28話 デートのお誘い?
「クリスティア嬢は海を知っていますか?」
何度めかの訪問の折……シンビジウム家の庭でお茶をしながら、アルバート王子よりそんな話をふられた。
あの訪問(?)以来、1ヶ月に3、4回くらいのペースでいらっしゃる……多いときはもっとだけど。
まぁ単純計算、1週間に1回顔を合わせるようなものだ。
だからいつしか、私も彼の前で変に緊張しなくても……いや最初よりはだけど、自然に話せるようになってきた気がする。キラキラ感に慣れてきた。
それにしても、海……かぁ。
「知ってはおりますが……お話の中でしか存じ上げません」
クリスティアとしては、ね。
だから嘘じゃないよ?
私はもちろん知っているーー海について。
あの日、私たちを飲み込んだ恐怖の対象。
だけどここの海は、そういうものではない。
「あぁ、じゃあ『うみがえり』を読んだのですか」
「そうですね、あの絵本はメジャーなものですから」
『うみがえり』とは、なんというか教訓的でありつつ、少し宗教的な子供用の絵本だ。
主人公の悪い狐が、悪さのしすぎで火炙りにされ、魂だけになる。そしてその魂は海へ帰り、浄化されてまた新しい命へと変わるのだ。
この内容はじめて読んだ時も思ったけど、子供に読ませるにはわりとヘビーすぎやしないだろうか。
まぁグリム童話みたいなものなんだろうけど……。
火炙りですよ、火炙り……(イラストつき☆)
読んでくれたのは、お父様だっただろうか。淡々と語る口調とあまりの衝撃に、泣いた記憶しかない。
「その海になにかあるのですか?」
苦虫を噛み潰さんばかりの感情が出そうになりつつも、努めてにこやかに返した……つもりだ。
心と表情がきちんと乖離出来ていれば。苦手なんですよねぇ……そういうの。
「君も実際の海は見たことないでしょう? 毎年必ず海送りの日に海へ行くものだから、良ければどうかと思って」
この海送りは、うみがえりの別の名称ことだ。
一般的なのはこっち。多分、子供に理解させるのには難しいから、うみがえりって言ってるのもあるんじゃないかな?
海送りは、亡くなった魂がきちんと海へ帰れるように、またその魂が悲しみで迷わないように、海辺では夏の決まった日に行う儀式の事だ。
王国の迷える魂を、海に住むとされるーー水と生命の神の元へ、返す。
その神と王家は深い縁があるから、王家は見届ける義務がある。だから毎年行くのだろう。
「しかし……お邪魔ではないでしょうか?」
思わずちょっと笑顔が引きつる。
正直に言おう、行きたくない。
行きたくないです! 言えないけど‼︎
だって儀式ですよ!
神聖な、厳粛な場ですよ! 王家までいるんだよ!
私、ボロ出したくないです! なんかやらかしそうな気がする‼︎
それに、海ですよ……いい思い出ないー!
「あぁ……僕の家族は確かに参加しますけれど、僕たちは子供ですから、実際は近くで遊んでいるだけなんですよ?」
「はぁ……」
そんな厳かな場で遊んでるだけとか、そんなわけないでしょうと思うが、まぁ確かに何かするには6歳って子供よね。たまに王子の年齢、疑ってるけど。
……だけど私はそうじゃなくても断りたい。
心の傷は結構根深いのだ!
抉り返す趣味はないんだよねぇ!
まぁ言えないんですけどね!
「しかし、私は思うのですけれど」
だからそしらぬ顔で違う路線に舵を切る。
これも忘れちゃいけない事ですよ。
「なんでしょう?」
「私はあまりアルバート様と並んで、公の場に立つべきではないかと……」
「何故でしょう? 貴女は私の婚約者ではありませんか」
にこーっとある意味いい笑顔を向けられる。何か問題でも? って副音声が聞こえる‼︎
なんでよ⁉︎
黒い! 黒いです王子!!
そんな気に食わなかったの⁉︎
「いえ! お言葉ですが王子! 王子には将来お相手がおりましてですね! あまり私が隣にいるのを見られるのは、いかがなものかと!」
にこにこ真っ黒王子に、慌ててフォローを入れる。仲良くしてたら別れづらくなると思ってる。
世間体的にね? 私は貴方の為を思って言ってるんです!
あと一緒にいるなんて、視線が気になるじゃないですか!
主にお嬢様方の、反感とか反感とか、反感とかの視線がね⁉︎
やだよー! 別れるの決まってるのに、そんな反感欲しくないよー‼︎ 損しかないもん!
まぁ今回はそれより、海に行きたくないだけですけど!
だって怖いじゃん!
恐怖を克服できるか、分かんないじゃん!
心配なの、それに心を支配されそうで。
頭では別モノだと思ってはいても、海だ。
あのどす黒く渦巻く波が一瞬頭をよぎった。
「そんなまだ会ったことのない人へ、気を遣う必要はないと思いますけれど」
「未来のお相手になんてことを! いえ! すみません出過ぎた真似でした! それはお逢いしないと、実感も湧かないかとは思われますけれど……」
アルバート王子は面白くないと言わんばかりの、つーんとした態度。
んーやっぱり出会わないと、運命の相手は実感しずらいかなぁ? 一目惚れ的な、ときめく感じというか。会ったら一発ノックアウトだと思うけどなぁ。
何せ、フィーちゃんは可愛いから!
けどまぁ、正直な話……私はこの王子の態度を見て。
「……なんですか? 言いたいことがあるのであるば、おっしゃられたらいかがですか?」
「ふふっ」
「何がおかしいんです?」
ムッとしているけど、さっきより怖くないよ。
少しすねているお顔は歳相応で、むしろ可愛いくらいだ。
「目の前の相手に、誠実に向き合おうとしてくださる。そのお気持ちは……とても好ましく思います」
たぶん彼は将来の事まで、気が回らなかったんじゃないかな?
将来より私と今どう仲良くするかを考えていたから……ミスをしたんだろう。
後のことを考えるならば、仲の悪そうな方が都合が良いんだけどね。
そんな彼を可愛らしいと思ってしまった私には、このお誘いを断れない。
可愛いものに弱いんですよねぇ。
可愛いの前には、全てがどうでも良くなるのです。
まぁ、後のことは後でなんとかするかな。
私、お姉さんなので!
ちっちゃい子のフォローも上手よ!
彼はそんなことを思って笑う私に、軽く睨みつつ気を取り直して告げた。
「言っておきますけれど、君の方がわかっていないと思いますよ。でもそれを気にするのであれば、僕の友人も来ますから……君の友人も2人ほど連れてきてください。それなら文句ないでしょう」
「2人? 何故でしょう?」
「仲の良い人がいなくて、1人にさせたらかわいそうですから」
王子よ。話を聞いていただろうか?
私今、2人で公には仲良くしない方がいいよねって、話をしたと思うんだけど? 違った?
しれっと何でもなさそうに言ったし、分からない人には分からないと思うが、生憎私は鈍感じゃない。
友達が1人だけだと1人になる状況、それは即ち、友人を置いて何処かへ行く可能性があるって事では?
流れ的に、私と王子でって事では? なんで?
けれど、受けてしまったからには仕方がない。
仮にも王子のお誘いである。理由なしには、もう断れないでしょ。あと私、王子の忠臣目指してるので‼︎
しかし私に、というかツンツンだったクリスティアには、友達なんていないに等しいよ?
もう友人じゃないけど1人はセツとして、もう1人をどうしようか。
そんなことを考えなから、半月後に迫るミッションについて、詳しく話を聞いていくのであった。




