349話 庭園の中心で鬱憤を叫ぶ
庭園の庭木は青く、豊かに茂り。
朝日を浴びて、花に付いた雫が煌めく。
瑞々しく芳しい香りがあたりに漂う。
そんな早朝の、爽やかな一幕だけどーー。
「家に帰りたいんですけど」
「オレが思っても、一応言わないでいた事を言うなよ……」
ぽろっと出た本音は、爽やかでない弟の反応を引き出した。
ごきげんよう皆様。
私とても健康的な毎日を過ごしております。
健康すぎて息が詰まるんですが?
「だってぇ……1人の時間というか! めっちゃ見張られてる感じが! すごいんだもん‼︎」
「そりゃ、まだ一応監視もされてるからだろ」
「それが耐えられないと言うておるに!」
まごう事なき心の叫び。
セツに言っても意味はないが。
城に連れてこられて、数日が経った。
リリちゃんの部屋でこそ眠ったのはあの時だけだけど(「ここに居て良いですのよ!」と言う申し出はお断りした)、まだ家に帰れない。
この散歩も気晴らしにはなるかなと、たまたま出くわした弟を付き合わせている。朝散歩なんて家ならしない。私は朝に弱いからね。
それがなんで、庭園なんて散歩しちゃってるかって言うとだよ⁉︎
「ここしか人が撒けないってなんなの⁉︎」
「ここだって、普通はついてくるんだぞ」
「そうだね! 私が間違ってたね! 私のわがまま聞いてもらったお陰で、入り口と出口には人がいるもんね‼︎」
朝からローテンションなセツに、ハイテンションに不満をぶつける私。あくびして眠そうな弟くんは、本当にどうでも良さそうだな!
2人して景色ぶち壊しです。
もっとちゃんと楽しめよ、という。
知ってるんだけど、余裕がないのよ!
朝は優雅に起こされる。食事も決まってる。
とても快適で健康的な生活だけど、自由がないんですよねー!
「だから言ったじゃん。疑われてるんだって」
「ちゃんと倒したのにっ⁉︎」
「その倒した証拠が、残ってないんだからしょうがないだろ」
「まー護衛もあるけどー」と最初に聞いたなって事を、ダルそうにもう一度話してくれる。わかってるけどさー!
「……どんだけ探しても、ある意味一欠片も見つかんないんだから。諦めたら良いのに……」
「そりゃまぁ、殺したの確信しないと怖いからだろ」
「そうだけど、見つかりっこないのにー……」
昨日も今日も、現場検証が行われるはずだ。ていうか、ここの所ずっとそれだ。王宮専属の魔術師や騎士たちが調べたりしてる。
でも、真実は藪の中ならぬ鏡の中だし。
「というかドラゴンって、魔獣じゃないの……もともと一定時間たったら、身体ごと消滅するでしょ」
魔獣の体は、魔力で出来ている。
それが霧散するのが即ち死。
つまり倒すとは、身体が保てなくなる事だ。
しかしそんな私の投げやりな言葉に、セツはため息をついた。
「ドラゴンほどなら、擬似魂持ちだろ。あれは死んだら残るんだよ。常識なんですけど?」
「……授業でやった?」
「魔獣狩りでは基本」
「授業でやってないじゃん!」
キッと睨めば、何かと言わんばかりの顔を向けられる。
騎士やハンターの基本は!
一般常識じゃないですから!
基準ブランとレイ君に引っ張られてるから!
少なくとも、一般的ご令嬢は知らずに一生を終えるのが大半だ。覚えておいて欲しい。
「一般を騙るな」
「わ、私は一般的でしょうが⁉︎」
「一般的なご令嬢はドラゴン倒さねぇんだよふざけんな」
ち、知識だけは一般的ご令嬢の範囲なのに!
心を読んだように面倒そうに、口だけは一丁前に悪くディスられた。酷いんですけど!
また反論しようと、狼狽えつつも口を開けば。
「というか、周りがおかしい時点で一般ではない」
「それは私のせいじゃない!」
「しかも一般的ご令嬢は、役職ついたりしないからな? 一般的ご令嬢に謝れよ」
ぐ、ぐぬぬ……。
周りがおかしいの中に、自分も入ってるはずなのに。自覚あるのかないのか、棚に上げたのか。どちらにせよ、言い負かされていた。
握り拳を震わせ、顔を歪ませてもどこ吹く風です。可愛くないぞ!
「しかも未来の王妃な時点で、一般じゃないですからねー」
「なるほど、確かに……って!」
流れで頷いてから、気付いた。
「なんでいるのレイ君⁉︎」
「いやオレも散歩ですよー?」
「外誰か立ってたら止められたでしょ!」
「ちょっとシュッと、ひと吹きしました!」
驚きでガバッと振り向けば、そこにいたのは可愛らしい笑顔の男の子だ。
その手に持っているのは、いつぞやの。
パーティーの時に問題になった、例のクロの体液から作ったとか言うーーアレを、紹介するように掲げられた。そんな紋所みたいな!
「いや何故強行突破したの⁉︎」
「オレが暇だから呼んだ」
「呼ばれちゃいましたー!」
「百歩譲って呼んだのはいいけど、何故被害者を出して入ってきた⁉︎」
普通に入れば良かったんじゃ⁉︎
動転してるのは私だけで、2人はいつもの調子だ。え、私がおかしいの? 絶対違うよねこれ? どこに護衛を実験に使う奴がいるんだ!
「まー護衛の人たちより、オレの方が強いですし」
「そうそう、オレも強いし」
「そこじゃないし、子供が何言ってんの……」
レイ君と付き合うようになって、セツの感覚もズレてる気がする。護衛がいなきゃとか、そう言う事じゃないんだよ!
それ言ったら私だって護衛より強いわ!
騎士が束になっても倒せない、ドラゴン倒したご令嬢が弱いわけはない。でもやっぱりそこじゃないんだよ!
「えー? クリスちゃんが退屈してるって言うから、いい事教えてあげようと思ったんですけどねー?」
口を尖らせた彼は、もったいぶった様子でそう言った。




