻があるし⁉︎
自分の意思で動かせないのも、怖さとドキドキが加速するのだ。人任せは怖い。しかも怖いだけじゃないドキドキも、まぁあるし……。
そんな事を考えてたら、降りるのに失敗し足首をグキッとやった。
「あいたっ⁉︎」
「あぁもう何をしてるんですか。大丈夫ですか?」
「うわうわ大丈夫! 大丈夫だから‼︎」
反射的に声を上げた私の足元へ、心配そうに屈もうとする彼を手で制して止める。さすがに跪かせる訳にはいかない!
「痛むなら、私が運びますよ?」
「⁉︎ いいです‼︎」
予想外すぎる発言に、これでもかと首を横に振る。何言ってんの⁉︎
「ですが腫れるかもしれませんし……」
「あー! もう超元気だなー⁉︎ 全然痛くないなぁー‼︎ 走れちゃうなぁー⁉︎」
「あぁもう分かりました。運びませんから、ひとまず走ろうとしないで下さい。悪化しても知りませんよ?」
元気なところを見せようと、走ろうとしたら手首を掴まれて捕まった。走れって言われたら痛かろうが走るけどね‼︎ 今はまだ走れるし‼︎
「折れてはいないと思いますが……」
「さすがにそれはないよ! 心配しすぎ‼︎ さ、もう行こっ‼︎ ちゃちゃっと終わらせよ‼︎」
顎に手を当てて悩む彼を言いくるめ、引っ張るように先導する。私の手首を掴んでいたアルは、渋々足を動かす。目線は下のまま。
どれだけ気にしてるのか。……腫れたらどこかのタイミングで、見えないようにしておかないとかなぁ。
じんわりと痛む足を気にしないように進んでいたら、後ろから少しため息が聞こえた。
「今ほどリリーから冷却の仕方を教われば良かったと、思ったことはありませんね」
「えっだから大袈裟だよ? それにちょっとはできるでしょ、アルも」
普段やらないだけで。
理論の理解と想像力があれば、火魔法は熱を奪うこともできる。怒ってる時寒くなるあれは、確かにアルの魔力の力なのだ。
しかし少し振り返ってみたら、彼はしょげていた。
あんまり普段見ない。
多分見せないようにしてるし。
その姿は、ちょっと可愛いけど……。
「私は加減ができないので、使うと凍らせてしまうかもしれませんね……」
「あ、絶対使わないでねお願いだから」
私はまだ歩ける足が欲しいです……!
足が凍る想像をして、ピシャリと即答で跳ねてしまった。今凍らせられたら困るんだよ! 今じゃなくても困るけど‼︎
怖くなったので、元気アピールのためにも速度を早めた。心配はありがたいけどね‼︎
「……んん。えっと、心配ありがとう。だけどなんで急にそこまで心配してくれるの?」
ちょっと冷たすぎたかと、咳払いしてから話題転換を試みる。なるべく優しめな声で。
「だって本当は痛いんでしょう、足が。歩き方で分かりますよ」
「……なるほど」
どうも幻覚かけるなら、最初からかけとくべきだったらしいね! もう遅いとな‼︎
ご指摘賜り、苦い顔で頷くしかない。誤魔化すべく前へ向き直り、すたすたと歩く方に集中する。
観察力カンストなの?
できる王子様なの?
まともな女の子ならコロッといくわね‼︎
しかしまともじゃない自信がある私は、心配された嬉しさよりも。完全犯罪に失敗した、コソ泥みたいな気分になった。証拠隠滅ならず!
「腕だって、こんなに細いんですから……」
「うひっ⁉︎」
掴んだまま手の人差し指だけで、するりと手首を撫でられ驚いてしまう。
「折れそうで心配もするでしょう?」
「それより急に撫でないでね⁉︎ びっくりするからね⁉ あとそこは手首だから誰でも細いよ‼︎」
「ちゃんと食べてるんでしょうか?」
「た、食べてる食べてるっ! だからこんなに元気なんでしょ‼︎」
手を払いのけながら、怒るように答える。
だってびっくりしたんだもん‼
もー悪戯しすぎ‼︎
私はおもちゃじゃないんですけど‼︎
振り返って講義の意を込め睨みつけると、真剣な瞳と目が合い少したじろぐ。な、何その目は?
「本当に少し痩せたのでは?」
「……食べてるから大丈夫。みんなに聞いてもいいよ?」
鋭い視線に少し目を逸らした後、すぐに戻して見つめて言った。まぁ、痩せたのは痩せたけど……。
私は多分、元々の悪役令嬢よりスレンダーになってる。ゲームの姿は、もっと色気漂う感じだったもんね。
けど私は、ストレスがあると痩せるタイプだ。
だから元々があぁいう体型になってないし、まぁ考える事が多くなると……若干痩せる。胃にくるタイプなのでね……。
というか悪役令嬢は私なんだけど、多分ストレス感覚が薄かったのだと思う。あと他で解消してたとか。
でも別に倒れるほど痩せたわけでもないし。
見てわかるほどでも、ないはずだった。
それを見抜かれるとはね。
前世から見ても、誰にも指摘されてないのに、初めて言われて多少動揺した。セツだって気付いた事はないし。
具合が悪くなると、迷惑かけてしまうから。
そこは気をつけてるんだけど。
だから食べないなんて事は、しないけど。
なんか怒られるのか、と。身構えて警戒していたけど。
「……わかりました。これが終わったら、後で寄り道しましょう」
「へ?」
「視察を兼ねて、城下を見てから帰りましょうか。もちろん、足が痛くなければですが」
「いやまぁ、それは今のところ大した事ないと思うけど……」
「では決まりですね。変装してきて良かったです」
そういうつもりで、変装させたんじゃないけど……?
思いもよらぬ言葉に、呆気に取られて上手い言葉が出てこない。そのまま固まっていると。
「では無理のない範囲で急ぎましょうか」
「⁉︎」
「こちらの方が早いですので」
そのままにこやかな表情で近づいてきたアルが、私を持ち上げるのに時間はかからなかった。
な、なんでこうなってるんだ⁉︎
混乱は口から外には出ず、私の頭をぐるぐる巡って渦を巻き起こすだけだった。
次回日曜日は連続投稿しますー!




