ー閑話ー 思惑は鏡の世界から覗く
黒フード目線の話なので、読まなくてもいいけど読んだ方が楽しめます。
「……。」
それは、鏡の世界からずっと見ていた。
おあつらえ向きに作られた氷の囲いは、純度も高くその役割を果たすには十分すぎた。
本当は氷なんて、通すまでもなく。
その場になんて、いなくても確実に。
どこであろうと、見ることはできたが。
「……あんなバカ、ありなの? ちゃんと見てたのに、防げないとかさぁ」
その赤く輝く、全てを見通す目は。
しっかり、思惑も見えるはずだった。
しかし彼女を見て出てきた答えは。
「もー許さない!」
「ドラゴンやっつける‼︎」
「みんなは絶対守る‼︎」
それが強すぎて、どこに何をするのかが見えなかった。他の者を見ていれば、違ったかもしれないが。
突破口を作れるのは、彼女だけだから。
それを警戒して見ていたら、まんまとやられた。
その単純な、思考回路に。
まさか自分の身体強化にも、魔力を回すとはわからなかった。あれは本人も、何も考えてないのではないだろうか。
ただ、みんなを助けたいーーそれ以外。
「バカじゃん……」
その声はどこか、悲しみを帯びていたが。
「……あのままコイツと一緒に、こっちに来てればどうにでもしたのに」
すぐにそれはなりを潜めて。足元に転がる起き上がる力すらない、ドラゴンへ冷たい視線を投げる。
彼女によって。
無理やり鏡面世界に入る状態にされて。
他の者たちによって。
押されてこちらへ帰ってきたーーゴミだ。
「はぁ。他を見くびりすぎたかな。いや、コイツに期待しすぎたか」
フードを目深に被ったその表情は、うかがえないが。とてもーー落胆している事だけは、声からでも判断がつくほどに、低い。
「……つまんないや、これで終わられても」
パチンッ!
徐にあげた手。いい音で鳴らす指を弾く仕草の後、ドラゴンの背が銀に光る。
『……す……まぬ……。たすかっ……た。すこし……油断したのだ……。だがつぎは……』
「ふっ」
ドラゴンの息も絶え絶えな呟きを聞いて。
それは明らかに。
見下すかのような。
鼻で笑うーー嘲笑が漏れ出た声だった。
「ほんと、バカばっか。バカって人間に限らないんだね。なんでいつまでも『助けてもらえる』と思ってるの?」
おそらく魔力を吸い取る魔法陣を消したから、そう思ったのだろうーーが。
クイッと人差し指が動く。
それに合わせて飛び出てきたのは。
1匹の、黒いスライム。
そしてそれは。
『おぬ……お主ッッッ‼︎ な、何を…………ッ⁉︎』
粘性のその生物は。
尻尾から、ドラゴンに纏わりついて。
じわじわとーーその身体を溶かし始めた。
「自力で回復できないくらい、搾り取られたくせに何言ってんの? せめて最後くらい役に立ちなよ」
『ぐぁあぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!! おのれ、おのれえぇぇぇぇぇえぇぇぇぇ!!!!!!!!!!』
ドラゴンの咆哮が、彼らの他にいない闘技場にこだまする。
1つ、予想外だったのはーー。
「……あはっ! なんだぁ、擬似魂のくせに魔力上がっちゃうの? あはははっ‼︎ いやーいいねぇ! さすが『恨みの力』は違うなぁ‼︎」
驚きに目を見開き。
楽しげに笑い。
そして見つめた先には。
もはやゴミだと思っていた、それ。
ギラギラと、赤く、赤く。
心に黒い炎を燃やして叫ぶ。
血のように睨むーードラゴンの瞳。
『おのれぇぇええぇぇぇぇぇええぇえぇ!!!!!!!!!!!!!!!』
最後の力を振り絞って。
一矢報いんと、恐ろしい口を開くが。
「ごちそうさま、美味しかったよーー魔力供給、ご苦労様でした」
それは達成される事なく。
粘ついた闇の中に、消えていった。
楽しげに、嘲笑う声を聞きながら。
「バカだねぇ。バカばっかだよ。最期に怒ったって、力に変えたって遅すぎるでしょ。もっと早くからやってれば、勝てたかもしれないのにねぇ‼︎」
クスクス笑続ける彼の元へ、ぽよんぽよんと黒いスライムは跳ねて近付く。腕を上げると、その上に乗っかってくる。
「どう? 美味しかった? ……って、お前に話しかけてもわかんないよなぁ。擬似魂ないし」
どこか満足そうだった声は、少しつまらなさそうに変わった。
見つめる先には、赤い瞳。
揃いのその目は、無機質で。
ただ、感情を持たずに見つめ返す。
間違っても、ドラゴンの瞳のようにはならない。
「ま、つまんないけど……。擬似魂なんて、魂なんて。そんなもん、ないに限るよ。いつ裏切られるかわかんないもんねぇ?」
はっ、と嘲笑うそれは、何についてなのか。
面倒そうに手を振ると、スライムは大人しく地面へと降りた。
「今回はちょっと面白かったけどーー予想外なんて、いらないんだよ。決められたものだけでいい。思い通りにならないのはつまらない」
コツ、コツ、コツ。
そう言い放ちながら、ゆっくりと。
氷の囲いへと、歩みを進める。
その足取りは、とても軽やかに。
楽しみを見つけたーー獲物を見つけたハイエナのように。
ゆっくりと、視線は一点を見つめて。
「……でもさぁ、ちょっと興味深いよね」
それは、外の世界を見つめている。
「バカだけど。バカほど面白いものはないからーー闇の魔力を持ってるくせに、期待するなんてバカのやる事だよ」
見つめる先には、力なく項垂れ人に囲まれている彼女。
「綺麗に取り繕ったって、一度汚れたものは戻らないよ……わかってないのかな? ……まぁ、バカだもんなぁ」
いきなり多くの魔力を取り込んだら。
魔力の循環が、上手くいかなくなる。
下手したら、目覚められない。
魔力を与える方法はあっても、引き出す方法などこの世界には本来ないのだ。
何も考えてないんだろう彼女は。
もちろんそんなリスクも。
考えに及ばなかったのだろうーーが。
「……わかっててやったなら、ほんとにただのバカ」
彼女が、運ばれていくのを見ながら。
出てきたその言葉の、声色に。
フードに隠れる、その表情に。
気付くものなど、ここにはいない。
そして、次の瞬間には。
「早く堕ちてよ……そういう、面白いものがオレは見たいんだよ」
ただただ、待ち遠しそうに。
氷を撫でる姿があるだけだった。




