32話 私はアブラムシかな
そういえば来たはいいけれど。
私から声をかけるのって不敬ですよね。
そう考えて、やはり止まる。
クリスティアの記憶では、貴族階級が下の者から話しかけるのは無礼な行為だ。
ふむ、どうしたものかな。
お花畑が広いので、声をかけないと気付いて……。
「オージサマに声かけたいなら後にしたら? 無理だよあれ」
そこに掛けられる、突然の声。
おや、この声は。
記憶より高いけど口調的にも……。
「ローザ様でいらっしゃいますか?」
物思いから現実に帰り、顔を上げて声の方へ向けると鮮やかな赤が目に飛び込んだ。
「……驚きました。貴女とは初対面かと思いますが、私を知っていらっしゃいましたか」
「あら、丁寧にされずともよろしかったのに……お話はかねがね、伺っておりますので」
わずかに驚きで見開かれた、黄色い瞳を見つめる。
まさかあっちから声をかけられるとはね……。
心の準備が欲しかったよ。
公爵子息、ヴィンセント・ローザ。
前にも言ったけど、『学プリ』の攻略キャラの1人で、アルバート王子の親友だ。
ヴィンセントは腹の読めないキャラ。
あと、疑り深く警戒心が高い。
それが自分や仲良しの友人に、近づく者なら尚更。
恋心とは別に、思惑に過敏だから刺激したくない。
それに私の技量じゃ、心の読み合いとか終わってるので、正直会いたくなかったけど……ん?
あ、でも王子に仕えるなら同僚だわ。
仕事仲間なら仲良くならなきゃだ……⁉︎
「……その話というのは、私の姿を見なくても私の特徴がわかるものだったのですか?」
スッと細められた瞳には、不審の色が宿る。
あ、やべ! ボロった‼︎
ゲーム知識が裏目に!
と、とりあえず私にできるのは!
「あの! 最初に申し上げますけれど! 私王妃にならずにアルバート王子にお仕えるつもりなので! つまり同僚になる予定なので! 友達でもないのでご安心を!」
最初が肝心なら、とにかく敵じゃないアピールからだ!
というわけで怒涛の勢いで畳みかけるよ!
「は……?」
「ですから……」
「そこの2人、何をしてるんです?」
勝手に大混乱していた私と、明らかに不審がってるヴィンセントの元へ。
割って入るように話しかけてきたのは。
「アルバート王子……お話はもうよろしいのですか?」
「ええ、少しだけと思いましたら随分長くなってしまいまして。クリスティア嬢をすぐにお迎えに上がれず、申し訳ありませんでした」
私が問いかけると、少し困ったように笑みを浮かべる。その花は萎れ気味に見える。
んーすごかったもんね令嬢たち。
お疲れ様です……。
王子様も大変だねぇ……。
「僕は無視ですか王子」
「何を今更。君はさっき挨拶したし、私にお嬢さん達の相手をさせて逃げただろう」
ちょっと揶揄うように言うヴィンセントに、王子は面倒そうに返した。
あ、逃げたんですかヴィンセント。
「逃げたっていうか、あいつらの目的がオージサマなだけだろ。滅多に会えないチャンス〜って感じに群がってたから、僕には関係ないね」
「薄情者……」
「なんだよ人気者がよ〜?」
むくれるアルバート王子に、ニヤニヤしながら肩を組むヴィンセント。
ごめん、ひとつ言っていいですか?
控えめに言って!
とても可愛いです……!
いやごめん、私ほんとショタコンとかではないんだけど、なんか仲の良さがでてるっていうかね?
わかる?
仲良し尊いってなるし今まだ小さいのにさ?
この子たち無駄に整ってるからさーもーはー……。
だめだ落ち着こう。私。
そう思って、ちゃんと考察する。
……ヴィンセントの薄情なのは、自分の生い立ち上、自分を構ってくれる人が大事だから。他はどうでも良いっていう考えから来てる。
それを考えちゃうと、今の彼の置かれた環境のこととか知ってるからさ。無駄に辛くなってきちゃうんだけどね。
今ここで感傷に浸っても。
私にはできることないんだけど。
それどころか、まだ仲良くなってもないしね。
そもそも仲良くなれるんだろうか……。
ふと、意識が遠くなる思いになる。
攻略中はフィーちゃん目線だし。
フィーちゃん良い子だし。
ヴィンセントイケメンだしで楽しめたけど。
私が仲良くなるってなると、難しい気が……。
前世なら多分仲良くなるの難しいからって、近寄らないタイプなんだよなぁ。
でも同僚は仲良くしたいなー。
せめて、せめてね?
今日会うって知ってたらね?
ちゃんと対策立てて……。
いやうん。よく考えたらわかるよね。これだけのイベント、来ない可能性の方が少なかったよね。アルバート王子もいるのにさ?
でも王子と海と弟のことで!
頭いっぱいだったからさぁ!
んーどうしたもんかな!
「クリスティア嬢? どうしました?」
「ふへっ⁉︎ はっ! なんでも⁉︎ というか近い⁉︎」
うだうだと考え事に浸っていたら、いきなり声をかけられた。その上、覗き込むように美しい顔が目の前にある。
お陰様で声が裏返って、心の声がポロリだよ!
「あぁすみません。 なんだか魂がどこかへ抜けていたようでしたから」
くくっと笑うその笑顔が、天使なのは良いんですけど、近いんですって! 凶器なのでちょっと距離が欲しい!
あと周りの目が痛い!
花をとっていきやがってって顔ですね!
うーん分かるその気持ちは!
甘い蜜を吸う私は害虫……アブラムシかの如く冷たい目を向けられている。
ちなみにその目を向けてきている中に!
ヴィンセントも入るよ!
ひぇえ……! 泣きたい‼︎
「す……すみません。お2人がとても仲良しでいらっしゃったので、お邪魔かと思いまして……」
「いや空気読めてないのはヴィスの方だから、気にしなくていいですよ」
「はぁー? お前が婚約者放置してるから声かけてた
だけなんですけど?」
焦って謝る私に、優しく笑ってくれる王子に顔をしかめるヴィンセント。
仲良しだなぁ〜……と思ってたら、横腹を突かれた。
うわっ突然やめてよ。
ちょっとびっくりした!
これマナー違反だからね⁉︎
まったく、いつの間にこっち来たのやら。
こんなことをするのは弟くらいだ。
そちらを見ると、ジト目で『あ・い・さ・つ』と口パクしてきた。あぁそうだった。
「僭越でございますが本日連れがおりますので、私を含めまして、お2人にご挨拶させて頂いてもよろしいでしょうか?」
いまだにわちゃわちゃしてる2人に、にこやかにそう声をかけた。