352話 理想と現実
「アレと一緒なのは御免ですのよ」
マズいものでも口にしたように、顔を歪ませたかと思ったら。ずんずんそのまま、私がさっき来た道へ進んでいく。
……進行方向逆走ですが……まぁ、いいか。
フィーちゃんと自然と目が合ったので、諦めて頭を振って。私も来た道を戻るべく足を踏み出す。
「というか、ヴィンセントに限ってそれはないと思いますの。アレはどちらかと言うとなんでも利用するタイプでしょう?」
チクチクと。ここに整えられている薔薇の如く、トゲのある言い方をする。美しい花にはなんとやら。
「ちっちゃい頃は違ったんだけど……あぁそっか、リリちゃんには態度違ったしねぇ」
「あいつは最初からいけ好かないやつですのよ」
「そうでしょうか? ローザ様はお優しいと思いますけれど……」
過去を思い返して言えば、いつも通りの反応がある。そこにフィーちゃんが、口元に手を当てながら小さく物申した。
「はぁぁぁぁ……騙されてますのフィリー。ヴィンセントは外面だけはいいから。そうやって人を使うんですのよ」
「いえ、私は……」
「素直なところはフィリーのいい所ですけれど、心配になりますのよ」
やれやれと首を振りながら、リリちゃんは不満を吐き出している。フィーちゃんの話聞く気ないな……?
ちょっと考えれば、わかるのに。
心の読める光使いの意見だ。
そこに嘘があるわけがないんだけど。
それでも否定するのは。
長年の色眼鏡なのか本当に心配なのか、はたまた……。
前を行くその後ろ姿を見ながら、ちょっと考えてしまう。少なくとも、賢いリリちゃんの冷静な意見ではないことくらいはわかる。
「2人とも素直じゃないよねぇ……」
「? フィリーは素直ですのよ?」
「そこの2人じゃないんだよリリちゃん……」
私の半眼苦笑いに振り向いた彼女が言った言葉へ、また苦笑いだ。
「どうしてヴィンスの事、そんなに目の敵にしちゃうかなぁ……」
「そんなもの、相手の態度が態度だからですのよ」
「そうかなぁ…?」
2人のいたちごっこは、確かにそもそもヴィンス発なんだけど。
その後いくらか態度緩和したんだけどなぁ。
リリちゃんが頑なに変えないのよねぇ。
それのせいで、喧嘩っぽくなってる。
リリちゃんは基本、冷たい事言っても言い合いには……まぁ立場的にもならないんだけど。
ほんと、ヴィンスだけ、なんだよねぇ。
「ヴィンスにも昔言ったけど。優しくして欲しいなら、自分から優しくしないとダメだよ?」
「……なんの話ですの?」
何気なく言った一言に、少しの時間があった。
……なるほど?
「リリちゃん、ヴィンスにやさ……」
「リスティちゃん‼︎ ば、薔薇が綺麗ですよ‼︎」
「うわっ」
何故か焦っているフィーちゃんが、肩を掴んできて横を向くように押されて驚いた。
な、なに?
薔薇、そんな綺麗だった?
戸惑う私の顔の横でフィーちゃんがずいっと近づいてきて小声で耳打ちする。
「ダメですリスティちゃん! 刺激しすぎると逆効果ですー‼︎」
「え……私のせいなの?」
「乙女心は複雑なんです‼︎」
力説してるところ悪いけど、フィーちゃんもだいぶ油注いでたよ?
しかし大人な私は、ぎこちなく頷いておいた。まぁ仕方ない。乙女ゲー主人公は、適度な鈍感力がないといけないし。
フィーちゃんをゲームのキャラだとは、もう思ってないけど。
それでもやっぱり。
乙女ゲー主人公向きの性格って。
そういうとこだよなぁとは思う。
愛らしくありつつ真実に迫るために。天然さは必要不可欠なのだ。
「やっぱ理想なんだよなぁ……」
「え? 何がですか?」
「いやぁ、フィーちゃんは女の子として理想的だなぁって話?」
さすがに、乙女ゲー主人公的とは言えないので。
小首を可愛らしく傾げる彼女へ、生温かく微笑みながらそう述べておいた。フィーちゃんは私の女の子理想像でもあるから、嘘ではない。
「それは本当にそうですの。私でも庇護欲をそそりますもの」
「え?」
「わかるー! お嫁さんに欲しいランキングNo. 1だよね‼︎」
「ど、どこからそんな話に……?」
突然リリちゃんが載ってくれたのをいいことに、勝手に主張しておいた。唐突に逸れた話に、あたふたしているフィーちゃんが可愛い。
「フィリー、変な虫が寄ってきたら私に言うんですのよ。王女権限で飛ばしますわ」
「えぇ⁉︎ な、ないです! そんな事ないので大丈夫ですっ‼︎」
「ないとは言えないと思うなー」
「リスティちゃんまで⁉︎」
私たちは割と大真面目に言っている。でも自覚のないフィーちゃんは、驚愕に目を大きくしている。
「わ、私伯爵家の者ですから! それも養子で女ですから、あまり人は……」
「考えが足りませんのよ。伯爵は十分な地位ですし、ラナンキュラスは財もありますもの」
「それでこんなに可愛ければねぇ……? というか、今度『聖女』になるんでしょ? 今以上に婚約の申し込みすごいと思うよ?」
「あ……」
散々否定したが、リリちゃんと私の一言にとどめを刺されたのか。視線を逸らして、口元を覆ったその表情が物語っていた。
「地位というのはそういうものですのよ、フィリー。気をつけて選ばなければ、自分の身を滅ぼしかねないのですもの」
「うーん、頭が痛い……」
「何故お姉様が?」
私なんか不相応な立場で、現在進行形で困っているしね!
頭を押さえ唸る私を見るリリちゃんには、曖昧に微笑んでおいた……あなたのお兄様のせいでもありますのよー。




