閑話 ヒロインだって良いとこ見せたい
少し戻ってフィリアナ視点
「皆さん行ってしまいましたね……な、なんだか今になってちょっと緊張してきました……!」
少し不安そうに呟くその少女。ベンチに座り胸の前で手を合わせ、顔が強張っている。
石造りのこの寒々しい、必要最低限しかない待合室。他の者からもピリついた空気が漂うこの空間に、その姿は一層不憫に見える。
それを一瞥した隣の少年は、彼らが消えて行ったドアの方を、どこか思い出すように見て言った。
「まーみんなうるさいから、気は紛れるよな」
「そうですね……バタバタしてましたし……」
「特にうちのバカ姉のせいでな」
どこか他人事のようなその声に、彼女は少し不満げにその顔へ視線を向けた。
たしかに、ちょっと集合に遅れ掛けたけれど。
「リスティちゃんは何度も振り返って『ごめんね! がんばってね!』 って言ってくれたから、いいんです!」
「さすが聖女サマは優しいなー」
その小馬鹿にするような返しに、眉を顰めた。
「……セス君は余裕ありますね?」
「つーか、今更じゃん。緊張してもやる事変わらないし? するだけ無駄じゃない?」
「もう! そういうものじゃないんですー‼︎」
いつもと変わらぬ飄々とした答え。その態度にグーにした手をブンブン振りながら、抗議する。
「というか! セス君緊張とかないんですかっ⁉︎ さすがは預言師様の弟って事ですかっ⁉︎」
「いや関係ないし。つーか姉ちゃんはめっちゃ緊張するタイプだからな?」
ぷくぷくと頬を膨らませて羨ましがれば、きょとんとした表情で返された。
「ま、まぁ確かに……リスティちゃんは緊張しそうですけど……。でもなんだかんだやってのけちゃうのが、カッコいいっていうか」
途中焦っていても、やる時はやるーーそんなクリスティアの対応を、結構目にしている。
だからそれを思い出し、うっとりと言うが。
「……『フィーちゃん』、どんだけアレに夢見てんの? アレは自棄になってるだけだからな?」
何か、可哀想なモノを見るような目を向けられた。
「私の憧れになんて事を言うんですかっ! いくら弟さんでも良い事と悪い事がありますよ⁉︎ アレ呼ばわりを訂正して下さいっ‼︎」
「いやそこかよ」
大事なことなので言ったのに、セスは全然分かってない。ちょくちょく気になっていたのに。
「リスティちゃんの近くにいすぎて、あのすごさが分かってないのでは⁉︎」
「クリスティアの近くにいるのに、あのポンコツさが分かってないのでは?」
「なーんで分かってくれないんですかー‼︎」
セス君はいい人なのに!
いい人なのに、分かってくれない!
しかもリスティちゃんの弟なのに!
それが悔しくて、どうしても分かって欲しくて。子供っぽくなっている自覚はあっても、フィリアナはむむむー! と、怒っていた。
それを見て、無表情気味だったセスは少し口元を緩ませて。
「それ、可愛いだけで怖くないけど?」
「⁉︎」
真っ直ぐ見つめてそう言われて、驚きのあまりちょっと口を開けて固まった。
「お嬢さん、口、開いてますけど」
悪戯っぽい表情で、唇に人差し指をポンポンと当て、目を細める彼。
ーー不覚にも、ドキッとした。
その事にハッと我に返った。
「む! からかわないで下さい! もう!」
「はははっ」
「もう! もう!」
笑う彼にまた忙しなく、握った手を意味もなく振りながら睨む。そしてふと、周りの視線を感じた。
少し目を向ければ、自分たちが無駄に視線を集めていると自覚した。
そしてそのうち女性のぽーっとした視線は、彼に向いていると言うことも気付く。
「……そういえばセス君も公爵様でした……!」
「そういえばって、酷くね? いや今更だけど」
マズいと思い口を手で覆えば、セスから口だけの反論を受けた。
この気取らない態度で忘れてしまいがちだが……セスは公爵家の嫡男で。しかもかなり顔立ちが整っている。
普段クールで掴みどころがない様子から、実は人気がある。フィリアナはクラスでも、そんな話題を聞いた事があった。
それにサラッと助けてくれるタイプ……らしいと風の噂で聞いた。
ニコニコしてるわけではないが、そっと助けてさっと去っていくーーそこのギャップも良い、とか。
それを一緒に聞いていたクリスティアは、にまにまと満足そうだったが。
ふとした時、身分について少し考えてしまうーー失礼じゃないかと。
「……ま、緊張解けたでしょ。ほら、そろそろじゃない?」
「あ……」
その言葉に、これらのことが計算だったと知る。
少し瞬きして、小さく、しかし彼の顔を見て言った。
「……ありがとうございます」
「何が?」
「……。」
素直じゃない。
チラッと見たきり、視線も離されてしまった。
緊張する私を心配して、ここに残ってくれた事。もう分かってるのに。
彼の順番がまだな事を、彼女は当然知っている。
フィリアナが近くにいて分かったのは、彼がクールというより捻くれているんじゃないか、という事だった。
「……もっといい方法、なかったんですか?」
だから少し笑って、そんな質問をする。
「いや……オレ思うんだけどさ」
「?」
まだ少し時間があるから。こちらを向かずに話す、どこか逡巡するような彼の言葉へ耳を傾ける。
「緊張って、期待されてるって思ってるからする事だろ?」
「……期待、ですか?」
「だって人の目を気にしてるから、緊張するわけじゃん」
考えたこともなかった。
その発言を食い入るように聞きながら、また瞬きした。
「オレは別に期待されてないから、それがよくわからない。だから緊張しないんだけど」
「そんなことはないと思いますけど……」
「いや。別にどんなんでも、みんな許してくれるし」
「そ、それは……」
許されるから、怖くないのだろうか?
淡々とした話し方に、戸惑いがちに考える。それが声にも出て、すこし震えた。
「責任感とかないわけ。『フィーちゃん』とかあのアホ姉とかは……まぁ、そう言うの考えるから緊張するんだろ、分かんないけどさ」
そうなのだろうか?
そう言われれば、そうな気はする。
常にーー聖女や身分を、気にしているのは確かだ。
でもそれは、当然の事で。
それを気にしない、というのは出来ない話だった。
「あ、呼ばれてるぞ」
「えっ⁉︎」
ぼうっと考えていたら、呼び出しに気づかなかった。フィリアナは慌てて立ち上がり、扉へ向かおうとするが。
「待った」
「えっ⁉︎」
そのまま座っていたセスに、手首を掴まれて引き止められた。
驚いて振り向くと、先ほどと変わらぬ、焦ったようもない彼が目に入る。
「緊張してると失敗するぞ」
「え、なんですか? もう行かないとなんですが……」
時間がないんじゃないかと、焦る。
その焦りは、緊張に繋がる。
じりじりと押し寄せるこの波に、飲まれそうになりながら話を促す。
「緊張をなくすには、って話だけど。それは無理だからさ」
「え」
突然の否定に一瞬時を忘れた。
「あんたたちみたいなのは、オレには分かんない義務感とか責任感で緊張してるから。その責任感捨てろって、無理だろ?」
「……まぁ、そうですね」
「うんだから、他のこと考えろよ」
焦っている。
それは時間とか、緊張とか、離してくれないこの状況への混乱とか。
けれど大事な気がして、立ち止まったままフィリアナは聞いていた。
「今日自分が、何をしたいかだけ考えろよ」
にっと笑った後、手を離された。
「え……?」
「ほら行った行った。遅れるぞ、聖女サマ」
「わ、わぁ! 急がないと!」
そして脱兎の如く駆け出したがーードアを開け、閉める直後に目だけで後ろを確認すれば、少し笑った彼が手を振っていた。
「……もう! 振り回す姉弟なんだから!」
走りながら出た不満たっぷりのその言葉は……少し笑っていた。
彼らは似ていないようで、似ている。
それはとても不器用な優しさで。
でもどこか、居心地がいいような。
そのそばにいたい。
不釣り合いでいたくない。
置いていかないで欲しい。
だから。
「自信を持てるようにーー見てもらわなくちゃ!」
私が私を、認められるようになるためにーーフィリアナはその顔を上げて、しっかりと舞台に目を向けた。




