30話 お供の申し込み
シンビジウム家のお庭は素晴らしい。
今の時期は季節の花が咲き乱れ、ちょうど東屋の上にはペンタスも綺麗に彩っている。星形で白やピンクの樹花なのだが、なかなかに華を添えている。
最初に見たときは夏の樹花って、思い浮かばなかったのでびっくりした。
夏から秋の花らしい。
私の中の夏のイメージはひまわりだからねー。
でもここの家では見ないなぁ。
「さてさて。2人は初対面だから紹介するね。こちら私の弟になったセス・シンビジウム。それでこちらが、仲良くさせて貰ってた公爵家のおうちの子、ブランドン・ライラックね」
2人を席につかせて、ミルクティーの用意を待ちながら紹介した。
遅い? だって一名固まって動かなかったし。
まぁブランは一方的に知ってるしね。
私が話してあるし。
取り残されてるのはセツだけだ。
「やぁ君が元従兄弟の子か。話は少し聞いたよ」
人好きのする笑顔を見せて、話しかける彼にセツは戸惑っている。
うん、さすが私の弟だ。人見知り発動してるな。
こんなに任せとけば良いようにしてくれる、コミュ力高い人なのにね。
しかもあの悪役令嬢と仲良くしてくれるほど、良い人なんだけどね。
「セツ、挨拶」
まごついている弟へ目を向けそう促すと、分かってるよと言いたげな目で睨まれた。が、姉なので無視。
挨拶はどんな理由があろうと、しないと失礼だから!
「初めまして……姉がお世話になってたようで」
「まーたまに遊んでただけだけどね。僕たちより父親が仲良い感じだったから。もともとそれのついでに遊んでこーい、って感じで。」
「あの人たち、いつも会えば酔っ払ってたイメージしかないけどね」
おずおずと挨拶するセツに、ブランは気さくに返した。私も適当に相槌をする。
ブランのお父様は、クリスティアの父親と同級生だったらしい。勿論、フィンセントグローリアの。
彼の家は貿易中心に力を伸ばした家だし、私の家はお世話になってたようだ。
「ブランのお父様は元気?」
「んー……ま、最近は元に戻ってきたんじゃないかなぁ?」
少し目を伏せて、お茶を飲んだ。
多分クリスティアの父親の死は、彼の父親にもショックな事だったんだろうと察した。
まさに、お茶を濁す絵って感じだったし。……別に隠さなくてもいいのに。
彼もまた、大人びた子供である。
「クリスティの方はなんか丸くなってない? もっと前は尖ってたと思ったけど。可愛い弟の所為かな?」
そう言ってセツにニコッとすると、あの子はビクッとした。
今日仲良くなってもらわないと(私が)困るんだけど、この様子で大丈夫だろうか。
「分かる? 可愛いでしょ、うちの弟」
思わせぶりに茶化して言えば、話題の主は少し怒り顔になった。
「はぁ⁉︎ 何言ってんの⁉︎」
「嘘じゃないわよ、今のあなた小さくて可愛いもの」
優雅にお茶飲みながら、悪い顔で素直にそう言ってあげる。
今は子供なんだから、可愛いと思うのは当たり前だし。
事実現時点では、僅かに私の方が大きい……そのうちに抜かされるのだから、それまでは可愛がったっていいじゃないか。
ま、今のは縮こまっている意味での皮肉だけど。
そりゃそんな素直に私も言えないよ。
弟に可愛いとか。
「なるほど? クリスティはこういう子がタイプだったんだ?」
「弟としてはね」
どう反応していいか分からずに、ゆでダコになっていくセツを横目にクッキーをぱくり。
うん、美味しい。
二重の意味でね。
「……っオレの話はいいから! クリスティアはブランドンさんに、ちゃんとあの話した訳?」
「あははセス君もブランでいいよ!」
睨んでくる弟とは対照的に、朗らかに笑うブラン。
「……ブラン君、いくつ?」
「7歳だよー」
「うわ2コ上じゃん」
その空気に流されて、セツも少し軽口を叩く。
「あはは。でも君たちだと、あまり歳の差感じないね。優秀なのは血なのかな」
「……別に血は関係ないわ。この子、お利口さんなの」
笑う彼の発言に、お茶が不味くなった。苦い。
血、と聞くと。
なんとも言えない気持ちになる。
そもそも、もともと従姉弟というが。
こんなに髪色も違うと。
ちょっとどうなんだろう、という気になるのに。
いやむしろ繋がってない方が私の闇の魔力のように、監視されなくて済むし良いのか。
変なもやもやが募るばかりだ。
「ま、仲良くしようね。お兄ちゃんだと思っていいよ?」
さっと話題から引いてセツにそう言う彼は、察しが良くて本当に良い人だ。
急な呼び出しも来てくれるし。
いいお兄ちゃんです。
「おにいちゃん……」
ちょっと嬉しそうに、口をもきゅもきゅさせてる弟を見て、癒されながら話題を戻す。
ちなみにセツのこの状態を解説すると。
お兄ちゃんはいなかったから、ちょっと嬉しいかもってとこかな。昔から弟翻訳機の私には分かる!
「というわけで送ったと思うけれど、来週よろしくお願いねブラン」
「今すごく脈絡がなかったけど? まぁ父様にも是非行くように言われてるからいいよ」
クスクスと笑いながら、快諾してくれる。
彼は私に甘い。
どうも弟しかいないから、クリスティアでも妹みたいで可愛いらしい。まぁ、私も妹欲しいなって思った時期あるからそれも分かる。
なのであえて彼の前では、少しわがままにするようにしている……よっ! さすが悪役令嬢!
「納得するの早……てかよく許可取れましたね……」
「セス君、普通に話していいよー? ま、王子がいるんじゃね。お近づきになってこいって言われたよ」
ゆくゆくは彼もライラック家当主だ。
繋げる縁を、彼の親が逃すわけがない。
何を優先してでも、来てくれるだろうとは思っていた。彼が拒否しなければ。
「でもそれより僕としては、君たち姉弟と遊びたいかな。なんか同じ性格が2人って感じだよね。」
「「は?」」
ブランさん、何言ってるんですか?
「いやーさすが姉弟って感じ」
「「いやいやいやいや」」
似てはいないでしょう!
でもハモってるんじゃ説得力ないな!
そんなこんなでわちゃわちゃしていたら、夕方になっていた。ブランの気取らない、気取らせない空気が幸いしてセツも仲良くなれたみたいだ。
特に7歳のブランには家庭教師が付いていて、魔術と剣の勉強をしているという話は、めちゃくちゃ食いついていた。
門前まで送りに出ると、こんな事を言われた。
「でも本当に、こんなすぐに会うと思ってなかったから良かったよ」
「うん?」
「ヘタしたら君とはもう王立学園まで、会わないかなって思ってたからさ」
そう語る顔は、切ないような嬉しいような顔だった。
少し驚いた私は目を瞬いてさせて答えた。
「いや会うでしょ。お茶会とかで」
「でもだいぶ先だから、その頃には、この感じでは話せないかもなって思ってたんだよ。他人のフリをされそうで」
ふむ。確かになぁ。そもそも本編ではブランドンとクリスティア絡まない上に、幼馴染設定なかったし。過去に疎遠になってた、ということだろうか。
こんなに甘いお兄ちゃんに見限られるとか、ヤバいなクリスティア。
……いや、意図的に避けたのかも。
ブランはクリスティアのお父さんの死を、避けて通れない存在だから……そう考えて、何故か辛くなる。
「……もう私もお姉ちゃんだし、未来のお妃様ですから?」
私がショックを受ける必要はない。
だってそれは悪役令嬢の父の話だ。
私じゃない。
よく分からない気持ちを抑えようと、気を逸らそうと、努めて戯けてみせた。内容も嘘ではない。現時点ではね!
「……強くなったつもりには、ならない方がいいからね。ダメそうなら今回みたいに頼って。……僕はお兄ちゃんみたいなものだから」
私の意図を汲んだらしい言葉と、真っ直ぐな瞳に強い意志を感じた。
彼のお父さんは、相当凹んでるんだろうな、と思った。だからこそ、娘の私はもっとそうなんじゃないかと、思っているに違いない。
「早速来週頼りにしてるわ、ブランお兄ちゃん? ……弟に気を配りたいの。もちろん私も見ているつもりだけど……多分海、苦手だと思うから。協力してくれたら嬉しいわ」
「……まだ見てないのに?」
「まぁ、ちょっとね。杞憂ならいいんだけど」
セスのお母様と話している、彼の様子をチラ見しつつ言った。
なにも無いならそれで良い。
むしろそれが良い。
我ながら勝手なことだ。連れて行くのは、私の都合でもあるというのに。
「すっかりお姉さんだね?」
「なによ意外?」
「まぁね……こんな変わるとは思わなかった。もちろん、良い意味でだよ? ま、2人まとめて面倒見るから大丈夫」
安心して、と頭を撫でられすぐにブランは馬車に乗り込んだ。
顔が熱い……私を妹扱いで揶揄えるのなんて、彼くらいだ。クリスティアにしても私にしても、可愛げないし家柄的にもね。
遠くなっていく馬車を見送りながら、私は当日まで出来る対策を練ろうと、決心したのであった。