333話 罪深い生き物
「……だって、気になるでしょう?」
少し視線を彷徨わせて。
勘弁したように、見上げて口にした。
ここは、隠しても仕方ないから。
「すみません。心配させましたか……」
アルはさっきと違って、とっても大人な対応だ。穏やかで、あれだけ怒ってたのが嘘みたい。
優しい、とっても。
そういうところが好きだけど。
でも、それが不満だ。
「……もっと怒っていいのに」
「え?」
「私はね、黙って出ていくんじゃなくて、怒ってほしいのよ。気に食わないなら。さっきみたいにぶつかる事は、嫌だけど必要な事でしょう?」
きょとんとしたその顔に、口をへの字にしながら物申す。
我慢とか、してほしいわけじゃない。
分かり合えなくても、溜めてほしくない。
知ってると知らないじゃ、全然違う。
人と人の関係は、歩み寄る努力が必要だ。
片方だけにかける負担は、そのうち亀裂になる。気づいた頃には埋められないくらい。それが怖いのだ。
「……そんなこと言う人は、初めて見たんですが」
瞬きをして。不思議そうにこちらを見る彼の姿は、少し子供っぽく見えた。
「普通、怒られるのは嫌だと思いませんか?」
「ま、まぁ……嫌だけど」
「特にティアは、怒られることも多いじゃないですか」
「うぐぐっ」
否定できずに、口を一文字に噤む。
「……でも、関心がなくなっちゃう方が怖いし」
好きの反対は、嫌いじゃない。
無関心ーーいてもいなくても変わらない事。
一度そうなれば、二度と元には戻らない。
苦い記憶を頭の片隅に思い出して。
それを思い出すように、遠くを見つめる。
あぁいう風に、なるのだけはごめんだ。
私はどう頑張っても、器用にはなれない。
なら、挽回を頑張るしかないのだ。
アルをチラッと見て、切り出す。
「あのね? 私、アルの事嫌いだと思ったことないよ。もうあれは、真っ赤な嘘でーーでも、嘘でも言うべきじゃなかった」
例えそれが、彼のためだとしても。
傷つけないやり方は、きっとあった。
もっとなんかあったと思う。
……思いつかないけど!
身体に傷をつけないように気を遣って、心に負担をかけるのでは意味がなかった。
ちゃんと想いが、届くように。
その顔を、その瞳を。
じっと見つめて、言葉を紡ぐ。
「……大事にするって、難しいね。こんなに好きなのになぁ……。上手くいかなくて、ごめんなさい」
そう、言った途端。
「はあぁあぁぁぁーーーー……」
「えっそんな深いため息⁉︎」
どこにそんな空気があったんだというくらい。顔を片手で覆ったアルが、盛大なため息を吐いた。えぇー⁉︎
「えっちょっと! つ、伝わってない⁉︎」
「……少し待ってください」
そうは言うけど!
アルは手でこちらに静止をかけたまま、相変わらず顔を覆っている。
な、なんかいけなかった⁉︎
伝わらないと困るんだけど‼︎
焦った私は、その突き出された手を両手で掴んで再チャレンジする。
「あのね⁉︎ だから一番わかって欲しいのは、アルの事好きだよって事で……」
「はあぁあぁぁぁぁあぁぁーーーー……」
「えーーーー⁉︎」
少し手がズレて、チラリと覗いたイエローダイヤの瞳は。この世の終わりみたいなため息と共に、すぐに隠れてしまった。なんでよー⁉︎
「ご、ごめん! そんなに呆れちゃったの⁉︎ 謝るから、許してよー‼︎」
「……この世界で、一番罪深い生き物を見ました」
「そんなにっ⁉︎」
そこまでダメでしたか⁉︎
さすがに傷付いちゃうぞ⁉︎
やり方間違えたのかな⁉︎
とりあえず手を離そうと力を抜いたら、そのまま親指を握られてしまった。あ、あれ?
「あのー……?」
どうしたものかと困って声をかけたら、覆っていた手をズラして細められた目が見えた。
な、なんか不満そうですね……?
でもちょっと、ほっぺ赤くない?
怒ってるせいなの?
「色々我慢してる私に感謝してください」
「は、はい! いつもありがとうございます‼︎」
「……絶対分かってないですよね」
元気よくお礼を言ったのに。
彼の眉間の皺は濃くなった。
何がダメなの?
「君が子犬だったら、何も気にせずわしゃわしゃにするところなんですけど」
何かを諦めた顔をして。
顔から手を退けたアルはそう言った。
「なるほど。そんなにストレスを溜めていたと」
可愛い子犬、癒されるもんね!
やはり我慢させてたわけだ。
それは悪かったなぁ。
納得顔で大きく頷いたら、ジト目が向けられた。ん?
「せめて昼間の、誰が見てるわけでもない場所なら……いえ。むしろティアとしては、ここで良かったですね」
「? よくわからないけど、気分転換にはいい場所だよね!」
とりあえず片手でガッツポーズをしたら、「……そうですね」と。目を伏せたアルから、小さく同意をもらった。
溜めが気になるけど。
まぁよしとしましょう!
なんか許してくれたっぽいし!
「あの、ところで何をしてるんですかね?」
掴まれた親指は解放されたけど。
それはまるで遊ぶような手捌きで。
摘んでみたり、摩ってみたり。
アルは左手で、私の右手を翻弄していた。
「良いではないですか、これくらい。むしろこれで済んで、感謝して欲しいですね」
「いやいいけど……それ、楽しいの?」
私、別に普通の手だけど?
それでも気になるのか。
熱心に見つめて、遊んでいる。
何を考えてるんだ……?
「ふふっ難しい顔をしていますよ?」
「いやぁ……だってねぇ? 楽しくないでしょうそれ」
「楽しいと言うか……可愛らしいと思うと、なんでも愛おしく思えるものです」
クスリといい笑顔で笑って、そう言った。
そういうものなの?
可愛らしいねぇ……。
って、可愛らしい?
一瞬、何かに気付いてびっくりしたものの。
「ティアの素直なところは、時に憎らしくもありますが尊敬していますよ」
ちゅっ、と。
指先に、何かが触れた。
「!!!!????」
「ふふっリンゴみたいですね?」
「な、ななな……」
考えていた事は、全て持っていかれた!
「これくらいの仕返しは、許して欲しいですね」
妖艶に微笑む美しい悪魔は、名残惜しむように指先を撫でた。
次回更新21時予定です!




