1話 始まりはトラウマと共に (挿絵)
序盤は1話分が短めとなっております。
それ以降は2千字が目安です。
また3話までは少し重め注意。
それでは、お楽しみ頂ければ幸いです。
その日私は思い出した。
——最悪のタイミングで。
ボチャンッ!!!!
そんないい音と水しぶきを立てて。
落ちた先は、池だった。
冷たくまとわりつくような感覚に包まれる。
さっきまで追いかけっこをしてた。
そこで何故か、ここに走ってきたのは覚えてる。
それでどうしてわざわざここに、と。不思議なことに少し違和感というか、何かっかかる思いがあって、なんか変だと自分でもそう思ってるけど……!
だけど今はそれどころじゃない!
空気の足りない頭は真っ白。
パニックなはずなんだけど、どこか冷静な自分もいる。
記憶をたどりつつ周りを見渡せば、池は池でも、ここは小学校とかにあるような鯉が泳いでるちいさな池ではなかった。
そう、どちらかといえば。
ちいさいはちいさくても、湖が近いような。
まだ5歳の私には、下に足が届かないのは当然かも。
……ん? 小学校? なんだっけそれ……。
とか一瞬考えて。
こぽっと音を立てて、口から泡が出ていく。
あ、まずい。
そう思った時には遅く——そのまま沈みながら、私は生まれてこの方泳いだことがないことへ思い至る。というか普通に命の危機なんですけど⁉︎
なんでだろう? なんか泳げる気がしていたのに。
思っていたよりひとかきがしょっぱい。
そして力が足りない。
——なんでそんなふうに思ったんだろ……?
でも苦しみながら考えている間に、何が変わるわけでもなく。
デタラメに動かす腕は、短くて泳げない。
それでも必死に動かすけど。
努力むなしく光が遠のいていく。
何故だか、とても悲しくて。
それは私が死ぬことに対してじゃない気がした。
もがきながらも走馬灯のように、様々な記憶が水面に揺れては、消えて。そして巡り……。
同時にあるはずのない蘇る記憶。ここはーー。
ザバッ‼︎
「クリスティア嬢、大丈夫ですか⁉︎」
腕を掴まれ引きあげられた先、急な音の回復と共に目にしたのは。
眩いばかりの、それでいて繊細で上品なシルクのような黄金の髪……けどそれは、しっとり濡れて雫が滴り落ちている。
いつまでも覗いていたくなる、透き通った宝石のような。それでいてその奥に、意思の強そうな、奥行きを感じるキラキラとした瞳。今はそこに、焦りと安堵の色が見て取れた。
そこにいるのは、確かにあの彼——。
の、前に空気!
目の前の美しい貴重な光景より空気!!!!
空気吸わないとほんとに死んじゃう‼︎ 死んじゃうから‼︎
肩を上下させてげほげほと水を吐きだしながら、かわりにこれでもかと肺に空気を送りこむ。むせすぎてつらい。今さら自分の状況を体で理解して冷汗で震えた。
はぁ……っまた死ぬかと思った……!!!!
だって私はその感覚を……知っている。
知ってるんだーーなんで?
それに思い当たるより先に、意識が朦朧としてくる。マズい。ダメだ意識を保ってられない!
だけどその前に気になることがあるの……!
合わない焦点で、必死に目を凝らす。
私を助けてくれた彼よりも。
その後ろに見えている、青ざめた顔の小さな人影。
そちらの方へ、目を向ける。
その存在を確かめようと。
それはなにか勘としか言えないような。
でも確かな自信があって。
だから少し笑ってみせた。
それはかつて、私が助けたかった弟。
今回はまだ大丈夫だよと、声にならない言葉を思いながら……今度こそ意識を手放した。
次に目を覚ました時、私は全てを思い出していた。
私の名前はクリスティア・シンビジウム。
この世界、人気乙女ゲーム『王立学園プリンセス〜麗しの花園〜』の世界へ弟と一緒に転生してしまったのだとーーしかも悪役令嬢に。なんてこった。