365話 奇想天外な発想
「アル! アルが今GOと言えばこの話終わるから! 全て万事解決するから!」
「その感じで行かせる人はいないと思いますが……はぁ、分かりました。どうせNOと言っても行くんでしょう?」
鋭い指摘にギクッとして、喜びかけた笑顔が歪む。さ、さすがアルわかってるわね……!
「何年の付き合いだと思ってるんですかね……。人の事になると、思い付いたらいうことなんて聞きやしないじゃないですか」
一瞬ギロッと睨んだ後。ため息を吐きながら、前髪をぐしゃっとして言う姿は哀愁すらあった。
「まぁそこが私にはない良いところですし、好ましく思うのも確かなんですけど……」
「えっあ、ありがとう?」
「……。ただ控えて欲しいのも、確かなんですよね……」
なんだかアルの中でも葛藤があるらしい。ちらりとこちらを見た後、さらに深いため息を吐いた。
王子様は考えることもたくさんあのかな?
忙しくて大変だね!
そこは私にはわかりかねるよ!
でもお許しはお許しである。言質とったんだから今すぐ行ってーー!
「お姉様、話はまだですの」
「へわっ⁉︎」
立ち上がろうとしたが、リリちゃんにガッチリ掴まれて叶わなかった。こっちも見ずに神妙な顔して何⁉︎
「1人で行かせるとは言ってません。もちろん私も行きますよ」
「えっアルが行くの⁉︎ 嘘でしょう⁉︎ やめなよ危ないよ⁉︎」
「……君は危ないと思ってるのに1人で行くと?」
あわてて止めたらにっこりと。その笑顔はとても美しいのに、有無を言わせぬ迫力と圧しかなかった。
こわっ⁉︎
ちょ、顔が魔王なんだけど!
謎のオーラ出てる出てる‼︎
「ち、違うからね⁉︎ ほら立場的にというかなんというか⁉︎ 王子様が動くのはダメだよなーというか」
「それは君もなんですが? こうなるのはティアの責任ですからね。何かあったらよろしくお願いします」
「え、えぇ……⁉︎」
いい笑顔でそう言われて、予想外すぎて戸惑いしかない。だけどそんな私には構わず、しれっとアルは次の指示を出す。
「リリー。私の事は上手く誤魔化して下さい。そのスプレーは預けます」
「承知いたしましたの! 私にお任せくださいお兄様‼︎」
「え、いや、それはどうなの……リリちゃんも嫌じゃ……」
「早速試せるなんてワクワクしますの!」
「むしろウェルカムッ⁉︎」
なんでそんなノリノリ笑顔なのかな⁉︎
発言に驚いた私が目にしたのは。絶対に面倒な事なはずなのに、かけらもそんな感じはしない様子でーー。
いやこれ、ほんとに楽しんでない?
困ってアルの方に向き直るも、実に素敵な笑顔があるだけだった。
「もう決定しました。君が行かないと言わない限り、変わりませんよ?」
「えぇ……? でも」
「私はですね、やられっぱなしは嫌いなんですよ」
あぁ……ダメだこれ……。
テコでも動かないやつだわ……。
それとこれは違うんだけどなぁ……?
優しそうに見えるアルは一見というか。
実際優しいけど。なんだかんだ負けず嫌いなのは、私もよく知っている事だ。今回は私に対して、その頑固さを発揮したらしい。
苦笑いしか出ないものの、彼ときたらにっこり笑顔のまま圧をかけてくる。引く気ないって事ですねわかります……。
今度は私が、ため息を吐く番だった。
「……はぁ。わかった。でもアルがいるならこのままじゃ行けないから、ちょっと待ってもらっていい?」
「それは構いませんが……何をする気ですか?」
「ちょうど今日、服とか持ってきてもらうように呼んでるから。もうすぐ来ると思うんだけど……」
そっと扉を見るが、まぁまだ来るはずはない。
私には少しばかり懸念事項があった。私のすることに巻き込む以上、この懸念事項は取り除かねばならない。……自分で撒いた種とも言えるけど。
けど自分では、どうにもできないので。
不思議そうに見る2人を放置して。
私は慣れないウィスパーボイスを使った。
そうーーお目当ての人物に頼み込むために!
****
「お嬢様……お久しぶりに会ったと思ったら」
「えへへー? いやぁ色々ありましてですね……」
「お嬢様はおかしいと思ってはおりましたが、やはりおかしかったですね」
「雇ってる側のお嬢様に面と向かって酷い言いよう⁉︎」
可哀想なものを見るような目で、私の助っ人ーー侍女のシーナはそう言った。ご丁寧に口元に手を当てる演技付きだ。いらないよそれ!
でもこの変わらぬ態度に、逆に安心している自分が一番怖いけどね! だって久々なんだもん!
けれどそう思ってるのは私たちだけ。
「……ええと、その方は?」
「お姉様への口の利き方がなってないですの」
そう。外面だけはいいはずのシーナさんは、これをアル達のいる前でやってのけた。
いやなんでだ⁉︎
「えっとそのですね⁉︎ いつもはこうではなく」
「ご心配には及びません。少々殿下と姫様には刺激が強く感じるやもしれませんが、こちら毎朝の欠かさぬ挨拶でございます」
「主人が庇ってる横でしれっと否定するな‼︎」
しかも盛られてるんですが⁉︎
さすがに朝からはしないからね⁉︎
いやそこじゃないな私!
毅然と言ってのける侍女に、なぜか私が振り回されている。当然私の怒りなど構いやしない。おかしいよ! 逆ぎゃくぅ‼︎
「……えっと、特殊な方なんですね……?」
「ええ。お嬢様からお許しは貰っております」
「そ、それなら私も強くは言えませんの……」
愛想笑いのアルへ、深く頷くシーナさん。あまりに堂々としすぎて、リリちゃんも引き下がった。
ていうか‼︎
「えっ⁉︎ 私いつ許可してた⁉︎」
「私を解雇しなかった時からです」
「そんな大袈裟な話⁉︎」
「そしてそれどころか、私を侍女にまでした時点で言い逃れはできませんよ?」
「なんで私が責められてるの⁉︎」
おかしい! 絶対におかしい!
だけど否定もできない……!
仕方なく私は唇を噛み締めた。シーナさんのこの涼しげな顔よ! 強すぎるんですが‼︎
とはいえこの2人の前でも言ってくるとは、予想外すぎた。お父様とお母様の前でも猫被ってるのに。なんでなんだろ……?
「お話は事前にお嬢様から聞いております。まぁ急すぎて道具は何もないのですが……お嬢様にどうにかしてもらいましょう」
「くっ! 立場がおかしいけどその通りだから言い返せない……!」
「……というわけですので、恐れ多くはありますが」
一呼吸置いて。
シーナはアルを見つめていった。
「殿下には、お嬢様のために変装して頂きます」




