208話 氷の女王様
『お待たせ致しました。これより1年、リリチカ・カサブランカ王女の発表となりますーー』
あぁ! た、タイミングぅ‼︎
もう逃げられない!
いや逃げるっておかしいけどさぁ!
毎度の音楽はどこ吹く風、謎の焦りだけが胸を締め付ける。いや集中、今は見るのに集中しないとなんだけども!
「……ブランドンのところへ行きたかったですか?」
「へ?」
小さな、でも確かなその問いに驚きそちらを向くが、彼は正面を見たままだった。
ただしその横顔はどこか寂しげだ。
それにはっとする。
落ち着かないの、ばれてたのか。私は、この顔をさせたくて焦ってるわけじゃないのに。
違う、そのためじゃない。
あぁ本末転倒だ。
順番を間違えてた!
下唇を噛んで、反省し手を伸ばしてーー彼の手に重ねる。
「えっ」
今度は彼が驚いてこちらを向いたので、そのまま手を取り持ち上げて。両手でぎゅっと握り込んだ。
そして、目を合わせて言う。
「ごめん。アルが嫌だとか、そういうことじゃないのよ……セツと話してきた事で、まだ悩んでて。それで変なだけだから……」
誤解は残しておいて良いことがない。
私は、それを知っている。
だからすごく真剣に話す。
「大丈夫! 私アルのこと1番考えてるし、好きだよ!」
嫌われてるなんて思われたら大変だ。
悲しすぎて泣けてしまう。
こんなにーー弟以上に頭を悩ませるくらいには、小さな頃から応援してきたというのに!
まぁその結果深入りしすぎて。
操りそうになってるらしいので。
喜ばしくはないのだけど。
そう、多分私は今アルを推してるんだろう。ファンだファン。そう考えるとしっくりくるよね。もしくは勝手に弟的に思ってる……とか?
いや私、姉みたいに接してあげられたことあったかなーーそう考えて。頭が痛くなったのでやめた。
この子、元から優秀だったし。
むしろ私が面倒見られてた気も……。
うん、やめよう。目を背けよう。
どこの世界に、弟に面倒見られる姉がいるのか。私たちは少なくともなんか違う気がする。
「……て、あれ? どうしたのアル?」
考え事で気付くのが遅れたが。
なんかアルの様子、変じゃない?
固まっちゃってるし。
ていうか、ちょっと赤い気も……。
不思議に思って、覗き込むように彼を見ると。ちょっと眉が上がって不機嫌顔になる。
あ、よかった動いたね。
「……それはどう言う意味でーー」
「あ! 曲終わったよ! リリちゃん来るよ‼︎」
急いで手を離して、競技場へ振り向いたが。
片手が動かないことに気付いた。
ん? と思ってそっちを見たら。
ものすごーく不機嫌そうな顔で
頬杖をつきながら正面を向いているアルが。
逆の手を私の手に重ねていたからだった。
え、何? 悪戯? 何故か怒ってるっぽいけど。
ちっともこっちを見ない。不機嫌でもある意味絵になるが、態度が子供だ。ちょっと引っ張っても、びくともしない。
……まぁ、嫌われてないならいいか。
そこさえ間違えなければいい。
それだけはーーあぁなるのは、悲しい。
アルには、嫌われたくない。
私はふっと笑って諦めて、前を向いた。
そして気付いた。
辺りが、凍り始めていることに。
じわじわと、それはまるで生き物のように。
地を這うように、ピキピキと。
音を立てながら、変えていく。
その全てを、氷の世界へ。
それの後を追うように、風が吹いて。
最初はゆっくりと、だんだん早く。
勢いを増しながら、渦を巻く。
小さく、真ん中へ収縮しながらーー加速しながら、輝き出す。
「わぁ……キラキラしてる……」
勢いのすごい渦の周りを、結晶が舞いだす。
日差しに照らされて、キラキラと。
それはまるで、無数の宝石。
「ダイヤモンドダストだ……!」
次第に風は勢いを弱め。
中から、渦を壊すように。
大きな結晶が伸びてくる。
いや、違う。
あれは巨大な氷だ。
完全に風が止むと。
その中からは、氷の巨大な結晶と。
その上に、王女の如く鎮座する人の姿が。
まるで人形のようだが。
フワリとなびく、黄金の髪。
閉じた瞳をゆっくりと開けば、青が覗く。
まだ残り舞う結晶が彼女を一層輝かせる。
そうしてゆっくりと、会場を見渡してから。
組んでいた脚を伸ばして、さっと立ち上がりーー髪をかき上げた瞬間、シャランと……キラキラモーションが……!
こ、氷の女王様だーーーー‼︎
と、叫びたいのを我慢するために、自由な手で口を押さえた。押さえないと叫ぶ。これは叫ぶ。
女王様は、面倒そうに目を伏せると。
美しく掌を口に寄せて。
ふっと、吹いた。
そこから結晶が流れ出し、なんと氷の階段が現れる。それを彼女はゆっくりと。ローブと髪を揺らしながら、堂々と登り始める。
「い、今のところを! 今のふっ! って吹いたとこのスチル欲しい……っ!」
「すちる……?」
「はっ! ごめん、ちょっと黙るね!」
あんまり伏し目とポーズが決まってて、美しかったものでして!
見事に声に出てしまった。慌ててアルに手を振って誤魔化し、口を直接また塞いだ。お口にチャック!
随分と高いところまで上がったが。
そこには何もない。行き止まりだ。
しかし女王は、手を伸ばした。
ピキピキピキッ!
音を立てて。
そこにスッと伸びてーー作られたのは。
氷でできた、杖だ。
彼女はそれを手に取ると、大きく振り上げる。
その動きに合わせて、氷柱が無数に飛んでくるーーって、客席めがけて⁉︎
わわわっと思って、思いっきり目を瞑るが。
……あれ?
何もない……?
「大丈夫ですよ」
隣から、優しい声がする。
そろ〜っと目を開けてみると。
客席の手前で、ピタッと氷が浮いている。
その奥にいる、女王様はクスッと笑った。
ガタタッ‼︎
あ。客席が恋に落ちた音がしましたね。
何人か席からずり落ちているのを見ながら、胸を撫で下ろした。
美しい氷の女王様は、どうも悪戯っ子らしい。
その後、また杖を動かすと。
ズダダダダッ‼︎ っと地に突き刺さる。
それを何度か繰り返して。
なんか、氷の城ができました……。
え、どうなってんの?
しかしそんな私は置いたまま、自由な女王様は軽やかに。踊りでも踊るように。ダイヤモンドダストを纏いながら。
お城に入ったり、窓から出てみたり。
杖を振り回しては、氷の木を生やしたり。
ランプを作って、灯を灯したり。
終いには、白鳥を作り出す。
え、氷、だよね?
あの、ランプまではギリ理解できたけど。
と、飛んでるけど……?
そしてその白鳥に乗って、氷の女王様は空へ舞うと。
ビキビキビキッッ‼︎
城の方からする大きな音に驚いて、一瞬目を離したら。
ジュワッ‼︎
なんと、白鳥は霧となり霧散したと思ったら、キラキラと雪になってしまった。
パキンッ‼︎
あの大きかった氷の城も、粉々にガラスのように割れてーーキラキラとしながら崩れていく。
全てが嘘のように溶けて。
どこを探しても。
女王は氷と共に消えてしまった。
しばらくぽかんとしていたが、夢から覚めた観客たちは、パラパラと。次第に大きく拍手が渦巻いた。




