363話 無意識の魔法
「色々言いたい事はありますが……まぁ、今回は私も悪いですから。まずはティアの計画を聞きましょうか」
「け、計画……?」
計画、と言われて顔が引きつった。ついでに声もひっくり返った。明らかな動揺加減を目にして、アルの方も眉が寄る。
「まさか、何も考えずに行くつもりだったんですか?」
「いや……何もっていうか……。競技場行っちゃえばなんとかなるかなって……? というか、私いつまでこのままなんですかね……?」
飼い主に捕獲されて脱走し損ねた犬の如く、気まずいし居心地が悪い。
ついでに怒られる気配に、視線も逸れようというものだ。そそそ〜っと動かした顔はそのまま、リリちゃんに表情でヘルプを求める。
「……お兄様。その体勢で話されるのは、いささか周囲に刺激が強すぎますの。お2人の時だけになさって?」
「ちょ! それだと2人の時ならいいみたいになっちゃうから!」
「そう言ってますもの!」
「なんだと……⁉︎」
助けてくれたと思ったら!
キャピっととんでもないことおっしゃる!
よくない! よくないですよ⁉︎
ちょっと演技っぽく頬に手をそえて、恥じらいの表情を浮かべたと思ったら! しかも抗議したのに、キメ顔で肯定されたんですが⁉︎
リリちゃん貴族どころか、王族なんだからよくわかってるでしょうに!
しかしまぁ今はとりあえず、口添えしてくれた事が大事……大事か? うーん、ちょっと首を捻るけどね……?
「……ではリリーに捕まえておいてもらいましょうか」
「えっ⁉︎」
「それなら喜んでやりますの!」
「えぇ⁉︎」
冷静になったのか。すんっと無表情になったアルはそう言い、リリちゃんはガッツポーズでひとつ返事をした。
私、納得してないですけど⁉︎
しかしここには、私の意見を聞いてくれる人はいなかった。アルの手が離れたと思ったら、今度はリリちゃんの腕が巻きついてくる。
「ちょ、下りれない下りれない!」
「あぁすみません、まだ下ろしてませんでした」
「その顔は反省してない!」
私がこれだけあたふたしてるのに。
乗っかられてるアルはというと。涼しげ笑顔を浮かべて、いやによく通るいい声でそう言った。手を組んでお茶でも飲んでそうな雰囲気!
反応おかしくない⁉︎
さては面白がってるな⁉︎
「リリー、一旦離してあげてください。その体制では貴女も話し合いができないでしょう?」
私の体勢もちょっと大分問題だけど。ソファの上で膝立ち気味に身を乗り出して、私を捕まえに来てるリリちゃんの体勢も問題だった。
「こうすればいいですのーー流飃」
「⁉︎」
一瞬気を抜いたら。人一人分くらいの高さでーー体が宙に浮いていた。
ほ、え、は? と混乱してるうちに。リリちゃんの上を通過して、ストンとお尻がソファについた。そしてリリちゃんが抱きついてくる。
ちなみに飛んでる最中も、手は離してもらえませんでしたが。お行儀とかあったもんじゃないね。
「……そんな事わざわざしなくても、良かったでしょうに」
「あらお兄様。お姉様が盗られて悔しいんですの?」
「……。」
ちょっと目を細めたアルに、リリちゃんはふふんと勝ち誇っている。まぁ確かに、アルと離された感じにはなったけど。
でもまぁそれはないよリリちゃん……。
リリちゃんは私に懐いてくれてるけど。
そんな勝ち誇るほどのものでもないよ?
現にアルは、むっつりした顔で閉口していた。どう返したものか考えものだもんね、今のリリちゃんの言葉……。
リリちゃんにとって価値があっても、それが他人の価値と一緒とは限らないんだけど……。
私は2人を見て苦笑して、アルに同情した。
「ま、まぁ2人とも! えーっと、話し合い! 話し合いしよ⁉︎」
私が声かけるのおかしいよなーと思いながら。空気を変えるべく、努めて明るめに声を上げた。
ちなみに、何を話し合うのかは知りません!
「……リリーはレイナーから、例の幻惑スプレーを預かったんですよね?」
先に折れたのはやはりお兄さんの方だった。アルから反応があったのをいいことに、そこから話を広げようとのっかる。
「あ、そうそう! どうせリリちゃんしか使えないかなと思って、とりあえず渡しちゃったんだけど!」
「魔力の注入は、魔石では難しいんでしょうか?」
「ま、魔石?」
「おそらくできますけれど、並程度では魔力が足りないと思いますの」
「え、ちょっとなんの話してる?」
なぜ魔石の話が出てきたの?
いやスプレーボトルは魔石だけど?
うん? 違うよね多分。
話についていけず、目で2人の顔を行ったり来たりしていると。アルがくすりと笑った。あ、優しい顔だ。
「魔石はその魔力を、自分に引き入れて使うのは知ってますよね?」
「えっしらない!」
「お姉様も魔石使いますでしょう? その時どうされてますの?」
「な、なんとなく使ってます……ね……」
当然のように話された新事実に、驚いて。知らなかった事が後ろめたく、目を逸らしながらお茶を濁す。
えぇ……? 一般常識なの……?
そっと視線を戻すと、アルの少し驚いた顔が見えた。
「魔石を使う時、魔力の流れがあると思うんですが」
「んー……言われれば?」
「お姉様は天才肌ですのね! 普通は意識しないと使えないんですのよ‼︎」
「いや、魔石使えるだけで天才肌はないと思う……」
大絶賛してくれるけどそもそも天才なら、もっとバシバシ使っているに違いない。
しかしなるほど。体の中の魔力を魔法として使う時もそうなんだから、魔石の魔力だってそうなんだろう。意識してなかったけど。
多分これは、私が『そういうもの』として認識してたからだね?
無意識の闇魔法効果で使えてたんだね?
勝手に使えるもんだと思ってたから。
まぁ、苦労がなくていいけど!
普通は身体に取り入れてから使う魔力を、直に魔法に使ってるらしい事に気づいたけど。黙っておいた。面倒な事は隠します!




