301話 誰もいない空間
「つーかどこも人だらけだな!」
「当たり前でしょ? 今日の大会観ててわかるじゃないの」
引っ張る手を話してくれたはいいものの、今度は……いやずっとだけど、理不尽にキレている弟を追いかける。
大会の休憩、それもお昼ともなれば、どこも人がごった返すのは想像に難くない。それは競技場の外に出たって同じ事だ。
だから呆れつつ聞いた。
「どこに行きたいのよ……」
「どこでもいいけど、話が聞かれにくいところ!」
そんな場所、今日はどこにもないんじゃないかなぁ……。
しかし言っても聞かないだろう。
何せ勢いだけで出てきたのだ。
話が終わるまで帰れない。
格好つけセス君が、そんなことできるわけない。
「どんだけフィーちゃんが好きなのよ……」
まぁ可愛いからわかるけど……と思って言ったら。
めっちゃ睨まれた。
仮にも姉を、殺しそうな目で見るでないぞ。
「……話の内容、それなんですけど」
「あ、そうなの?」
「……。」
随分とドスの効いた声でいらっしゃいますわー。おまけにため息も貰っちゃったわー。
でも私と同じで目つきも悪いんだから、やめたほうがいいぞ。
しかしこれ以上、イラつかせても仕方ないので。
「まったく……人がいなければいいのね?」
「え、うん……まぁ?」
「うーんと、じゃあここでいいや」
何だその気の抜けた返事は、と思いながら。
適当な横道に、セツも引っ張って入る。
「じゃあ入るよー。そのまま離さずついて来て」
「え、ちょ、くー姉そこガラス……!」
なんか言っているが、そのまま。
ガラスの中に、入った。
「は⁉︎」
「はい、お望みの誰もいない場所。満足?」
「は、はぁ……⁉︎」
ガラスの向こう側、入った世界は姿形はほぼ同じ。
しかしそこには、誰もいない。
人の気配はない。
ただ、同じような景色が広がるだけだ。
お望みの世界に連れて来たが、弟は同じ言葉しか発しなくなった。おーい、戻ってこーい。
「な、なんでそんな平然としてんの⁉︎」
「いや逆に、なんでそんなに驚いてるの?」
「驚くだろ普通‼︎」
なんか怒られた。酷いや。
「大丈夫、人がいないのは鏡面世界だからだよ。表にはちゃんといるから」
「そこもだけど、そこじゃねぇ……!」
今度は頭を抱え始めた。忙しいねぇ。
「うーん、言ってなかった? 私入れると思った場所には、入れるからさぁ。これもいけるかなぁと、薄々思ってはいたんだよねぇ」
「……思って入れるものか……?」
「オレがおかしいのか……?」と、悩み始めてしまう。もっと柔軟になりたまえよ。
「でもほんとにあったんだねぇ。私も確証はなかったからさ。よくあるから、いけるかなーって思っただけでさー」
「……なんでそう普通に……あぁもう考えるだけ無駄だな……」
頭を無造作にかき乱し、何かを悟ったらしい。無の表情になった。落ち着いたようでなによりである。
そんな彼は、どこか虚ろなまま訊ねる。
「……くー姉が作ったの?」
「え? うーん、作ってないと思うよ? 多分……今入った時は、入るのに必要な分だけの魔力消費だったと思う……し」
多分。多分だ。
できるかもーと思った時に、勝手に魔力消費してたりするのでわからない。
少なくとも、今、作ってはいないけど……。
「……いやでも、鏡面世界までは流石に作れないよ。だって動物とかいないだけで、そのままなわけだし。それこそ神様でもないと……」
ははは、と笑ってちょっと考えた。
さすがに鏡面世界は広い。
世界をひとつ作るようなものだ。
さしもの私でも、それは難しいのでは?
「なるほど、噂のクロノシアの世界か」
私の脳内を読んだかのごとく、納得がいって結論言ってる弟を横目に。
「あれ、なんで固まってんの?」
「いや……あのですね……でもほら、入ったくらいはワンチャンあると……ね?」
「いや何が?」
私は今、すさまじい冷や汗をかいていた。
うんごめん、言ってること私も意味不明だなと思うけど!
なんだこいつ、って顔されてもですね!
やっちまった感がですね⁉︎
あー……でももう入ってるからなぁ……!
「……あ、そういえば女神様に言われてたな。あれって、クロノシア関係だったっけ?」
しっかり覚えていた弟から、しっかり突っ込まれた。
うんー!
それだねーー‼︎
目をつけられると、マズいんですよねー⁉︎
私っていうか、周りがですね⁉︎ いや私も多分大変だけどさ!
「でもあれ、空間ねじ曲げたからとか言ってなかった?」
「はっ! たしかに⁉︎ ということはセーフ⁉︎」
鋭い推察に期待の眼差しを向ければ、どうしようもないやつというような目で見ていた。ひどいやい。
「……まぁ、一回入ったら変わんないでしょ。諦めなよ」
「ひとごとー‼︎」
そんな嘆く私を置いて、弟くんはあろうことか散策をし始めました。適応早いね……。
「……で、話はなんなのよー。元はと言えば、それを聞くために連れて来たのに」
考えるのを放棄して、私もぶつくさ言いながら追いかける。
「そう、それだよ。あのさぁ、くー姉って王子の事は考えてるけど。『フィーちゃん』の事、全然考えてなくない?」
怒りは落ち着いたのか。
顔は顰めてるし不満げだが、そこに先程のトゲはない。
しかし指差して言われた。
指は差すなと、何回か言ってるのに……。
それにしても……。
「フィーちゃん? え、私フィーちゃんの事、考えてるつもりだったんだけど……」
予想外で少し惚けるように、そう漏らす。
元々、私の目的は追放&没落回避。
ゲームでいう、バッドエンドの回避だ。
それはまぁ、私が死なないためでもあるけど、セツが巻き込まれないためだ。
もう目の前でいなくなるの、絶対嫌だし。
さすがに2回は耐えられないし。
そうなったら、生きててもしょうがない。
助けようとして死んだんだから、助けられなきゃ意味がないのだ。
そのバッドエンドを招くのが、悪役令嬢の悪事の結果ーーというか、王子と主人公への嫉妬に狂った結果だ。
そう考えた私は。
恋愛を邪魔しないし、むしろ手伝っていい関係を築こう!
間違ってもそうならないように、信用を得よう‼︎
と、なったわけだけれど。
つまり、アルとフィーちゃんを応援したいと思って、動いているわけだけれど?
「全然ダメ。全然考えてない」
「えぇ⁉︎ なんで⁉︎」
「なんでって、そりゃ……」
ダメダメの嵐。驚く私に、への字のまま語り出した。




