347話 その香りにちらつくは
ずっと固まってても仕方ない。
また感じた視線にそろーりと、後ろを向いたら明らかに目を逸らされた。はぁ……しっかり見られている……。
何してんのよもう。
まるでラブラブみたいに見えるじゃないの!
見せつけるみたいにしちゃってさぁ!
どう考えても困る事しかないのに、何をしているのか。アルの考えはどんどんわからなくなる。成長したせいなのかな……。
ため息をつきながら、ドアの前に立つと。
「……何してんの、リリちゃん」
海のように青い瞳が。
ドアの隙間から、覗いていた。
え、もしかして見てたの?
バンッ‼︎
私にバレたからなのか、ドアは以外おいよく開かれた。ねぇ今わざわざ風魔法使ったでしょ。
「お姉様! お待ちしておりましたの‼︎ さぁさぁ中へ‼︎」
「それより覗いて……」
「早く早く!」
「わっ! ちょ、急がなくても入るから‼︎」
大きな瞳をキラキラさせて、頰を紅潮させたお姫様はやたら急かす。眉を顰めて尋ねようとしても、腕を引っ張られそれどころじゃない。
バタンと閉まる音を背後で聞いても、その勢いは止まらなかった。
「お兄様とラブラブそうで良かったですのー! 我慢して待っていた甲斐がありましたのね!」
「どこを見て……いや、うん。そうだよね。あれはそう見えるよね。私も思ったもんね」
「次は私ともイチャイチャしてください!」
「その部分だけ聞くと、まるで二股かけてるみたいなんだけど⁉︎」
言い方どうにかならなかったのかな⁉︎
苦笑いで訂正する、私の言葉は聞いているのか。多分聞いてないな、という満面の笑みで抱きつかれている。……可愛いから許す!
「ではお姉様、まずは湯浴みですの!」
「え?」
リリちゃんの掛け声に。控えていたらしいメイドさんたちが、ズラリと。バスタオルやらオイルやらなんか色々持って、並ぶ。
え、待って部屋にいたの⁉︎
「というか私、一緒に入らないからね⁉︎」
「そんなつれない事をおっしゃらずに」
「リリちゃんはお姫様な自覚持って⁉︎」
「自らが姫である自覚を持って、お誘いしていますの!」
「それは命令だからやめて⁉︎」
絡み付いてくる白い腕に抵抗しながら、必死に懇願した! めちゃくちゃ色目使って誘惑してくるけど、全て辞退した‼︎
もうやだこの兄妹‼︎
自分の美貌と権力の使い方理解してる‼︎
この国は安泰だよっっ‼︎
「残念ですの……」としょげるリリちゃんは、浴場に出て行った。
私はというと、リリちゃん個人用のお風呂がここにあるのでそっちだ。個人用のお風呂もどうせ豪華なんだろう……と向かおうとしたら。
「リリチカ王女からのご命令で、湯浴みのお手伝いをさせて頂きます」
「えっ! いや、あの! 私1人で入れますので……」
「そういう訳には参りません」
頑なにお風呂の中までついてこようとする、仕事熱心なメイドさん。
まぁ貴族だしここ王宮もんね!
いや、家では子供の時からで慣れたよ!
でも知らない人の前は無理だよ‼︎
というわけでシンビジウム家秘伝の入浴法が、とかなんちゃら適当なことを言って。どうにかこうにか引き剥がして、入浴を済ませた。
はぁ……リラックスするはずのお風呂で、余計に疲れた気がする!
出た途端に捕まり、オイルやら何やらを塗られたり。髪を解かされながら脱力する。なんでだろう、リラクゼーションとは程遠いなぁ‼︎
でもリリちゃんの美しさの秘訣は、ここかもなぁとか思いながら時間が経った。
「お姉様ー! 戻りましたのー‼︎」
「あ、おかえりリリちゃん……」
「恋しかったですのよー‼︎」
「そんな永遠の別れからの再会みたいな、ぐへっ」
ドアが開いたて帰ってきた思ったら。そのまま勢いよく突っ込んできた、お姫様の熱烈な抱擁を受けた。
顔をすりすりと擦り寄せている。
まるで猫みたいだ。
猫、こんな熱烈に抱きつかないけど。
背中をぽんぽんしようとして。柔らかな彼女の髪が、鼻先を掠めた。その際に、ふわりと清潔感のある石鹸の香りと共に感じたのは……。
「ん、いい匂い。薔薇かな?」
「……。」
さっきまでご機嫌にごろごろすり寄っていた、その顔が一気にしかめっ面になった。
「……今日は、薔薇風呂でしたのよ……」
「そ、そんな目の敵みたいな形相しなくても……」
薔薇で思い当たるのは、まぁ1人しかいないわけで。
プレゼントされたのか。
それとも庭園から摘んできたのか。
どちらにせよ、出所は変わらないけど。
「薔薇いい匂いじゃないの。綺麗だし」
「……百合の方が清楚でいいですのよ」
「でも百合はお風呂に入れられないからなぁー。そんなに薔薇嫌いなの? 甘くていい香りだよ?」
これは明らかに香りにこだわってるなという、なんとも女性が好きそうな華やかな香りだ。
ローザ家、品種改良強いもんなぁ。
ローザの薔薇は、女性の憧れの的だ。
貴族の中でも、一部にしか出回らない。
要はブランド品なのだ。拘りの強さと美への追求が出ている。薔薇は女性の装飾にも使われるので、需要もとても高い。
しかしリリちゃんは気に食わないらしい。
ムッとしたまま、小さく開かれた口から出たのはやはり不満だった。
「……甘すぎますのよ。私、もっと爽やかな香りが好みですの。まるで見た目ばっかり飾って、ヘラヘラ笑ってるあいつのようですのよ」
「たしかにリリちゃん、爽やか系が好きな感じするよね」
この前つけていた香水も、マリンノートだし。カサブランカもどちらかというと、甘さより緑っぽい爽やかさがあるタイプだ。
なるほど。そこからするとこれは甘いのか。
見た目には豪華で似合ってるけど。
まぁ、好みはそれぞれだしね。
しかしそれにしても、重ねすぎではなかろうか?
リリちゃん曰く甘い薔薇は、着飾ってると。
つまり気取りすぎてるってことかな?
もっとワイルドなのが好みなのかー。
「……青春だね〜」
「青春ってなんですの?」
「んーん。こっちの話」
少し笑って言ったら、不思議そうに聞かれた。なるほど、この世界に青春はないらしい。貴族社会政略結婚だしね。
でもお姉さん的には、青春の気配がしますよ。うふふ。
によっと笑ったら怪訝そうに見られた。
でも口がもきゅもきゅしちゃうなぁ!
なんか楽しいよねこういうの!
そんな態度にいい加減痺れを切らしたのか、「寝ますのよ!」と手を引っ張られて。やはり何故かリリちゃんと寝ることになった。




