356話 夢は甘くて
「違うんですのよフィリー? これは持つものの欲というか、不完全の美を愛でる心というか征服欲というか……」
「ダメですからね⁉︎ それに弁解になってないですリリチカ様‼︎ 危ないです! 危なすぎます‼︎」
「えっと……そう! 安心感ですの‼︎ 私だけを見てくれるという安心感が……!」
「その考えは危機感しかないですよ⁉︎ 言い換えてもダメですからね⁉︎」
私が少し悩んでる間に、なんだか2人が激しく言い合いをしていた。
どうしたんだろう。リリちゃんはご機嫌を伺うように必死だし、フィーちゃんは怒ってる時のブランみたいに必死だ。
ただそのせいで私は疎外感を感じてしまうよ。
「2人ともー。仲良いのはいいことだけど私にも構ってよー」
眺めているのにも飽きたしお腹も空いたので、頬杖をついてちょっかいをかける。お姉ちゃんやお嬢様としてアウトだけど。
「お姉様! お姉様を思わない時間など私にはありませんのよ‼︎」
「え、ありがとう?」
「それはわりと本当だと思いますけど、リスティちゃんの為になることも考えてくださいね⁉︎」
「え、本当になんの話ししてるの?」
横からガッと手を包まれたかと思ったら、さらに横から肩を掴まれた。ど、どうしたの2人共?
「考えているから実行に移してませんのよ! お兄様もいますし‼︎」
「え、アル関係あるの?」
「その点は良かったですけどー! 殿下がいなかったらと思うと、ちょっと怖いですけどー‼︎」
「お兄様もたいして本質は変わらないですのよ‼︎」
「あ、あのー?」
やんややんややっている中、メイドさんたちはテキパキと準備をして去っていった。こ、これ放置でいいんですか……。
「とりあえずご飯食べよ? ね?」
私の必死の一声で、ひとまずその場は収まった。
「な、なんだったんだの本当に……」
白い器によく映える、赤色がよく出た紅茶に口をつける。鼻を抜ける香りが爽やかで……おいしいな。さすが王室御用達……。
けれどアールグレイの水面に写った自分の顔が、とても間抜け面だった。謎に疲れている。
「お兄様と私の趣味はほとんど一緒だという話ですのよ!」
「そ、そんな話だった…?」
「……あながち間違ってもない気はしますけど違うと思います」
「間違ってはないんだ……?」
リリちゃんの力強い主張に、眉を寄せながらも同意するフィーちゃん。……いやこれ同意でいいのか? 斜めに頷いてるけど。
「じゃあまぁ気が済んだのなら、私の話も聞いてほしいんだけどね?」
「お姉様のお話はいつでも聞いておりますのよ!」
「本当かなぁ……?」
きらきらとこちらを見る瞳に、遠い目をしてしまう。
わりと聞いてないというか。
力技で話を持っていく時あるよね?
むしろ通常運転だよね?
しかしまぁ可愛いので許してしまうんだけど……これがいけないのか?
優雅っぽく頭を悩ませる私の視界の端には。何故か恐るおそるサンドイッチを口元へ運ぶフィーちゃんが映る。マイペースかな?
意を決してぱくっと食べたフィーちゃんが、ぱあぁぁっと目を大きくして笑顔になった。
うん、おいしかったんだね。
仕方ない許そう。
例え私が放置されていても。
助けを諦めた私は、リリちゃんの方へ向き直った。
「だから私が言いたいのはね、見える形にしないといけないってことでね?」
「なんの話ですの?」
「……私の教訓の話ってことにしておこうか」
きょとんとするリリちゃんは、さっきの百合の話もヴィンスの話もすっぽ抜けてる。しかもさっきのフィーちゃんの言葉が頭をよぎった。
なので私は、微妙な顔をしながらそう言っておいた。まぁ嘘ではないし。
こういうの。思い出すたびにプチっと何かが割れて、苦い味がする気がするのはなんでなんだろうね。
「……リスティちゃんは、何かそれで失敗したことがあったんですか?」
ふいに、もう片方から声がして。
思わず息が止まった。
「……さっきまでサンドイッチ堪能してたのに」
「えっと、美味しかったです!」
「ふふっそれは何よりだね」
ちょっとジト目で突けば、可愛いガッツポーズでそう言われた。気が抜けて笑ってしまう。
あぁそう。こういうところが。
こういうところが、人を溶かすんだよね。
そこが好きで、憧れで。
不思議そうに私を見るフィーちゃんは、理想的な女の子だ。それに曖昧に笑って、少し紅茶を口に含んで飲み下す。
私がなりたかった、愛される形を具現化したような女の子。
けどまぁ、私にはなれないのはわかってるのでーーわかってる中で、できる範囲を探った結果が今の話だ。
目を閉じた私は、重々しく口を開く。
「恥の多い生涯を送って来ましたーー」
「えっそんなことないと思います!」
「……ジョークだよ」
慌てて止めにきたフィーちゃんへ、ゆっくり目を開いてにやっと笑ってみせる。
「もう! なんでそんなこと言うんですか!」
「とある層には通じるからかなぁ……」
ぷりぷりしている彼女から目を離して、少しばかり残る紅茶へ角砂糖を落とした。
すでに冷めている。
全然溶けない。
わかっていながら、スプーンで混ぜる。
そのじゃりじゃりとした砂糖は、形を保てなくなっても底に溜まったままだ。
溶けてなんてなくならない。
ティーカップを持ち上げて、口に含んでもやはり甘いだけで。紅茶の味を台無しにしながら、私はそれを飲み干した。
「……我慢なんて、するものじゃありませんのよ」
煽ったティーカップから目を上げたら、どこか心配そうなリリちゃんと目があった。
「……そっくりそのまま返してあげようか?」
奥歯に残った砂糖を噛みながら。
深く微笑んでそう言った。
口の中は、いっそ幻想的なほど甘ったるくなった。
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