閑話 少し戻って一方その頃【Ⅱ】
閑話 少し戻って一方その頃【Ⅱ】
「……いや、本当の所はクリスティに聞こうか。本人にしか分からないんだろうし」
ブランドンがいやに冷たい視線で、そう言い放った。こういう時の彼は、本当に容赦がない。
……でも私としても、疑問ですが。
ティア、忍び込むような事しますかね……?
けれど彼女は「鏡面世界」と言ったらしいから、どう考えても知っているとしか思えない。偶然見つけた、とはいかないだろう。
「……あー。もう言っちまいてー……。別に黙ってる必要ないと思うんだけどなぁ、信じてくれるかは別として」
腕の上に肘を乗せ頬杖をつくという態度で、セスはイライラしていた。靴のつま先をこんこん鳴らし、その行儀は褒められたものではない。
いつもなら注意するブランドンは、それどころではないのだろう。
しかし、それより。
「何を言うんですか? というか、やはり何か隠してるんですね?」
決して大きな声ではなかったが、その呟きを聞き逃すはずはなかった。
彼はその問いに答えるか迷うように、ゆっくりとこちらに視線を向けて。口を開くが……そう開けたまま、視線を迷わせたかと思うと。
「……いや、でもオレ一応ブラン兄ちゃんの味方なんで。それに前にも言いましたけど多分、王子はちゃんと姉ちゃんから聞いた方がいいですよ」
結局、言うつもりがない事しか分からない。
というか、その秘密はどれだけ色々なことに関係があるのか。
「僕にも言えない事なの?」
そんなブランの睨みに対しては。
「んー……ここじゃなければ? また詳しくは会議の時で」
「あぁ、それも日にち決めなきゃだね……」
「堂々と目の前で、仮にも王子を除け者にする話をするのはどうなんですかね……」
白けた目を向けると、ブランドンは「すみません……」と苦笑した。セスの方は「ドンマイですね」と言う。
……私の周り、マイペースな人しかいないんですかね……?
小さな頃はそれはもう、ヴィスなどに振り回されたと思ったが、彼は可愛い方だった。もっと振り回されるぞと、昔の自分に言いたい。
「では、スライムの話を伺いましょうか」
仕方がないので首を振り諦めて、今の話で一番大事なことだけを聞く。
他の話は今気にしたところで解決しないので、放置する。……ティアが話してくれれば早いんですけれどね……。
しかし彼女が意外と頑固なのも知っていた。
「んーまぁ話って言っても、さっき言った通り……あっちの世界で見ただけって言うか」
「一応聞くけど、それはフツーサイズの黒いスライムだったんだよね?」
「そうそう。スライム狩りはブラン兄ちゃんともレイとも行くし、間違いないよ」
ブランドンの確認に、首を縦に振って答えている。
まぁたしかに、あの特徴的な動きは間違えないですよね。
スライムは這うように動くか、跳ねるように動くかで移動する。それに見た目が黒いモノは魔獣でも見ないから、間違いないだろう。
「ティアが入れる世界ですから、闇の魔力があれば入れる、と言うことなんでしょうか……?」
その可能性は高い。
ただ疑問なのは、スライム如きの魔力で入れるのかという事だが。それに基本的に魔力を求める性質を考えても、自ら入るとは思えない。
……そう考えると、やはりあの時の。
そんな思考がよぎる。
「あー、やっぱ変ですよね。しかもなんか、目的がありそうだったっていうか、闘技場に向かってたっていうか」
「闘技場に?」
セス随分淡々と言う話に、ブランドンが顔を顰めて突っ込んだ。
「そうそう。くー……クリスティアが追いかける! って言って聞かないから、引っ張って出てきちゃったけど。追いかけた方が良かった?」
この行動は大いに褒めたい。ティアだけではきっと追いかけただろう。その結果の話を、彼女も女神から聞いたはずだが……。
弟というストッパーがいなければ、と思うと恐ろしい。
「いや、それは出てきてくれて良かったよ。2人だけでも心配だから」
「そうですね。以前私たちでも逃げられていますから……同一個体だとしたら、ですが」
目の前で見た自分たちはよく分かっている。
あのスライムが、普通ではない事を。
きちんとは知らないが、セスの魔力は高い。しかしブランドンほど、戦い向きかは疑わしい。それに、ティアも無理しそうだ。
そうでなくても。
そもそも、3人で捕まえられてないのだから、無理に追いかけない方が良かったと言えるだろう。
「あ、やべ俺そろそろいかなきゃ」
もう少し話を聞きたいところだが、彼は大会出場選手だ。そう引き止められない。
「あぁごめんねセス君、話してくれてありがとうね」
「ええ、状況提供感謝します。あとで確認のために……いえ、今日だと心許ないですね。魔力が回復次第、全員で確認に行きましょうか」
2人でお礼を言って、彼を急がせる。
全ては、まずこれを終わらせてからだ。
「じゃあまぁ、テキトーに行ってきまーす」
「頑張ってね」
「ご武運をお祈りしますよ」
まるでちょっとそこら辺にでも出かけるように、彼は待合室を後にする。
「はー……この順番じゃなきゃ、ちゃんと観たのに……」
「ふふっブランドンは、弟思いですね?」
「あ、すみません殿下……声に出てましたね」
2人になったところで、ブランドンが呟いた事で笑う。
本当の弟のように、彼はセスに世話をよく焼いている。だから、観れる物なら観たかったのだろう。言葉に滲み出ていた。
「選手用の入場口からなら、少しは見えるのでは?」
「あー……観たいんですけど、観たくもないというか……」
ブランドンならすぐ戻って来られるだろうと、勧めてみたが苦い顔をされた。
「……殿下、セス君の事はどう思いますか?」
それは性格のことか、と少し悩むも。
まぁこの流れなら、考える事は同じだろう。
「使わないだけで、量だけなら圧倒的ですよね。あなたは私がリリーに思うようなことを、彼に思っているのでは?」
にやりとして言えば、一瞬虚をつかれたような顔をしてから、笑う。
「はは、お見通しですか。……正直羨ましいですし、焦りますね。魔力は違いますが量だけなら、リリチカ姫にも匹敵しそうですし」
そう、詳しい魔力量は知らないが……咄嗟の魔法などを見ていれば、なんとなく見当はつく物だ。
セスは、魔法に優れていると。
「まぁ僕には剣術がありますから……なかったらと思うと、ひやっとしますね」
騎士の一族らしい回答だった。確かに他に磨いたものがあれば、安心できるのはとても分かる。
「……私もティアに言われてなければ、こんなに心穏やかではなかったでしょうね……」
その回答には、微妙な顔をされた。




