339話 正論は権力に屈する
「はっ‼︎」
まるで悪夢から起きるように、ガバッと起き上がる。
デジャヴ感のあるこの起き方は、何度目だろうか。すっかりころんころん、起き上がり小法師並みに倒れるのに慣れてしまった。
あ、なんかお布団が豪華‼︎
なんでこんな金糸だらけなの⁉︎
細やかな刺繍が、明らかに高そうな感じ!
病院と大違いなんだけど、ここはーー。
「お姉様‼︎」
「……おはようございます。もう夜ですけれど」
声をかけられて、初めて右側に人がいると気付いたらーーこっちの方が、キラキラしていた。
「うわなんかどんな調度品より豪華なロイヤルがいる‼︎」
「お姉様が元気そうで何よりですの‼︎」
「……ふふっなんですか、その感想は」
そこにいたのは、お姫様〜なリリちゃんと。
これまたザ・プリンスのアルだった。
リリちゃんは、淡いピンクのシンプルなドレス。でもその光沢が美しく、可愛らしいお花のようだ。夜だけど、とても元気ですね。
アルは、灰色のしっかりした生地に銀糸のあしらわれた上着を着ている。これでも、装飾が抑え目。手袋はしてた。何故か笑ってらっしゃる。
とりあえず状況が掴めないので。
固まる思考をいいことに、思わずガン見した‼︎
多分夜は、家族で食事くらいだと思うんだけど……いや2人には、何か仕事とかあったのかもしれない。
普段でも王族の着替えは貴族より多いから、正直よくわからないけど。
しかし準礼装で、この目が焼けそうな威力出します⁉︎ やっぱロイヤルは別の生き物だね⁉︎ 寝起きの心臓に優しくないんですけどね⁉︎
「……ていうか天蓋高っ⁉︎ え、壁豪華なんだけど、ここ客室じゃなくない⁉︎」
「ここは私の部屋ですの!」
「リリちゃんの部屋っ⁉︎」
布団を掴んだまま、私は馬鹿みたいにきょろきょろしてから。彼女の発言に、素っ頓狂な声を上げた。
待って、なんでリリちゃんの部屋⁉︎
「客室に、おいそれと私たちはおしかけられませんもの……」
「逆転の発想⁉︎ おかしいよね⁉︎ 自分の部屋に運べば大丈夫とはならないよね⁉︎ 絶対反対されたよね⁉︎」
「私が姫ですの」
「このお姫様恐ろしいぞっ⁉︎」
いい笑顔で何を言ってるんだ⁉︎
開いた口が塞がらず、魚のようにぱくぱくしてしまう。つまりこのやたら豪華なベッドも、多分リリちゃんのなんだろう。
王族の私室なんて、普通お邪魔しない。
私だって、アルの部屋行った事ないよ⁉︎
家族くらいしか入れないんだよ⁉︎
異例の対応すぎるでしょうよ⁉︎
何故許されたし⁉︎
権力⁉︎ 権力の問題だというの⁉︎
混乱する私に、手が伸びてくる。
「髪が乱れてますよ。熱は……ないですね。はぁ。わかってても心配はするんですから、急に倒れないで下さい……」
「……アル」
おでこに張り付いた前髪をはらりと直して。
熱を測るように触った手は、温かい。
……わざわざ、手袋脱いだのか。
正直ちょっとドキッとした……って、何をドキッとしてるんだ私は⁉︎
いや、違う!
多分私が今ナイトドレスだから‼︎
ちょっとびっくりしただけだから‼︎
訳のわからぬ言い訳を頭でして、ついでにぶんぶん振り回す。
あ、危ないわ!
煩悩が危ない‼︎
恋する乙女もどきになってたわ‼︎
「ティア? どうしました?」
「お姉様、まだお加減が優れませんの?」
「いや! 2人が眩しすぎて、目眩と動悸ががしただけだから大丈夫‼︎」
「理由はともかく、大丈夫ではないのでは?」
私の不審な行動に心配されたが押し通す。
こんな寝起きドッキリはいけないよ!
どうすんの⁉︎ 私が欲望に忠実だったら‼︎
2人とも、危ないんだよ⁉︎
幸い私はチキンで美しいものに怯むたちなので、大ごとにならずに済みました! 感謝してよね2人とも‼︎
「ところで、お腹は空いていませんか? 夕食は終わってしまいましたが、何か用意を……」
「えっ大丈夫大丈夫‼︎ そんなわざわざいいから‼︎」
「でも何か食べた方がいいですのよ?」
「だ、大丈夫! ほら! あんまり遅くに食べると太るからね⁉︎」
2人が心配してくれるのはありがたいが。自分1人のために、コックさんを働かせるのは気が引ける。夜なら、片付けが忙しいし!
それに部屋に帰れば。
誰の目もなければ。
私は自分の魔法で、なんでも用意できる。
最悪それでなんとかなるので、気遣ってくれる2人に手を振ってストップをかけた。
「これくらい大丈夫ですのに……まぁいいですの。今夜はこのままここで寝ましょうね、お姉様」
「え、私お暇する……」
「寝ましょうね‼︎」
リリちゃんのゴリ押しも、すごかった。
有無を言わさぬ圧力に、思わず頭がコクリと動いてしまった。ニコニコ美人の圧、すごいわ……。
けれど私は、まだちょっと食い下がる。
「あの、でも私邪魔になるんじゃ……」
「一応、予備のベッドはそこに運ばせてありますけれど」
「用意周到⁉︎ ま、まぁそれなら……?」
「でもあれは使いませんの」
「使いませんの⁉︎」
「お姉様とここで寝ますの」
「ここで寝ますの⁉︎」
なんでベッド2つあるのに使わないんですの⁉︎
思わず頭の中で、口調が移るほど衝撃を受けた。いやいやとかわいらしく首を振っても、私は騙されてないよ⁉︎
確かにこのベッドは広い。
なんなら、3人くらい多分寝れる。
でも色々おかしいのは変わらない。
「アルさん⁉︎ お兄さんとして何か意見は⁉︎」
困った私は、縋るような視線でアルに助けを求めるがーー。
助けを求めたアルは、手袋をはめ直していた。
絵になりすぎて、表情が真顔で眺めた。
イケメンかな? あ、イケメンだったわ。
そんな私を、ちらっと見たアルは。私に返事するより、手袋を優先させた。手袋に負けた女……いやでも眺めてたいから、いいんだけど。
はめ直した後、こちらを向き直って。
気を取り直して爽やかに、言い放つ。
「まぁ、私のところにいないくらいなら。リリーのところの方が、安心できますからね」
「安心できる要素ありましたか⁉︎」
「警備面は王族が一番手厚いですから」
「ツッコむところ、それで合ってますか⁉︎」
「脱走してもすぐわかりますし」
「私はわんちゃんかな⁉︎」
驚愕に慄く私の反応と裏腹に。
プリンススマイルを贈られる。
噛み合わない答えを添えて。
おかしいでしょうよ!
私は気に食わなさすぎて、反応を続ける。そんな様子にアルバ、ふむ、と……顎に指を当てて考えた後。
少し細めた瞳と、ニヤリと笑う唇で……こう発言した。
「それとも……私のところに来たいですか?」
「よーしリリちゃん! 一緒に寝ようか‼︎」
「はい! お姉様‼︎」
ダメだこの兄妹ー‼︎
私は逃げるように、リリちゃんに手を伸ばして縋った。
どういう誘いなんだそれは!
まったくもう!
揶揄うのいい加減にしてよね!
その対応に彼女は、実にいい笑顔と可愛い声で元気よく返事をくれた。
おかしいよね⁉︎
リリちゃんから逃げたはずだったのに‼︎
私が正しいはずなんだけどなー⁉︎
追い込んだはずが追い込まれた私は、脱力するしかなかった。




