307話 まな板の上の鯛?
「お兄様! お姉様を連れ戻してきましたのよ‼︎」
褒めて褒めてー! と言わんばかりの勢いで、リリちゃんが言い放った。わんこかな?
がっしり掴まれた腕は今もそのまま。
お姫様のエスコートなのは素敵だけど。
いやどっちかというと……そう……。
「リリー? 貴女次の出場ではないですか? 何故ここに?」
目を大きく開いて驚いている彼に、確信した。
あ。やっぱり。
これあれですよね。
捕まえた獲物を飼い主に持ってくる猫。
うわー。どうしようすごくしっくりきた。あの何故持ってきた感よね。しかもそれ別にいらない的なの持ってくるやつね。
ありがとう、でも今じゃない、的なやつ!
「お兄様……リラックスは必要なものですのよ。あとお姉様はいたらすぐ捕まえないと、どこかに行ってしまいますの」
「私は虫か何かなの……?」
聞いてもこっちを向いてすらくれない!
リリちゃん! 一度私と話し合おうか⁉︎
「つかオレいたよな……?」
「ぷぷっバカだなぁセスは。姫様の眼中にお前が入るわけないだろ?」
「お前はどこ目線なんだよ」
ちょろっと聞こえた弟の声も、もちろん聞いてない様子。私もセツがレイ君を叩いて、ギャーギャーやりだしたので目を逸らしたけど。
多分ブランあたりが止めてくれる……はず。
だからいいんだということにしよう。
それよりも。
「はい、お兄様!」
ちょっと理解しきれてないアルに、あろうことか押し付けたーー私を。
「わわわっ⁉︎」
「おっと」
とんっといきなり背を押されたもんだから、たたらを踏んで転びそうになった。そこをキャッチされる。
その拍子に手をついて、気付く。
目の前の、体温というか。
今の体勢にーー!
「ひょ⁉︎ あっその⁉︎ 違うの‼︎ イエス、プリンス、ノータッチがっ‼︎」
「何言ってるんですか?」
体を離そうと勢いよく動いたから、倒れると思ったのかがっしり腰に手を回され、離れられなかった。
おまけに変なものを見る目を向けられる。
あぁ〜‼︎ 違うの〜‼︎
触ろうとして触ったんじゃないのよー!
不可抗力! 不可抗力がー‼︎
「というわけで今度こそ行ってきますの!」
元気なその声に、無理やり体を捻ってそっちを見たが遅かった。
いない⁉︎ 早い‼︎
この状況放置していかないでよ⁉︎
いや急がないとだったけどさぁ⁉︎
しかし私の心臓の負担も考えて欲しかった。
「クリスティ、そろそろ殿下のご負担になるよ」
そんな私の窮地を救ってくれたのは、我らがお兄ちゃんだったーー!
優しいく気遣うその声は、私を落ち着かせた。その困り顔を確認した後に、被害主に目を合わせる。
「ごめんアル! ありがとう‼︎」
「……まぁあれは、ティアのせいというよりリリーのせいですけどね」
フッと目を閉じて、どこか名残惜しそうな表情で腕を解いた。ん? やっぱりリリちゃんいないから寂しいのかな?
「ほらクリスティ、もう始まるから座らないと。こっちに来る?」
「あ、うんそうだ……」
「見えにくいとは言っても、変に離れると周りから見て不自然ですから。私の隣でいいですよね?」
そうだね、と言おうとして。
やけに素早く訂正が入った。
ん? と思ってその顔を見るけど。
にっこりいつものプリンススマイル。
あ、有無を言わせぬキラキラ加減……。
「そ、そうだね……?」
その迫力に(圧力に?)押し負けて、疑問系になりながらも斜めに頷い……頷いてるのかわからないが、首が動いた。
目を離せない、圧倒的オーラ。
これが王子力か……!
私に使われるとちょっと困るなぁ⁉︎
「午前中だけで、十分アピールできているとは思いますけれどね。殿下が姫様の演技を観覧される際の、妨げにならなければいいのですが」
「こういうものは、して足りないというものではないので。彼女が楽しそうに見ているのが分かるのは、こちらとしても嬉しいですよ?」
にこにこしながら、2人が話し合っている。
な、なんかギスギスしてない?
気のせい……かな?
そうか、私ちょっとうるさかったかな……?
静かにしようと心の中で思いつつ、そういえばと思う。
「ブラン、セツは? てっきりあの子たちの言い争い、ブランが止めてくれるかと思ったけど」
「実のお姉さんがそれを言うの?」
「え、えへ……」
思ったまま口に出せば、ジト目で指摘された。目を逸らしつつ、笑って誤魔化す。すみません。
「ラナンキュラス嬢がいるから大丈夫でしょ。セス君、結構格好つけだからね」
そう肩を上げて笑う。
あーうん。よくお分かりで。
確かにそれなら大丈夫……。
「あれ、ヴィンスたちは?」
さっきは視界に見えたはずの、ローザ兄弟が見えない気がして聞くが。
「あー。ヴィンス君は……」
「?」
チラッと躊躇いがちに動いた、その視線の先を見ると。
「……あれ、何やってんの?」
長身の赤髪男が、腕を組んだまま壁と同化していた。
目立つはずなのに、空気になっている。
心、ここにあらずといった感じ。
ノア君が周りでなんか話してる?
「……リリーが去り際、睨みつけていたので……」
「あぁ……」
苦笑いの彼の話で納得した。大方、手でも振ったら睨まれたんだろう。
いつもの事だが。
人目があるとないとじゃ違う。
見栄的な意味で。
そこら辺が、うちの弟と被るんだよなぁ……と思いながら憐れんだ。ドンマイヴィンス。
「それでは先に座っていましょうか」
「え、放置? いいの親友放置で?」
アルが促すつもりか、踵を返して私の背に腕を回して誘導する。それに驚きつつ、少し顔を引き攣らせて尋ねるも。
「私は一応あれの一番の友人ですけど。リリーの兄でもあるので」
少し困ったような、でも悪戯っぽい笑みはーー王子というより、1人の青年さを感じさせる笑みだった。
そして何より、アルらしいと思って。
あ、こういうことか、と。
目の前の彼自身を見た気がした。
そして思い出したかのように。自責の念が溢れ出してーーていうか、思い出した。
私、今アルの近くにいちゃダメじゃない……?
あれ、操ろうとしてたヤバい奴でしたよね?
え、反省……反省しないとなんだけど?
しかし気付くのが遅すぎた。もうしっかり席に座っており、離れるには不自然すぎるタイミングだった。私のばかーーーー!




