357話 お手本は嘘つき
「まぁ! とんでもないですのよ! 私いつも公明正大に生きているだけですの‼︎」
「どの口がそれをいうのか……」
ピンクの薔薇のように可憐なお口は、飛んだ嘘をおっしゃる。胸に手を当てて意気揚々と言うので、力が抜けてがくーっと肩を落とした。
「偏りしかないじゃないの……」
「あぁ……でもたしかに、殿下とリスティちゃんくらいですもんね。他の方は……」
「例外に自分も入れ忘れてるよフィーちゃん」
顎に指を当て真剣に考える彼女にも、ツッコミを入れて訂正しておく。自分が特別扱いされてること、気付いてないんだろうか……。
あとついでに言うなら。色々言いつつ、私たち周辺にはわりとリリちゃんは甘いと思うよ?
「そこは許して欲しいですのよ。そこまで取られてしまったら、私の心は本当に凍ってしまいますの」
そう言いつつすっと手を上げると、さっとメイドさんたちが現れて温かな紅茶が注がれた。忍者なの?
空になっていたカップには、お代わりの紅茶で満たされた。
「上に立つものの言葉は、人を左右しますの。余計な事は言わないに限りますのよ」
そして上品にサンドイッチを摘んで、口に運ぶ。それさえも絵になるような仕草。食べてるのがサンドイッチなのがいっそ違和感だ。
「明かせるのは、特別な人間だけですの。王族は神の血を濃く残す一族。どんな形であれ、象徴的存在として見られますし」
「それにしてはだいぶ崩れすぎなのでは……」
ドヤ顔で言ってくれるのはいいけれど。
私にロケットのように突っ込んでくる姿。
もう学園名物だよ……?
そのせいで『氷華』を溶かす存在として、私まで評価がおかしくなるのだ……。やめてほしい……私は別にすごくないのに……。
それに一理はあっても、それと感情表現はまた別だと思うけど。
「さ、さすがですリリチカ様! 私も頑張らなきゃ……!」
「いや、そうだけどそれだけじゃないというか、その褒め方だとさらに調子に……」
「フィリーはやめておくべきですのよ」
おや。意外。
手を組んで、尊敬の眼差しを送るフィーちゃんを止めようとしたら。リリちゃんの方からストップが入った。
「今からフィリーが鋭い人間になるなんて、無理ですのよ。というか、聖女にそれは向いていないですし」
「……と、言いますと?」
ヤバい。なんか真面目そうな話だ!
口を挟んではいけない!
黙ってないと変なこと言いそう!
空気を読んだ私は、サンドイッチを口に詰め込んだ。もぐもぐ。む、ハムの皮がパリッとしてて、胡椒が香ばしくて香草の香りが……。
「上に立つにも、やり方はたくさんあるということですの。私のように力で屈服させるより、フィリーはお兄様のような……」
「リリちゃん力で屈服させてたっけ⁉︎」
あ、黙ってようと思ったのに。
びっくりしすぎて、飲み込んだ拍子に喋ってしまった。青い瞳と目が合う。あ、どーもこんにちは〜えへへ……どうしよ。
「……『愛し子』は、聞こえはいいですけれど。結局は、畏敬の象徴ですのよ。怒らせないように、みんな機嫌を伺うんですの」
落とした視線が見る先には、何があるのだろうか。口元にだけ微笑みを称えたその表情は、どこか寂しげに見えた。
いつかのアルとダブる。
はぁーまったく。
兄妹というのは、似るものなのか。
ないものねだりも良いところだ。
力や権力、人から期待や羨望されるからこその悩みというか……。持っているものに、目がいかないところがそっくりよ!
という訳で恒例の如く、ガシッと手を掴んだ。
「リリちゃん!」
「は、はいお姉様?」
「諦めるのはまだ早い‼︎」
揺れる瞳も、見据えて離さない。
「『愛し子』、大変なんだと思う! たしにそういう見方もされるかもしれない!」
「そ、そうですの」
「でもそれは『愛し子』への見方で、リリちゃんじゃないよ‼︎」
勢いのまま捲し立てれば、彼女は口を薄く開いては閉じてを繰り返す。
「ほら、ここに前例がいますから!」
「……お姉様が?」
「リリちゃんお忘れかもしれませんけど、私黒髪の人間だからね⁉︎ すごく闇使いを宣伝して歩いてるようなもんだからね⁉︎」
自分の胸に手を当てて主張すれば、大きな目を瞬きしてそう言われた。
アルや王様が『預言師』に押し上げてくれたから、とはいえ。闇使いこそ、畏怖の目を向けられ嫌われる存在だろう。
でも今、そうじゃないように見えるのは。
少なからず私自身のーー目に見える活躍がある。
「いい? 自分から動かないと、人は変わんないんだからね? そんな都合のいい夢みたいなこと起こらないんだから!」
「お姉様……」
「リリちゃんはリリちゃんなんだよ! もっとそれを発信して、むしろ『愛し子』のイメージを変えちゃえばいいのよ!」
珍しい『愛し子』なんてものは、生きているうちに見るか見ないかだろう。
なら他の『愛し子』を見た人なんていないんだから、そのイメージを変える事は意外と容易いはずだ。
「ちなみに私は、人と話す時フィーちゃんをインストールしてます!」
「え⁉︎」
ぽろっとバラした秘密に、油断していたフィーちゃんが肩を揺らし驚いた。危うく紅茶が溢れそうだったよ。
「え……え?」
「だってフィーちゃん万能だし、可愛いから! 真似してます‼︎」
「えっい、いつからですか⁉︎」
いつからってそりゃ……前世で『学プリ』ハマってからなんだけど……。
しかしそんな事は言えないので。
適当にうふふと笑っておく。
ご本人様はかくかく首を動かしている。
「それはありません! だってリスティちゃんは会った時からこんな感じで! むしろ私が憧れてて‼︎」
「まぁまぁ細かい事は気にしてはなるまい」
「気にしますよ‼︎」
ダメだ話がややこしくなってしまった。
リリちゃんだけが、ぽかんとこっちを見ている。私はなるべく優しく微笑んで、目を見て話しかける。
これが闇使いのやり方だ。
「まずは真似でいいと思うの。ちょっとずつ、気持ちを出して行けたら……変わるんじゃないかな?」
私はできなくても。
素直なリリちゃんなら。
本当にそれをものにできるかもしれない。
惚けていたリリちゃんは、ぎこちなく首を縦にふった。
次回投稿9時ごろを予定しています




