閑話 少し戻って一方その頃【 Ⅰ 】
先に閑話の方を上げたいと思います。
閑話が本編に追いつき次第、戻ります!
その方が流れが分かりそうなので……!
今日中に上げたいけど、間に合うだろうか……。
「あ、黒いスライム見たんで気を付けてください」
待合室で何を話すかと思えば、彼女の弟はまるでどうでもいい話のようにーーサラッととんでもないことを言った。
「は? それは……どこで見たんですか?」
「ガラスの中の世界ですかね。まぁ姉でないといけないですから、早々危険はないと思いますけど」
あまりにも突然。しかも流すように言われて、別の何かと勘違いしているのでは、と疑ったほどだ。
「……セス君? 何その話。さっき聞いていないよね?」
実の姉よりも兄らしい振る舞いをする、ブランドンでさえこの動揺加減だ。自分はおかしくなかったと、変に安心した。
……この姉弟は、毎回とんでもないなと実感されますね。
おそらく2人とも、どこか普通とズレている。だからこんなにあっけらかんと、驚くようなことが言えるのだろう。
ブランドンのお叱りモードを察知して、セスは嫌そうな顔をした。
「え。いやだって、すぐになんかありそうじゃないし……」
「そもそもガラスの中の世界って何? いつ行ったの? クリスティと? 僕聞いてないよ?」
普段優しそうな者ほど、怒ると怖いものである。その体現のような彼は、笑っているようで目が笑っていなかった。
セスが子供のように、唇をぐっと噤んでいる。が、無駄な抵抗だろう。
「……昼の時間ですか」
そもそも時間がないのに、何故このタイミングでそれを話そうと思ったのか。
吐きかけたため息を我慢して、尋ねる。
聞きたい事は山ほどあるが、促すように確認を取る。今話すのだから、今日のことなのだろうと予想して。
「あ、そうです。さすが王子、話が早い」
「そうじゃないよね?」
「……ごめんって。だってみんな、演技見てたし」
渡に船と思ったのか、話にはすぐに乗ってくれたものの。ブランドンが間髪入れず怒るので、口をへの字にして謝っている。
「……ブランドン、そのあたりで。今は話を聞くのが先です」
一々黙られても進まないので、普段なら止めないがセスを庇う。目が輝く彼と、ブランドンの納得いかない顔が対照的だ。
「やっぱ王子様様ですねー」
「……あなたはもっと、ブランドンを気遣ってあげるべきでは?」
「普段はいい子なんですけどね……」
悪びれない彼にそう苦言を呈すれば、苦笑いで庇ってしまうあたりに甘やかしを感じる。……まぁわからなくはないが。
「ではまず、ガラスの中の世界について聞きましょうか?」
そう尋ねて聞いてみれば……割と発想が非常識だった。
「いやーそうなりますよね。オレもビックリしましたもん。我が姉ながら、こいつの思考回路どうなってんだと」
その発言で、どうも自分の感情が顔に出ていることを察した。
目の前に見えるブランドンも、険しい顔のまま口が空いている。……おそらく、同じような顔をしているんでしょうね。
なんとか表情を変えようと、手を顔に滑らせてから前髪をかき上げる。
「殿下、お髪が……」
「……あとで直します。それにしても……いえ。逆によく今まで遊びに行かなかったと、褒めるべきですかね……」
心配されて、苦笑いで返す。
あとで鏡を見るしかないなと思いつつ、やれやれという気分だ。婚約者のおてんばぶりには振り回されっぱなしだ。
「いけると思ったらいける、できると思ったらできるをこうも体現されるとは……。私も聞いた事がある程度なのに、よく知っていましたね」
「あ、王子知ってたんですね」
「というより、普通は王族でも御伽噺みたいなものなので。寝物語に、子供に聞かせるうちの1つにある程度ですね。かなり昔の話ですよ」
この様子では、彼は元々知らなかったのだろう。確認をされて、それに頷いた。
鏡面世界。それは時空の神クロノシアがいるとされる、もうひとつの世界だ。
この世界を写しとったような世界とされ、しかし神の世界なので生物や魔物はいない。あくまで神域の話であり、行くことはできない。
神と契約した、勇者を除いては。
「時空神は気まぐれで有名です。神域に招くより、遊ぶようにこちらへ来ることが多いんですよ。勇者になっても、招かれるとは限らない」
「あ、レアなんですねやっぱ」
「それより問題は、何故そこにいけ……あぁいや、ティアならやりそうですね。離れたドアの行き来ができますから……」
顎に手を当て答えながら、思考を巡らせる。
それで女神から怒られていたのは、記憶に新しい。……それなのに、入ったのか。
それで大丈夫なのか。まぁ気付かれなかった場合も……いや、ないな。自分の領域を乱されることを、この間も怒っていたわけだし。
おそらくティアのことだから、何も考えずに入ったに違いない……と考えて、頭が痛くなる。
お願いだから、危ないことはしないでほしい。
「……クリスティは、どこで知ったんだろう? 女神様が話したようには思えないよね。あの時だって、遠ざけるために来てたわけだし」
頭を抱えていたら、実に論理的な指摘がブランドンからされる。笑みのない、いつもの優しさが潜められた鋭い眼光は、何を見るのか。
……私より、彼に怒られそうですね。
今頃観演中だろう彼女を思い、しかし仕方ないなと思った。私も知りたいくらいですしね。
「えっと……夢、じゃないかなーとか……」
ブランドンが不思議に思い、呟いているのはティアのことに対してだがーー何故か、セスの目が泳いでいた。どういう事だ?
「セス、何か知っているのですか?」
「えっ」
「君たちはつくづく、隠し事ができないタイプですよね……」
そんなに反応されてしまえば、問い詰めるまでもなく分かってしまう。彼女を思い出して、苦笑いしか出ない。
「……いやそんな、大したもんじゃないんですよ。見たり読んだりしただけだろうし、それは責めなくても……」
「セス君聞いてなかったの? 王族でやっと知ってる話って事は、城の書庫にある本ってのとだよ? 夢じゃないなら、犯罪行為だよ」
城の図書館は、限られた者であれば出入りが許される場所。ただし、一般人や並みの貴族では入れないところだ。
それだけなら、ヴィスやレイも使うので申請次第でどうにかなるがーー今回の内容のような物は、もっと厳重。一般の目には触れない。
要は、閉架書庫に厳重に管理されるような内容のものだ。
つまり、そこに忍び込んだとしたら。
それは犯罪行為なのである。
なにせ、国の重要機密もあるからだ。
まぁ普通はできないんですが……ティアだと否定できないから、困るんですよね……。
「いや、それはないない! そんなの読んだら多分あれは3秒で寝るし、まず読めないと思う‼︎」
「……君はティアを庇ってるのか貶してるのか、どっちなんですかね……」
おそらく庇っているのだとは思うものの。
結果的に、彼女を馬鹿にしていた。




