295話 舞い踊る幽霊
『お待たせ致しました。これより1年、ヴィンセント・ローザ公爵子息の発表となります、どうぞご鑑賞ください』
またまた演奏が流れ始める。でもフィーちゃんの時ほど長くないやつ。
「もー! 一言言いたかったのになー! 帰ってきたらすごかったねって、絶対言うんだから‼︎」
「まだ見てもないじゃないですか……」
意気込みが口に出たところを突っ込まれた。
いやそうだけど!
だって私、知ってるもん!
『学プリ(ゲーム)』やってるから!
そんな私からしてみれば、これはある意味出来レースなのだが……楽しみは楽しみ。
だって、ゲーム内じゃ!
細かくは見れなかったし!
「……一言応援の言葉をかけるなら、ウィスパーボイスを使えば良かったのですが」
「……あ」
そ、その手があったか……!
口が開いたまま、アルの方を見れば。苦笑気味に肩を上げられた。早く言ってよ!
でもそこで、ノア君と目が合う。
「……兄様は、気にするなって言ってた」
「え?」
「声をかけなかったのは自分だからって。あんまり気にしてたら、伝えるように言われた」
淡々と語られるも、その光景は目に浮かぶようだ。
あぁ……全部お見通しなわけね。
まったくもう。
「兄様、集中したかったみたいだから」
それは私が、集中を妨げると言いたいのだろうか?
いや、ノア君はそんなこと言わないと思うけど……。
「……だから、見ててあげて」
そう言うノア君はほんの少し、口元が緩んでいる。
『見ててあげて』、か。
立派な身内の発言だなぁ。
それに気付いて。もう完全に兄弟なんだろうな、と思うと温かい気持ちになった。
むこうにいるアルも、優しい顔をしているから。きっと、おんなじ事を思ってる。
だから私は、もう何も言わずに中央へ目を向けた。
ゴロゴロゴロ……。
ゴロゴロゴロ……。
「え、雷?」
雷特有のあの太鼓を鳴らすような、心臓まで響く音が地面を揺らすように聞こえる。
その音は、だんだんと大きくなる。
ピカッピカッと、至る所が光り出す。
思わずそこに目を向けるも、その光はすぐに移動する。ゴロゴロと、不気味な音を伴って。
ここでようやく、それがヴィンスの魔法だと分かった。
バリバリバリ‼︎
一際大きな音の後、ひと柱の大きな光が中央へ落ちた。一瞬、大きな音と光に驚き、目を瞑ってしまう。
次に目を開けた時、そこにはヴィンスの姿があった。
……ヴィンスだよね?
ローブにあるフードを目深に被っているため、顔は見えないけれど。
彼は片腕を羽根のように上げ、もう片方の手を胸に当てて。優雅で、綺麗なお辞儀をした。黒い手袋が目に入った。
その後、顔を傾けて。
まるで戯けるかのように、顔の横で手を揺らす。
3、2、1……。
指のタイミングでカウントを取ると、次に見たのは彼ではなく水溜りだった。
「えっ⁉︎ 水魔法、ヴィンス使えたっけ⁉︎」
「……あれは水じゃない」
え⁉︎ と思ったけど、目を向けられない。
多分見てる間に何かが変わるから。
ていうか、ヴィンスどこいったの⁉︎
彼を探し、視線を滑らせればーー今度は片隅に。
ゆらゆらと、揺れた彼が。
「⁉︎」
と、思ったらすぐ消える。
探していると、どこかに出てきて。
ゆらりと揺れては、姿をくらます。
その姿はまるでーー。
「幽霊……」
そこにいると思って、探しても。
すぐに消えてしまう。
しまいにその姿は、空中に現れ始める。
ゴロゴロと、雷の音に気を取られた隙に。
色々なところに、目まぐるしく。
直立や足を組んで座っていたり、逆さまになっていたり。
およそ、人が空中ではできないような。
お化けが人を揶揄うかのような。
なんとなく艶のある、誘うような動きで。
「えっえ⁉︎」
目が足りない。
見てようと、見逃すまいと、目を凝らしても。
音や光に、一瞬気を取られると、もういない。
そしてさらには。
「えぇー⁉︎ 何人もいる⁉︎」
ケタケタ笑うように、人を嘲笑うように。
増殖した。いや、ほんとに。
彼らはとんと、重力を感じさせないジャンプを……ていうか、バク転をしたと思ったら消える。
また別のところに現れて、空中に現れて。
ダメだもう追えない!
私にわかるのは、円を描くように均等な動きをしてるなって事だけ!
サーカス? サーカスの集団なの?
いや、1人だけど‼︎
なんかもう、目がチカチカしてきた!
「ていうか、残像が目に残ってるって言うかー!」
「……それもある」
それもあるって、それ以外はなんなの⁉︎
でも演技中だから、詳しくは聞けない。
途中、みんな同じ動きをしてたと思ったのに、違う動きをしたした。
もう訳がわからないよ‼︎
風がビュンビュンいってるのはわかる!
「目が回ってきた……」
こっちがついていけなくなってきたところで。
遊んでいた彼らは、中央へ戻り出す。
飛んで、跳ねて。
実に軽やかなステップで。
そしてぶつかる! というところで……1人に戻る。
そこでくるっと、こちらを向いた。
そして、やっとフードを外そうと。
手をかけたところで……。
「あれ⁉︎」
気付いたら、そこにはローブと。
手袋だけが、浮いていた。
えぇー⁉︎ と思ったら。
今度は、ゴオオォッと風が客席に吹き渡り、ビカッと光が!
堪えられるわけもなく、目を瞑って。
もう大丈夫かと、目をソロ〜…っと開ける。
そこにはすでに、何もなかった。
シン……と静まり返った客席から、思い出したかのようにパラパラとーーその拍手は次第に、大きな渦となって会場を飲み込んだ。
「何あれ何あれ⁉︎ えぇー! すごい! ヴィンスすごいっっ⁉︎」
私は壊れた人形のように、感動で組んだ手をブンブン振った。
「ね、ね⁉︎ すごかったよね⁉︎」
この感動を分かち合いたくて、ノア君とアルの方を見ると。
ノア君は私たちにわかるくらいの笑顔で、ぱちぱちと拍手をし。
アルは、顎に手を当てて目を丸くしていた。




