285話 近いようで遠い
開幕のファンファーレと共に競技場内へ、出場者たちが列をなして入ってくる。
それを目にして、観戦席からはワァァァッと歓声が上がる。お、おお。聞いてはいたけど、ちょっとびっくりしちゃったよ。
総勢参加者、15人。
予選会を抜けた、魔術に長けた者たちだ。
その証としてというか。この大会の習わしなんだけど、参加者は皆、紺地に金の縁取りがされたローブを羽織っている。
金の刺繍には太陽の光が反射し、それを靡かせて颯爽と歩く姿はーーそれはもう、正直それだけでカッコいい!
当然、学園中の憧れの視線を一点に集める。
……ちょっと暑そうだけど。
うん、いや夢壊してごめん。
でも実際多分、その対策もしてると思う。
話を戻そう。
この紺のローブは魔術遊戯会のみで使われ、本戦でのみの着用だ。ちなみに実技演遊会では、白いローブになる。
さっきも言ったけど、15人しか着れない。
しかも、大会に出ないと着れない。
だから暑さも名誉って感じですね。
「あぁ! 皆様でていらっしゃいましたわ‼︎」
「こ、こちらを向いてくださったのではなくて⁉︎」
「お前、今回誰に賭ける?」
「いや今回難しすぎるだろ……誰が1番でもおかしくないっていうか……」
ここはアイドルのドーム公演会場か、賭博場かな?
周りから聞こえる声は、興奮そのもので。
観客席は大いに盛り上がっている。
よく聞こえるのは生徒の声だけど、当然大人たちも見てる。ここで技術が認められたら、将来性を見て勧誘もあったりするらしい。
だからこそ、魔術遊戯会は遊びじゃない。
みんな注目しているのだ。
まぁ今年は余計に……。
「やはり殿下が気になりますなぁ」
「いやしかし、今大会はあの『愛し子』であらせられる、王女様もいらっしゃいますしな」
「聖女様も気になりますし、宰相閣下の御子息や魔術学会長の御子息に……」
「あら、でも前回大会優勝者はあの、騎士の名家ライラック家の御子息でしょう?」
うん! 今回の最注目株は、我が生徒会一同ですよね!
セツ? セツはまぁ……そもそも注目されてないですね。だってうち、財務管理系職の家だし。目立つのって、家柄だけなのだ。
ま、だからこそ。
気楽に楽しんでくれればいいなと、姉は思うよ。
そんなみんなは、そんな歓声が聞こえてる……はずなんだけど、まぁ慣れてるのか。気にせず前だけ向いて歩いている。
……さっきあんなにニコニコしてたフィーちゃんも、「寄り道ズルいですー!」とか言ってたレイ君も、呆れていたヴィンスも。
ちょっと焦っていたブランも、冷たすぎる目で、「……ありえないんですけど」と言ってきたセツも。
「やはりお姉様と過ごしたかったですの……!」と、歯をぎりぎりさせてたリリちゃんも。
そしてーー「約束のために1番になりますから……見てて下さいね?」と笑ったアルも。
涼しい顔をしながらも、瞳の奥に光を宿し歩く彼らがーーさっきまで隣にいたとは、到底思えないほど遠く感じた。
「寂しい?」
「えっ?」
隣からの突然の声に、少し固まったあと目を向けた。
「……寂しそうに見えた」
こちらを見ていたらしい視線を、私とは逆に彼らへ戻しながらノア君はそう言った。気のせいか、少し躊躇いを感じさせる声音で。
私もそれに倣い、ゆっくり視線をみんなに戻す。
「……ちょっと、いるところが違うのかなって。うん……寂しい、のかな?」
「……。」
チラッと反応を伺うも、その目はみんなに固定されていて。ただ数回、瞬きをしただけだった。
でも、一度溢れた私の呟きはまだ続く。
「なんていうかさ……こういう所で、みんなを遠くに見ると思うんだよね。画面の向こうにいるみたいだなって」
「……画面?」
「あ、ごめん。わかんないよね。えーと……舞台を見てる、観客の気分?」
こちらを見て首を傾げるノア君へ、苦笑いして補足した。
大会出場者が集う中で、長い髭を蓄えた学長による開会宣言が行われる。
内容自体は割愛したくなるようなーーまぁよくある、校長先生のお話、みたいなものだけど。
それを見る、出場者の顔はとても気合が入っている。
それを私は、ただの『学プリ』プレイヤーとして見るように、見つめている。
「……でもあそこには、セスもいる」
ぽつりと、隣からこえがした。
「あーセツねぇ……。あのね。これ、秘密にしておいて欲しいんだけど」
クスクスと笑って、一拍おいてから。
ため息のように、声に出した。
「昔から……私はせつに憧れてて、そしてなんとなく後ろめたいんだよねぇ。いや、何がってわけではないんだけどね?」
これは前世から思ってる事だ。
あの堂々としてるとことか。
意外と甘えたで、世渡り上手なとことか。
それなりになんでも出来るとことか。
ドジしまくってる自覚がある、天邪鬼な私はーーそんな全てに憧れつつ、同時に不安に思うのだ。
「私、あの子のお姉ちゃん、ちゃんとできてるかなーってさ。姉の贔屓目ですけど、うちの弟くんってちょっと頑張ったら、すっっごい完璧だから」
最後は茶化すように、肩を上げて首を振ってみた。
……まぁ、多分意味ない。
ノア君に嘘は、意味がないから。
だからこんなすんなり、話したんだけど。
詰まるところ、格好だけの照れ隠しだ。
「……『ちょっと頑張ったらすごい完璧』って、とっても矛盾」
くすりと小さな笑い声がして、どうも構えていたらしい私は、息を吐くと共に肩を下ろした。
「でも、少しわかる」
「……え?」
その発言に驚いた私は、目を見開いて彼を見た。
「……みんなが優しいから、たまに不安になる。この優しい空間も、いつか壊しそうで」
こちらを向いた深い緑の瞳は、哀愁を孕んでいた。
「……ノア君、そんな経験、あるの?」
錆びついたブリキのロボットのように、カタコトに紡がれた言葉は要領を得ない。
けれどその言葉にノア君はーー瞳を伏せて。口の端だけ少し上げてみせた。




