346話 魔王様は手強い
ドアの前に戻ってきて騎士2人の視線が注がれた時の、居た堪れなさといったらなかった。せめて見ないように、アルに頭を寄せる。
ここじゃ怒れないから!
頑張って黙りますけども!
てかにこってしても許さないけど⁉︎
怒りの滲む視線を投げても、余裕綽々な様子に諦めて視線を外す。何故こうなったんだ……。
「降ろしますよ」
「ええもう、ぜひぜひ降ろしてください」
「立てますか?」
「逆になんで立てないのよ……」
ぶつくさ小さめに言いながら、なるべく不満を出さないようにする。
ま、漏れてると思うけど……。
一応騎士さんの前だし。
アルを立てとかないとね。
多分こんな意地悪な面は、普段出してないと思うので。そんな体面を、守ってあげようという気は一応あるのだ。
ゆっくり足がつく感覚に、安堵した。
不満は不満だけど、ここまで運んでもらったのは本当だ。だから、アルへ向き直ってお礼の言葉を述べる。
「……殿下、ここまで送ってくださりありがとうございます。お手を煩わせましてすみません」
「なんですか、その今更な口調は」
「これが正しい距離感かと思いまして」
普通のご令嬢らしく、うふふと笑ってみせる。胡乱げな顔をされてるけど。怒れないので、せめてものお返しである。
……まぁ、本来はこの距離感が正しいのは本当だよね。
ヴィンスだって、人前では殿下って呼ぶし。
さっきはうっかりしただけで。
身分的にはあだ名なんて、もっての外。
アルは正真正銘、王子様なのだから。
王族は、敬われるのも仕事だ。……じゃあさっきそれを引っ張ってった、私はなんなのかというツッコミはさておき!
私の距離感がおかしいのは、自覚してる。
いずれ直さなきゃいけないのかな。
……本当はいずれじゃないんだろうけど。
帰りたい場所だとは言ったものの、それは別に王妃になる事じゃない。臣下としてだ。私の能力なら、預言師で十分役目を果たせる。
好きな子がいると聞いた今、例え彼が否定しようと。婚約破棄はもう目前に迫っている。
だって私は、アルの幸せを考えてるはずでしょう?
飼い主を取られる犬の気持ちか。
はたまた友人が離れていく切なさが。
それとも婚約者の特権が……いやないな。
婚約者の特権とか別に感じた事ないわ、と。それなりに扱かれた、王妃教育やら、しょぱい魔法の授業やらを思い出して、冷静になった。
のは、いいんだけど。
「そんなつれないこと言わないで下さい……」
目の前でアルが。
しゅんとしながら。
キラキラ眼でこちらを見つめてくる。
な、なんなのその濡れた子犬みたいな態度は⁉︎
びっくりしすぎて、騎士さんたちの方も見たら目が点だった。だよね⁉︎ わ、私だけじゃないよね⁉︎ え、それどこで覚えてきたの⁉︎
「いえ、その、殿下……」
キラキラキラ。
「あ、あのですね……」
キラキラキラキラ。
「えーっと……」
キラキラキラキラキラキラ。
「うぅ……アル‼︎ もう戻してってば!」
謎のキラキラ光線に耐えられなくなった私は、口を噛み締め叫ぶように懇願した。
なんだその可愛いのは!
わざとだってわかってるのに‼︎
私が可愛いに弱いと知っての所業かっ⁉︎
アル、おそろしい男……!
ここまで徹底してやられると思わないし、というかなんなら騎士さんもいるのに! 顔の好み選手権で負けたの、そんなに根に持ったの⁉︎
その執念深さに脱帽すると同時に、何故今なのかと思った。
「ふふ、なるほど。これでいいんですね」
「なるほどじゃないですけど⁉︎」
「加減を理解しました」
「理解しないで⁉︎」
「困ったらこうしたらいい、と」
「マニュアル化しないで⁉︎」
クスクス肩を揺らして、口元も手で覆っている。笑ってるとこ悪いですけど、私は困ってるんですけど⁉︎
背中に視線を感じて振り向けば、騎士たちがサッと目を逸らした。そうじゃん人目‼︎
ハッとした私は、行動に出た。
「あぁもう! 私は寝るんだからね! アルもちゃんと部屋帰って寝てよね‼︎」
「ご心配頂きありがとうございます」
「心配だけじゃないんですけど〜!」
早く帰ってもらおうと、グイグイ押しても動かない! ちょっとぉ! 笑ってないで動いてよ‼︎
え? 人目?
もう遅いよね‼︎
せめて早く退散したいのよこっちは‼︎
私がこんなに頑張ってるのに、アルはなんでそんなに笑ってんのよー‼︎
「仕方ありませんね、帰りますか」
「仕方なくないので帰ってね!」
「大人しく寝るんですよ」
「言われなくても寝ますけどー⁉︎」
怒りすぎて頬をぷくっと膨らませて、睨む。
楽しんでないで帰ってー!
しかしその先の顔は、何か思いついたように目が動き。そして……妖しげに微笑んだ。
あ、なんかまずい予感!
手が伸びてきたので咄嗟に目を瞑った。
「……それでは、また明日」
声が聞こえて。
手の行く先は……ん?
百合を触ってます?
確認しようと、目を開けたら。
「……!」
「人目があって、残念ですね」
彼は爽やかに笑った顔のまま、踵を返し遠ざかっていく。小さくなる姿を、茫然と見送った後で。
「……なんで百合にキスするのよ……!」
その唇が触れたのは、百合なのに。
何故か自分の事のように、顔が熱くなっている私がいた。




