297話 成長は隠し事の始まり
また1人終わったところで。
「あら、帰って来なくてもよかったですのに」
「あ! おかえりなさいませ!」
リリちゃんの冷たい声と、フィーちゃんの明るい声がする。
「第一声がそれだと、いくら僕でもへこむんですが……」
苦笑しつつそのとなりに立っている。
もうそのやりとりだけで、誰かわかる。
「あー! ヴィンスお帰り‼︎ すごかったねっ‼︎」
顔を目にしてすぐ、気合を入れて言った。感情は鮮度が大事‼︎
「……クリスはいつも通りですね」
「えっそれどう言う意味よ!」
「いえ、いつも通り全力で感情が出ているなぁと」
何故か軽く笑われる。褒めてないね⁉︎
そんなヴィンスを、リリちゃんが睨んでいて顔が怖い。ど、どうしたの……。
「ちょっと褒められたくらいで、得意げにならないでほしいですの」
「……なんだか姫様、機嫌悪くないですか?」
ヴィンスの言葉にフィーちゃんが、声には出さずコクコクと頷いている。丁度リリちゃんの死角だから見えない位置。
なんか怒らせたのかな?
「お疲れ様ですヴィス。素晴らしかったですよ。ただ今度から格好つけずに、一言言ってから離席した方が良いみたいですね」
微笑みながら労うアルの言葉、そしてチラッと見た目線で気付いた。
あ、何も言わなかった事怒ってるのか。
言ったら言ったで喧嘩するのにねぇ。
「……というか、どこで油を売ってましたの? どうせ、ご令嬢を捕まえてらしたのでしょうけれど」
トゲのある言葉に、視線はジト目。
隣のフィーちゃんがあわあわしていて、ちょっと可愛い。
それも気になってたのね。
まぁたしかに遅かったよね。
割と通常運転なので私は、フィーちゃんいい子だなーと、思いながら眺めている。
「おや、妬いてくださるんですか?」
「そんな考えになるなんて、好色でいらっしゃいますのね。それとも脳内に花園でも作られているのかしら」
にっこり返すヴィンスに、呆れ顔のリリちゃん。
いい加減、慌てふためくフィーちゃんが可哀想かもしれない。そこまでなの?
「あなたの弟もいますから、こちらに来ますか?」
アルがそんな風に声をかけた。
ヴィンスをこっちに呼ぶってことは、また席移動が起こるんだけどいいの?
……まぁ、うちの弟のせいで気まずいのか。
そう思って我が弟の方を見ると、ブランごと1席ズレてた。
弟よ……。
あとブランごめん。
あとでなんかお礼しよう……。
「あぁそれなら……」
とヴィンスが言った途端に、フィーちゃんが首を激しく振っている。え、何事?
「……兄様はそこで、お説教を聞いてた方がいい」
鶴の一声は、私とアルの間から上がった。
「え、そうですか?」
「兄様は姫様の隣がいいと思う」
少し瞬きした彼に、ノア君は付け足した。
ついでにフィーちゃんも、激しく頷いている。
あ、なんか2人には見えてるのね。
多分リリちゃんが、何か思ってるんだろう。でも、私は光持ちじゃないのでわかりかねる。
「……まぁヴィンセントに、お兄様とお姉様の大切な時間を、邪魔させるわけにもいきませんもの」
心なしか少し態度が軟化したリリちゃんが、腕を組み目を閉じて言う。
あれもポーズなのか……とちょっと生暖かい視線を送ってしまうも、彼女は気付かない。
「いえですが、弟がすでに……」
「ノアはいい子ですから、いいんですの! ……なんですの? 私の隣に、座れないとでも?」
ザ・理不尽オブ理不尽。
しかしその睨みつける視線に。やれやれと肩を上げて首を振ったあと、ヴィンスは隣に「失礼します」と言って座った。
あ。フィーちゃんが、背中でもわかるくらい喜んでいる。見えないはずの花が出てる。多分、代弁みたいな反応なんだろうな……。
はっ……⁉︎
「……まさか、ここに求めていたツンデレが⁉︎」
「なんですかツンデレって」
マズいマズい! 口に出してた!
慌ててアルへ「なんでもないよ⁉︎」と、笑顔で言う。ちょっと、ノア君こっち見ないで!
もう勢いで話題転換だよ!
そう息巻いて、握り拳で言う。
「そ、それよりヴィンス取られちゃったね!」
「とら……いえ、別にいいんですけれどね」
取られちゃったがお気に召さなかったのか、引き攣った笑いをされる。
「リリーは最近、私でもよく分からないときがあるので……。あれでいいんですかね?」
少し心配そうに尋ねる先はノア君。表情は変わらずコクリと頷く。
「……隠してるだけ。隠そうとするから、おかしくなる」
「なるほど。まぁ大人になったということなのでしょうか……? 昔は全部、手に取るように分かったのですがね」
そう言う顔は、若干寂しそうでもある。
わかるよ!
年を経るごとにわかんなくなるよね‼︎
「そうだよね! うちもどんどんわからなくなって……昔は小憎たらしくなくて、可愛かったのに……」
うんうんと頷くと、アルから意外そうに言われる。
「セスは割と、変わらない気がしますけどね。あ、大人っぽいという意味でですよ?」
「まぁ、アルと会った時はもう出来上がってたし……」
「……どれだけ成熟早いんですか? というかそれより前だと、君もたいして変わらないのでは……」
あ、まずいまずい。
違うのよ、前世の話がね?
うん、言えないな?
不審な顔をされているので、またもや笑って誤魔化す。
ノア君!
無言の視線が怖いよ!
でもこれ、嘘ではないから‼︎
「……それより、もうすぐ始まる」
「は! なんだかんだもうレイ君‼︎」
横でわちゃわちゃやってるのが、視界に入りながら前を向く。
……下の子って、いつの間にか育っちゃうのよね。頼もしくなったりもしてて。そこが嬉しいんだけど、ちょっと残念になる。
さて、うちの弟はなんで怒ってたのかな。
後で聞かなきゃなーと思いながら。
それを聞くように遺言もどきを残していった、彼の演技にまずは集中すべく、五感を集中させた。




