303話 衝撃は待ってくれない
「あームカつく‼︎ なんで考えてないんだよ⁉︎ まるでオレの方が好きみたいじゃん‼︎」
「え、あ、うん……うん?」
勢いに頷きながら、違和感を覚える。
ん? 今なんて言った?
「え……っと。セツ、フィーちゃんの事好きなの……?」
「は?」
まさか、と思って聞く。
返ってきたのは、本人も予想外そうな顔だったので、ほっとする。
そ、そうだよね。
はやとちりすぎたか……。
フィーちゃん可愛いけど、そんなまさかね。
「すき……好き……?」
けれどセツは、覚えたての言葉を噛み締めるように、咀嚼するように繰り返す。
背中に、嫌な汗の気配。
え、まさかね?
「好き……かはわかんないけど……」
「だよね⁉︎ いやごめんほんと、変なこと言ったわ! 忘れよう⁉︎」
顎に手をあて首を捻りながら、絞り出している様子で慌てる。
ちょ、ごめんお姉ちゃんが変だったよ!
やめてねやめてね⁉︎
シナリオ狂うから‼︎
しかし祈り虚しく、次の言葉が待っていた。
「でもまぁ気になるっていうか……王子よりオレの方が幸せにできそうじゃね?」
「んんーーーー⁉︎」
驚きすぎて、すごい顔になってしまった。
え、ちょ、なんでそんな結論になったの⁉︎
地雷踏み抜いた感が半端ない。
というかというか!
私の話、聞いてた⁉︎
「え、それ違くない⁉︎ 勘違いじゃない⁉︎ ねぇ⁉︎」
「は? なにそれ煽ってんの?」
「煽ってない‼︎」
弾丸否定も、不機嫌な睨みひとつで黙らせられた。慌てて首をふる。
え、えぇ⁉︎
い、いや! 困る!
それは困るよ⁉︎
「いやよく考えたらさ。オレの方が王子より考えてるんだから、オレの方が好きだよな?」
「いやそれは……好きの質がね……?」
「そういう風に考えてはなかったけど……まぁでも、気には掛かるし心配だし……」
言葉虚しく、弟の思考は進んだようだ。
あぁ……待って……。
待ってよぅ……。
それはもう、ほんとに好きでは……?
愛しの彼女の話の前では、姉の心中すら慮る気がないらしい。
納得顔でうんうんと頷きながら、こんな非情なことを言った。
「そっか。オレ好きだったのかも。なんかありがと」
「え……? ここでカミングアウト……? 君に羞恥心はないの……?」
「今さらじゃね?」
随分とサラッと言ってくれるなぁこんちきしょう!
もうやめよう……?
お姉ちゃんのHPはゼロよ……?
私の屍を越えて行くというの……?
なんだかほくほくしているセツとは逆に、私の方は干からびる思いだ。
いやもう干からびてる。心が。
天日干しされた梅干しみたいに。
すっぱくてしょっぱくて、カラカラである。
「それとも何? 止めんの?」
「う、え、あ……」
少し唇をとがらせて、無邪気に尋ねてくる弟の姿に戸惑う。
壊れたロボットのように、変な声と、かくついた動きと、落ちていく視線を彷徨わせながら悩む。
え、だって。
私の1番の望みって……。
弟の幸せ、だよね?
そのために、ここにいるよね?
それなのに、止める?
できる?
できないよ?
それに、フィーちゃんの性格の良さは知ってる。あれで幸せにならない人などいなかろう?
で、でもですよ⁉︎
アルとくっつかないと!
フィーちゃんの幸せだって……。
いや、とそこで固まる。
私の願いは弟の幸せよ?
たぶん無意識の闇魔法が、かかってるよね?
じゃあ幸せにならないはずがない……?
え……でもアルが……。
そう思って。
自分がどうも、思っていたよりーー彼に固執していたことにハッとした。
私の優先事項は、どっちだ?
違ったはずだ。最初なら絶対、違った。
前なら、こんな戸惑いなんてなかった。
もっとすんなり弟を応援できたのでは?
けれど、彼がチラつくのだ。
なんで、こんなに固執してる?
シナリオに固執してる?
でもフィーちゃんは、元々別ルートもある。
「姉ちゃん? くー姉? おーい」
「……。」
なんか声をかけられてる気がするが、耳に入ってこない。
ベストだと思ったのは、確かにアルバート王子ルートだったけどーーそれ以外の主人公は、幸せじゃなかっただろうか?
そんなことは……そんなことは、なかった。
私は見たはずだ。
どのルートだって、幸せな彼女を。
攻略対象と笑う、素敵な場面を。
それと今、何が違う?
この違いを、明確に答えられない。けれど喉の奥に何かつっかえるように、違和感は存在する。
そう、だってこれは、アルバート王子ルートで……。
だけどすぐそこに、弟が幸せになるかもしれないルートがある。
既存のルートでないのだから、私が死ぬ確率だって減るだろう。たぶんだが。
それにアルなら、他の人とだって幸せに……。ある意味、完璧な気もするけれどーーでも。
「……ていうか、そういえば。さっきアルに好きな人いるとか言ってなかった?」
「あ、復活した」
私の悩みなど知らないかのように、実に気の抜ける反応があった。
こんなに悩んでるのに……!
しかし頭をふって、気を散らす。
「いや、いいや。今そこじゃないのよ! ねぇ、さっき……」
「言ったよ」
「え?」
掴みかかろうとする勢いの私に、いつもと変わらぬ調子で返事する弟。すんなり言われすぎて、耳を通り抜けた。
その様子を見て、面倒そうに。しかし実にいつもの彼らしい態度で、丁寧に言葉にしてくれる。
「言ったーー他に好きなやつがいるって。聞いてないと思ったら、聞いてたのかよ」
そ、そんな事ある……?
どこで? なんで?
だからこんなに進展しないの……?
信じていた世界が崩壊するかのような。そんな衝撃をもって、私の視界は真っ暗になった。




