31話 踏み分けたくない
「あー行きたくない」
「第一声がそれかよ……」
呆れ顔で言われるが、渋る気持ちは抑えられない。
Q.問題です。本日はなんの日でしょうか。
A.海送りです。
風に薫る潮の匂い。
綿菓子雲浮かぶ青い空。
耳をすませば穏やかな小波の音。
そして憂鬱全開の私!
合わない。見事に噛み合わない。
「行かなくてもいいはずだった、こっちの身にもなって欲しいよね。誰のせいで朝から準備してたと?」
「私です……」
右側が煩い。あぁ弟よ。そりゃ分かってるよ。悪かったよ。
「でもほら敵前逃亡はしない主義だし、当たって砕けろ精神は持ってるから大丈夫……」
「まず何が敵かわかんねぇ上に、俺まで巻き込んで砕けないでくれますかねぇ?」
不満ぶうぶうである。
いいじゃん?
言うて君の敵は海だけじゃん?
私は……。
「どうしよう。間違えて眩しすぎる、キラキラな顔面殴りたくなったら」
「殴ったら不敬罪だからやめろ」
ストレスを行動で発散しようとする私の発言に、ぶっきらぼうにストップが掛かりました。
しかたないですね。
では現実逃避がてら。
今日の海送りについて復習しますか。
海送りは、王都より馬車で1時間ほどの距離にあるここ、クトゥルシア港沿いで行われる。
死者の魂を海に返すことが目的だが、弔いと帰る場所が分かるようにする意味も込めて、海沿いで屋台を並べ、踊りや歌が行われるのが風習になっている。
なんでも。
ちゃんと海に戻らない、未練のある魂が残ってしまうと。海からタコの足が伸びてきて、暴れ回って回収していくらしい。
その被害が凄まじいので、自分から帰ってもらわないと困るのだそうで……。
それ魂食べられてない?
大丈夫?
異世界こわいですね。
そのため、この海沿いはプチお祭り状態です。
海送りの儀式の近場になるほど、貴族用のやたらめったらデカい待合室テントとか、上層好みの料理が増える。
だけど今日この場には身分により、行けない場所は一応ないとされる。数少ない、身分差なしの交流の場だ。
まぁ、建前だよね。これ。
実際今いるこのテントも、ちょっと先にあるさらに大きいテントも……テントというか、もう建物みたいな大きさなんだけど。
テーブルがいくつもある立食形式の食事で、中には貴族が話に花を咲かせてるわけですよ。
ここに庶民入ってこれる?
どう考えても無理です!
これ、パーティーだよね?
貴族は大体ここから出ないで、儀式までの時間を過ごすらしい。
この儀式を主として大々的に取り扱うのは。
王族なわけでして……。
あとはわかるな? という事です。
そりゃ利益性の少ない庶民となんか絡まずに、王族に媚びる社交場になるよね。
王族も自分たちのテントがあるから、いつでもいるわけじゃないけどさ。あぁ、だからセスのお父さん達もいるよ。有力貴族はいないわけがないよ。
だけどデビュタント前である18歳以下の子供は、正式なテント(?)には入れない。社交界デビューしてないからね。
その子たち用の社交テントがあって、そこでお留守番です。
つまりそれがここです。
ここも賑わってますよー。
あのキラキラのおかげでね!
そのキラキラ……アルバート王子は少し離れたところで爽やかに。それはもう爽やかに、満面の笑みを浮かべている。
海より爽やかだ。
女の子ホイホイだ。
彼の笑顔は、宝石でできた花かな?
何カラットでしょう? 花の笑みとはよく言ったもの。その甘い蜜にさぞや胡蝶が寄ってこようぞ。
そんなのの隣に行くんですか?
え? ほんとに?
冗談キツいですわー。
甘かったよね。多分私の考えは、角砂糖を口に5個詰め込んだくらい甘かったよね。
海しか考えてなかったよね。いやいつも2人とか、知り合いのいる場でしか会わなかったからさ、盲点じゃない?
こんなしょっぱさはいらない。
甘いものとしょっぱいものを交互に食べれば、無限ループできるって言ってた人、無理だよ。
胃もたれだよ?
何もしてないのに口の中がさぁ?
もうジャリジャリしてきた気分だよ?
「よく考えたら忘れてたけど、王子イケメンだもんね。あれの隣に……行けというの……?」
胡蝶に囲まれた煌びやかな花を……ていうか異空間の花園を、遠目に見つめながら言った。
海にも花園ってあったんだなって思いながら、単騎出陣の意思が固まらないまま早5分。
あれを踏み荒らせとな?
いやね、本当は同じ馬車で行きましょうと言われたけど。不仲感がでないし……。え? もう手遅れな気もする?
いやいやまだね!
まだほらこの歳だから!
何があるか分からないからね!
そしてそれ何より、私が気持ち的に心苦しいので、丁重にお断り申し上げた。
いや考えてよ。王子はタクシーじゃないんだよ。
いずれ上司になるのよ。
迎えにきてもらうとか無理じゃん?
それに……。
「……あの一部になりたくない……」
「ならないでしょ。婚約者なんでしょ?」
今度は優しいお兄ちゃんの声が左から。
あぁ。どこまでも噛み合わない。
そこに混ざりたいわけじゃないのよ、お兄ちゃん……甘い蜜の良さなんて分からないでいたい。
「まぁ1人が大変なら、とりあえず3人で挨拶に行こうね? あれ多分、気付いて待ってると思うよ?」
その声の方へ顔を向ける。声の主はブランだ。
今日は一段と決まってるね。
この世界のオシャレは基本厚着です。
暑そうだよ。
でも言わないよ。お洒落は我慢って、前世でお母さんが言ってた。私は遠慮したいなー?
「つーかいつまで尻込みしてんの。どっちにしても、最初に声かけるのは姉ちゃんでしょ。そんなになるなら、馬車乗せてもらって行けばよかったのに」
このさっきから減らず口をたたく方は、私の弟セスである。姉の苦労、弟知らず。
「いやぁあんなの荒らして入って行ったら、自然愛護団体に抗議されるしー!」
「例えが遠回しすぎてツッコミに困るわ。つーかあれ人工花壇だから愛護もなにねぇから!」
「いやむしろ人が作ってるっていう意味では人造花壇……」
「いいからいけって!」
姉弟間でしか伝わらない、微妙なボケツッコミに訳がわからず、きょとんとしているブランを置いて。のろのろと歩を進め出した。