322話 嘘つきは闇使いのショーの始まり
ドラゴンを喰ってかかる炎の龍は、逃げようが追いかける。そして、実態はないので追い払うこともできない。
『ク……ッ! 相手にしていられるか‼︎』
ドラゴンもなんとかしようと、翼を羽ばたかせて暴風を生み出すが。
「その程度のそよ風で、私の怒りが消せるとでも?」
涼しげに……いや、むしろ凍えそうなほど冷たい視線とその声は、いっそ美しかった。でも近くにいると、ちょっと怖いんですけどー⁉︎
「……炎だろうが氷だろうが、この兄妹の本質は同じだよね……。何をサラッと神級魔法使ってくれちゃってるんだ……」
「人がいなくてよかったですね。バレたら面倒ですし」
もう遅いよっっ⁉︎
慄き気味にその顔を見て、本音を溢したら。
視線は相手に向けたまま。
ちょっと悪い顔で笑ってそう言う。
問題はこれが似合っちゃってることである。爽やかさは何処へ? こんな視線を向けられたくはないけど……まぁ正直、カッコいいよね!
『ぐ……っ小癪な……‼︎』
「まだ遊んで欲しいんですか?」
ドラゴンもタダでやられる気はないようだ。大きな図体とは思えぬ速さで、躱したり攻撃して防ごうとする。
しかし術を操るのはアルだ。
彼をどうにかしないと。
簡単には終わらない。
いやぁしかし……怒ってるなぁ……。
見る人が見ないとわからないけど。アルはどちらかというと、いつもどこか手加減して魔法を使う方だ。力を抑えてる。それは強者の余裕であり、王族故の品位だ。
魔力の放出は、感情にも左右される。
それを使う魔法然り。
こんな大魔法、普段は使えない。
多分使おうとも、しないけれど……。
目の前の、意思を持つ生き物のように暴れる炎龍は、どう考えても——排除の意思の表れだった。
この人は、人のために怒る人なんだな……。
そして、努力ができる人だ。『学プリ』で、この魔法は見たことがない。自力でここまで頑張ったのだ。悩んでいた事が、嘘みたい。心の中まで美しい完璧イケメンかなー!
神様は不公平だなぁとか思っちゃうけど。
……あぁ私、嫌なやつだな。
そんなとこまであの女神様が管理するわけない。
でも強い光は、闇を際立たせるのだ。
……なんて、アルのせいじゃないけど。
私が自分で勝手に気づいて。
勝手に、傷ついてるだけだ。
どうしようもなく憧れながら、ああなれないなと。
眩しくて、手の届かない遠い人。近くにいても、夢みたいなんだよなぁ……って何をポエミーに思ってるんでしょうね私は!
そんなことより!
「アル……大丈夫?」
強い魔法ほど術者に負担がかかる。滲む汗と険しくなる顔を見つめて、少し心配になる。
「……ここで、片付けられれば君の負担が減りますから」
その言葉に、目を丸くする。
まさか、それで無理して神級魔法使ってる?
いくらアルの魔法が上達したって、魔力には限界がある。さっきまでも、散々ドラゴン相手に魔術を行使していたのだ。全力には遠い。
……私が、頼りないから、か。
だから、無理をさせている。眉に力が入り、口が歪む。これじゃ忠犬失敗だ。飼い主の手をわずらわせるようじゃ……。
「……アル」
そっと手を伸ばし、腕をつかむ。
「大丈夫だから、止めて」
「えっ….…しかし」
「止めて」
ちらりと見たその目を、睨むように力を込めて見つめて言った。でもアルはすぐには止めずに視線を彷徨わせている。
ドラゴンを押してはいるけど……あっちも必死に対戦するから、倒すには至っていない。アレは特別仕様だと、彼もわかっているはずだけど。
魔力を測れなくてもわかる。
もう、あんまりもたないはず。
すっからかんになったらどうなるか……。
「……忘れちゃったの? 私、この世界で最強の闇使いなんだから……心配しなくて、大丈夫だよ」
その顔を、まっすぐ見つめて。
優しく、微笑んでみせる。
甘い毒を仕込むように。
「レイ君の秘策があるから……私を信じて、任せて!」
最後はもうゴリ押しだ。
自信満々なフリでゴリ押し。
自信なんて、これっぽっちもないけれど。
でも、あなたたちを守りたい気持ちは本当だから。
「……次に襲いかかるタイミングで、回り込みます」
そんなに保つだろうか?
本当は、自分が一番わかっているはずだ。
今も無理をしてると。
「アル……私ね、あるの優しいところ大好きだけど……」
目を閉じて、一呼吸置いて。
「アルのそういうとこ、嫌い」
「えっ」
目を開けて、いきなり出た発言。
それに驚きすぎたのか、炎の龍は霧散する。
『ハハハァーーーー! 力尽きたか! これで我の——』
「フィーちゃんっ‼︎」
「はいっっ‼︎」
下にいる彼女に声が届くように、声を張り上げて指示した。
決まっている作戦は——。
「光と雷の神、アミトゥラーシャ・イワトゥス・ハシティールのもとに集いし精霊よ、その力を我に寄与し賜らんーー」
『⁉︎ 小娘、まさか……ッ⁉︎』
気付いた時には、逃げられない。
「全てを照らせ、ホーリーシャイン!!!!」
ドラゴンの体を、金色の光が包んだ。




