34話 これはもうテントじゃない
「ついてきて下さい」とアルバート王子が言ったので、後についてテントを出た。けどまたさっきより小ぶりだけど、似たようなテントに入ってしまった。
というかこのテント天井がヤケに高い。
そして明るいと思って見上げれば。
空が見える……?
全体は白を基調としている。そしてなんか天蓋のような、紺地に金の縁取りの布飾りがひらひらしている。
見渡せばこのテントの中には、またテントのような個室が……。
「あの、ここは……」
「あの百合の紋が見えないのかよ」
「ヴィスその言い方はないだろう……」
ヴィンセントは私に、もう地を隠す気がないらしい。
彼がそう言って指差す方を見れば、天蓋のように下がる布に、たしかに白銀に輝く百合の紋……って。
「お、王族のテントでございますか⁉︎」
「王家のテントは精霊王の加護を付与してあるから、防音ですし崩れないのです」
「それはまた……さすがでございますね……」
まぁこんな豪華で手のかかりそうなテント、他にないよね。
つまりここにある布全てに魔法が付与されてるってことだな……。しかも二重付与かぁ。属性が同じなだけまだいいけれど、難易度は高いはずだ。
つまりそれだけ高価。さっすが王族のテントね。
ちなみに話に出た精霊王とは。
風を司る精霊シルフィスのことだ。
この世界に精霊はたくさんいて、魔術を使う際に補助として使うけど。多くは名も無き精霊。正式に名を呼ばれるのはシルフィスくらいだ。
というのも、この世界には"4神"と呼ばれる存在があり、それぞれ最大2属性を司っている。
しかしそこに風はない。
何故なら風は、2柱の夫婦の間から生まれたから。
その一柱が生命と水の神セイレーヌ。
そしてもう一柱が炎と大地の創造神マウティスだ。
全ての精霊は、神の元から産まれる。
特に初めに産まれたこの精霊には、神の祝福がもたらされ、他の神との伝達役の仕事も任されたので、神に並ぶほどの自我が生まれたとされる。
ちなみに他の2神の名は、というと。
一柱は光と雷の神罰神アミトゥラーシャ。
そしてもう一柱は時空の神クロノシアという。
時空神はすごく気まぐれなので、この世界でその力を付与された者は勇者くらいしかいない。力は偉大だが、属性としてはあってなきが如しの存在である。
それぞれの神の御名は本当はもっと長い。
ただそれこそ祈りの際か、大魔法を使う時でもないとフルネームなんて言わない。だから覚えてない人も多いと思う。しかも発音が難しいし……。
つまり私も覚えてないんだよね。あぁ何故か水の神だけは覚えてるんだけど。なんでだろう。
それと気になるのは、闇の記述がないところ。
まぁ、闇はこの世界で恐れられているから、記述を避けてるんだろうとは思うんだけど。
私がこれらの内容を知ってる理由は、ゲーム知識じゃなくて絵本で読んだからだ。ゲームにこんな細かい設定はない。
さすがにこの内容では、子供は読めない。
だから大人が読み聞かせるようなやつをーークリスティアの父が土産に買ってきていたものが、シンビジウムの家にあったのだ。
それを少しずつ、読んでいるクリスティアの記憶がある。1人で、だ。全部読めていた自信はない。
なんだか寂しい思いが込み上げてくる。
私のではないはず、なのに……。
「……ほんとうに失礼極まりないよヴィス。すみませんクリスティア嬢、気を悪くしないでください」
「アルバは警戒が足りないんだ。もっと中身を吟味するべきだ」
「はぁ。それを確認するための、婚約期間でもあるでしょう。君は何がそんなに気にいらないんですかね?」
アルバート王子の呼びかけと、2人の話声ではっとした。
いけない。
また考え事をしてた。
話聞いていなかったけど……。
2人の苛立った言い方的にも、大方私の悪口ですかねー?
考え事して話を流しながら、後ろをついてきちゃったからなぁ。どこの布潜ったか覚えてないなぁ。
まぁいっか、わかんないものはわかんない!
今は会話が大事!
大丈夫、私はったりは得意なので!
ですので、適当に合わせて返事します!
「お気になさらず。先ほどローザ様が疑問に思われたことを、お話ししたいと思ってお時間をいただいたので」
まずはにっこり笑って返事。
おいヴィンセントさんよ、うげって顔するな。
「……突然会ったこともない人に名前を当てられたら、恐ろしいのは普通のことでしょうね。ただ、アルバート王子は理由を知っておられますよ」
私は大人、私は大人と目を閉じ心の中で唱える。
そんな子供の態度くらい水に流して差し上げますわ! なおかつ大丈夫だよーと伝えてあげましてよ! ……うん、何キャラだ?
「え、そうなのか?」
少し驚きヴィンセントが王子に振る。
「まぁ……でもいずれわかるとはいえ、今教えてもいいのですか?」
「ええ、もちろんです。アルバート王子の最も仲のよろしいご友人に、不信感を持たれてしまう方がよろしくないでしょう。これしきのことは些事でございますわ」
顔を見合わせるヴィンセントと王子。
ふぅ。大丈夫そう!
流石私のはったり!
これで生きてきたところあるから……あはは。
ちょっと抜けてるのは内緒だよ!
「そうですか。君は面白いというか、考えなしというか……。あぁ、ここなら大丈夫でしょう」
ん⁉︎ ちょっと聞き捨てならないんですが⁉︎
そんな私にお構いなしに、また布を捲って入る……ここいくつ部屋があるんだ?
アルバート王子が中を確認して、その隙にヴィンセントが入る。最後に私……アルバート王子が、入り口の布を巻くって「どうぞ?」と促してくれた。
「すみません、ありがとうございます」と言って、潜ろうとした時。
「あぁ、百合飾りが曲がってしまっていますね。なおしましょう。すこし良いですか?」
「あ、はい」
「ん、髪がからまってしまうので少々我慢してください」
と言って、顔が近付く。
えええ何!
びっくりしたよ⁉︎
いきなりだなぁ!
「……話すのは止めませんが、予知までの話にしてくださいね」
そう、小声で耳元に囁かれた。
ひえええ心臓に悪いぃ‼︎
何子供にときめいてるんだ私は⁉︎
と、とりあえずヴィンセントに気付かれないよう、目を向けて返事をしておいた。
……けど顔が!
近い! 近いのよ!
変に意識してしまう‼︎
あの、繰り返します、ショタコンじゃないんですけど!
美しいお顔が目の前にあるとね⁉︎
ドギマギしちゃうっていうね⁉︎
わかるでしょう⁉︎ わかって⁉︎
そうやっていもしない誰かに弁明してないと、暴れだしそうだった。
「なおりましたよ、お待たせしました」と言って王子が離れていくまで、それほど経ってないはずなのに、すごい疲れました……。
とにかく落ち着こう!
頭を冷やそう!
冷静よ、ビークール‼︎
心を落ち着けるべく、気を紛らわすためにも部屋を改めて見る。中は日当たりの良い位置にあるのか、とても明るい。そして。
「わぁ……綺麗なお部屋ですね……!」
表現するなら、布の海だろうか。
そこは青い布飾りに囲まれた部屋だった。
一口に青、といっても様々だ。
深海のように深い青から。
澄んだ浅瀬のように、少し緑がかった青まで。
様々な色合いが目に入る。
それらは柔らかな光沢を持ち、繊細な刺繍が施されている。その布によって美しいグラデーションを作りだす。
時折その飾り布を纏めるために、結ばれている金の紐は、差し込んだ光のようにアクセントとなりーー魅力的な空間を作り上げていた。
こんな布だらけな部屋、こういうテントでもないと、逆に作らないかもしれない。
……それにしても綺麗だなぁ……!
昔から、こういうのには弱いんだよねー‼︎
いや私じゃなくても、これはテンション上がると思うけどね!
「精霊王の加護をーー」
私がそうやって心の中で騒いでいるうちに。先ほど潜った布に、アルバート王子が手を触れると、淡く発光して動かせなくなった。
え、すごいなにそれ。
だから鍵いらずなのか……。
「はい、これでここは私が許可しない限り、誰も入ってこれませんし外に音も漏れません」
「ありがとうございます。……それではローザ様」
よーし! それでは気を取り直して!
「私がいかにアルバート王子に仕える、忠臣になるつもりかお聞きください!」
「は?」
惚けているヴィンセントに警戒を解いてもらえるように! 弾丸トーク始めます!
《テントの不思議布の補足》
ここのテントの布は、魔法が付与されたものです。
【効果】
風の魔法で布周り数センチに風をおこさせない。
つまり空気を動かないようにすること。
それにより、ちょっとやそっとじゃ動かないくらいに固定。
もう布じゃなくて壁。
空気の振動がない、音もそこで途絶え聞こえない。
そして空気が流れないので燃ない。
空気が動かないので、切断系にも強い。
(→196話で使ってる魔法と同じ)
ただ使われている素材の密度によって、効果が変わる。
布は密度それほど高くないので…念のために風の流れで、音を聞こえにくくする魔法が付与されています。
(→これはかくれんぼとかの時にも使ってる、よくみんなが使うようになる魔法)
動かせる入り口のようなところに使われている布は、空気による固定だけ最初から付与ではない。
魔法陣を施すことによって、アルバート王子が行なったように、短い口上で固定することができる。
要約:めっちゃ手間とお金と魔法かかってる。




