369話 隠せるものと隠せないもの (挿絵)
「思ったより時間がかかりましたが、何かありましたか?」
そう言う声は、いつもの知っている声。
だけど。
「……知らないイケメンがいる……!」
「はい?」
目に飛び込んできたのは。
暗い藍色の髪は、それでも透明感があり。
瞬きする瞳は黄色を強調する漆黒のまつ毛。
身に纏う銀と紺地はただならぬ空気を醸す。
明らかにイケメンだけど知らない人だった。
「お兄様素敵ですの! 騎士の制服も流石の着こなしですのよ‼︎」
リリちゃんも大絶賛の。
完璧な変装姿がそこにあった。
ただし下っ端には、全然見えないけど!
「えっすごいまつ毛まで色が違うっ!」
「そこですか……?」
「まつ毛と眉はマスカラでどうにでもなりますので。けれど違和感が出なくなると言う意味では、髪色が紺でよかったです」
「なるほどー⁉︎」
さっき用意したかな⁉︎ と思ったけど、そのくらいはシーナ持ってるだろうなぁ。一応、私の化粧品一式も持ってきたはずだし。
そう説明を受けつつ、覗き込むようにまじまじと困惑顔のイケメンを眺める。わーすごいまつ毛が長いー! 髪上げてるの新鮮‼︎
しかしそんな楽しみは、顰められた顔と共に妨害される。
「私の見た目はいいですから。それより、君はどうする気ですか?」
「えっ私?」
「私が見つかるより、ティアが見つかる確率の方が高そうですけれど」
いつもより険しく感じる顔でそう言われれば、まぁ確かにとは思うけど。
「そこは闇魔法でどうにでもするから大丈夫‼︎」
「……私には変装させておいて?」
「それとこれは別だから‼︎」
納得いかない顔をされても、腕を組んで主張する。さすがに自分へ魔法かけるくらいは、お茶の子さいさいですよ!
それに私!
別にすごい人オーラとかないんで!
変装してもオーラ出ちゃう人と違うの!
ぎりぎりと奥歯を噛みながら、どう頑張ってもイケメンにしかならい顔を睨んだ。まぁその気品やイケメンぷりは顔だけじゃないけど。
私は品や人柄がオーラを作ると思うんだけど。その大半は見た目と所作なのよ。あとは滲み出る自信感とか、顔つきとか。
アルにそれを崩す事ができるかって。
……絶対できない!
だから無理! 隠せないのよ‼︎
「漏れ出すオーラがなければバレないんですよ……!」
「はぁ……?」
「アルはもっとオーラを隠す努力をして……いや、ごめん想像できないわ」
目をつぶって考えて。考えられずに片手で頭を押さえてそのまま振った。ムリ。少なくとも私には想像できない。
「褒めてるのか貶してるのか、どちらなんでしょう?」
「わかりにくいですが、お嬢様はこれ以上ないほど褒めていらっしゃいます」
「……なるほど」
「お姉様はよくわかっていらっしゃいますの! お兄様はなんでも着こなせますけれど、生まれ持ったオーラだけは隠せませんもの!」
なんだかんだで付き合いが長いシーナは、いつも失礼だけど。職業柄も人生経験もあって、意思を汲むのには長けている。
あとその変わらない表情で言われると、謎の説得力があるよね。そしてリリちゃんからも笑顔で強く押されれば、頷くほかないだろう。
てなわけで、丸め込みも成功したので。
「わかったらちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと帰ってこよう‼︎」
「うわっ急になんですか⁉︎」
「いやどこか掴んでないと、失敗しそうで怖いから」
「いつもは自分からなんてあまりしないのに……」
アルの腕に手を回して、もう片方の手でビシッとポージングしたらびっくりされた。その上なんか不満そうである。仕方ないのにー。
だってなんだかんだもうお昼になるから!
急がなきゃだからね‼︎
私1人で行かせてくれないからですよ!
よって文句は聞かず、掴んだそのまま引っ張って歩く。
「あ、そうだよこの部屋鏡ない! 窓もちっちゃいのか‼︎ いいや、鏡オープン‼︎」
手を翳してピカーッとさせたら、はい一丁鏡の出来上がり!
無駄に豪華な装飾付きの、アンティークっぽい巨大全身鏡を作り出した。2人並んで立ったって、全然余裕のある代物だ。
それを目の前で目にしたアルの視線が刺さる。急いでる中でもお城に合うようにしたのになぁ?
「君って人は本当に……」
「えーっと、後でこれはリリちゃんにあげるね!」
「ありがとうございますお姉様! 私はこの部屋を誰も入れないように、護りながらお待ちしておりますの‼︎」
「うんよろしく! 行ってきます‼︎」
全く。リリちゃんの方が全然聞き分けいいよ?
笑顔で大きく手を振るリリちゃんと、静かにお辞儀をするシーナに手を振りつつ。鏡に向かって、歩を進めていく。
「アル! 入るまではしっかり私に掴まって、手を離さないでよね!」
「掴むも何も、がっしり掴まっているのはティアの方なのですが」
「まぁそうとも言う!」
今私がアルと腕を組んでる状態だからね!
しかも強制的にね‼︎
それが不満なのかなんなのか、もう疲れているのか。苦笑気味に言われてしまったけど、とりあえずドヤ顔で頷きは返しておいた!
でもこれも、鏡面世界に入るため。
闇の魔力を纏わないと入れないから。
接していた方が確実性が高いからだ。
セツとの時は手を繋いだけど……なんか、それはハードル高いから!
「大丈夫、中に入ったら離してあげるから! 今は我慢しててね‼︎」
「……そうではないんですが」
何か言いかけている気もしたけど、時間もないので。その勢いのまま、アルを引っ張って。
鏡面世界へ、私たちは足を踏み入れた。




