35話 私の前で悲劇を生まないで下さい
私の勢いがあまりにも空振りすぎて、そのまま話だしそうだったのを見兼ねたのか。
中央にある白亜の椅子を引きながら。アルバート王子が「まずはどうぞ、お掛けください?」と促してくれた。
私アルバート王子いなかったらさ?
今日、ボロボロじゃない?
……うん、考えない事にしましょう!
3人とも席に腰掛けたところで、改めて話し始める。
「まずヴィンセント様は、私の魔力属性をご存知でしょうか?」
「初めてあったのに、知るわけないだろ」
にこやかに話しかけたのに、不遜な態度で答えられた。こいつバカか? という心の声が言外に漏れてるよー。
あーそっかぁ普通知らないか……。
私はゲームのせいで知ってるんですよね。
ぬけぬけだな私は。
だって今回は策立ててきてないんですよ。仕方ないでしょ。ボロしかなくても!
私の様子など気にせず、彼は続ける。
「見ていないから確実じゃないけど、その黒い髪、どうせ闇魔法の使い手だろ?」
アルバート王子が咎めるような視線を送るが、ヴィンセントはお構いなしだ。
おー、今にも舌打ちしそうな顔よ。
そっか。黒髪全然いないなと思ってたけど。
そういう意味もありましたか……。
それは警戒されるか。
この世界で闇の魔法は、よく思われていないっていうのは知ってた。
まぁ使い手が少なすぎて、未知の魔法だし……というか、闇って聞いていい想像する人はいないよね。
対になる光の魔法が癒しの魔法だから、余計にいいイメージはないんじゃないかなと推測する。どの神の加護かも載ってないくらいですからねー。
そしてもしや?
今まで外に出たときに感じた刺すような視線。
この髪色のせいなのか?
アルバート王子の婚約者だからかと思ってたよ? でもよく考えたら、私にそこまで知名度ないかな。
「さすがヴィンセント様です、髪色の件なんてよくご存知ですね。その通り、私には闇属性の魔力がございます」
しかし今日の私は、賢そうモードなので!
いかにも知ってましたよオーラ出して、対応よ!
「やっぱりか……! アレキサンダー王は何を考えてこんな危険人物を……」
「はい! 否定はしませんが私はもう首輪付きです!」
噛みつかれそうな勢いの批判の声を遮り、大きな声で主張する。
さぁお聴きなさい!
私の素晴らしき忠誠心を!
「この花がなんの花かは、もちろんご存知ですよね?」
自分の髪飾りーーあの、私が変な物質に変えてしまった花を指差す。
「ナメてるのか? その花を知らない者はフィンセントの国民じゃないな」
太々しい態度で言われた。
んんートゲ!
言葉の節々が刺々しいよ!
流石は薔薇のおうちの子ですわ!
「はいその通りです。これは私の忠誠の証でして! こちらには王国が誇る最新の技術が組み込まれております! 私が付けるとなんと!」
もったいぶる気分はテレフォンショッピング。
あれ、楽しいよね。
そして案の定、釣れる。
「……なんと?」
「裏切ったら死にます!」
「はぁ⁉︎」
ガタン! と大きな音を立てて、ヴィンセントが立ち上がった。
お、ノってきたね〜。
初めて警戒心のない顔を見たなぁ。
めっちゃ驚いてる、ぷぷぷっ。
……そしてアルバート王子まで、なんで驚いてるんですか?
「ですので、この百合の花を髪に飾っている限り、私はアルバート王子に逆らうような事はないです! ご安心頂けましたか?」
おや? 安心されてない?
2人とも顔固いよ?
「あ、もし付けてないようなことがあれば、裏切ってる可能性あるので尋問でもなんでも受けますね! そんなことありえないですけど!」
という訳で説得力を増してみる。
いやーこれでご安心頂けなかったら、次の手ないんですけどね!
どーよこの完璧な演説は!
ドヤァと思ってヴィンセントを見たのだけれど、あれ?
当の本人は驚愕と怯える表情で、アルバート王子の方を向き、アルバート王子は慌てて首を振り……。
「そこまで恐ろしい魔法を込めたつもりは、ないのですが……?」
と、顔面蒼白ににっこり焦り顔、という芸達者な表情をこちらに向けられた。あらら?
「あ、やはり何かこれには魔法がかかってたんですね」
「あ、いえ……」
「……そういやアルバ、あのブレスレットしてないよな」
「……。」
指摘された王子、目を逸らす。
そーだよねぇ。
危険人物に監視する方法何かしら考えるよねー。
そう考えたら百合の花に何かあるかなと思ってたのよ。ずっと身につけてっていうのも、よく考えたらちょっと不自然だったし。
いくら花を家紋にするほど、大事にしてたって。
女の子がみんな、花を身につけてるわけでもない。
むしろそんなに多くないわけですよ。
おっと。それよりなんか気になること言ってたな?
「ブレスレット、ですか?」
「アルバの持ってたブレスレットには、複雑な魔法陣がついてたんだ。あれを肌身離さず持ってたのに、最近つけてないからおかしいと思ってた」
そう言って、少し心配するような顔で私の方を見た。
おや。さっきの怖いお顔はどこへ行ったのやら。
しかし……ほほー。そんな大事そうなもの、つけてなかったら確かに気になるね。
ごめん、私は全然覚えてないです。
最初にあった時は、確かにつけてたかな……?
いや最初それどころじゃなかったから記憶が……。
うんうんと考えていたら、諦めたようにアルバート王子が重い口を開けた。
「……あのブレスレットは、カサブランカの血筋の者が一生で一度しか使えない、制約のあるものだったのです」
ほう? 魔道具だったってことかな?
「……そんな強力なやつ、何に使ったんだよ!」
そう言ってヴィンセントが掴みかかる…!
ええ⁉︎ どうしたの!
「血筋指定で一生に一度なんて! どんな危ない魔法だ⁉︎」
あ、そういう意味かぁ……って。
え! なんか危ない魔法使ったんですか王子⁉︎
私も思わず視線を向けると、彼は掴まれたままどこか遠い目で話し始める。
「……王家には、昔からの決まりがある。その1つが、黒髪のものを見つけたら、誓約のブレスレットで作り出した魔道具を、その者に持たせなければならない」
語られた内容は、結構重い。
「は⁉︎ そんなの知らないぞ!」
「王族以外はそれに関わる一部の者しか知らない。ヴィスが知らないのは当たり前だ」
「それは……っ!」
なんでもないことのように、彼の目を見て告げるアルバート王子。それに対して奥歯を噛み締めるヴィンセント。
一触即発⁉︎
「あ、あー。えっと! よく分からないけど落ち着いてください、ヴィンセント様⁉︎」
ます殴りかかりそうなヴィンセントを、止めに入る。
「アルバート王子は王族としてのお勤めを、果たしただけでいらっしゃるのでしょう? そんなに怒らず、まずお話を伺いましょう!」
まぁヴィンセントが怒るのもわかるから……次はこっち。
「すみませんアルバート王子、まず確認させて頂きたいのですが。その魔法を使ったことで、王子に何か危険はあったのでしょうか?」
一番知りたいのは、ここなんだと思う。
だからなるべくやさーしく!
先生、怒んないから話してみなさい、的な!
「……ヴィンセント様が心配されるのは、貴方が大事だからですよ。もちろん私も心配なので。……教えては、頂けないでしょうか?」
怒ってないよーオーラ全開で聞いてみた。
やっぱ殴り合いはダメだよ。
王族殴ったら、身分なんて関係ない。
どんな罰があるだろう、その先が怖すぎる。
ただ心配なだけなのに、それが悲劇を生むんじゃ元も子もない。ここは身分社会だからねぇ。
「お前……」
何か言いかけてる活気盛んなお子様に、もう一言足しておく。
「ヴィンセント様……アルバート王子が大切なのは分かりますが、少し冷静になって下さいね。不敬罪に問われれば、お2人とも悲しい思いをなさります。あなたなら、分かるはずです」
ヴィンセントは賢いからね。もう少し成長してたら、こういうことまで気が回ったんだろうけど。今は子供だから。
ここはお姉さんが面倒見てあげましょう。
でもね! 言うことは言うよ!
「それと! 私の名前はクリスティア・シンビジウムですわ! ご理解いただけたら今度からは、名前で呼んで下さい!」
デデーンと、効果音がつきそうなほど格好つけて言っておく。
何か言われる前に、先手必勝横取りスタイル!
笑顔のサービス付きはお高いのよ?
将来の同僚の名前くらい覚えてほしいわ!
あと落ち着いたら、殴りそうになったのだけは王子に謝りたまえよー!
私をみて何か言いたげに、けれど一応は黙ったヴィンセントを見届けてから。アルバート王子の方に向き直る。
「今度はアルバート王子の番ですわ……ご友人の不安、取り除いて差し上げて下さい」
言い出しにくくならないように、こちらにも笑顔をサービスしてから、話を促した。