282話 暴走犬はリードが必須
「急に動き出した時は、何事かと思いましたけど……これが目当てだったんですか?」
先ほどまでの少し憂いのある様な表情は、瞬きひとつで奥へ仕舞い込み。いつものプリンススマイルでアルが聞いてきた。
「えへへ〜! 綿あめ美味しいでしょ? お祭り感あるでしょ? すぐ食べられるし、面白いから2人に食べて欲しかったの!」
関心を持ってもらえて嬉しかったので。
ハンカチを持ったまま、笑顔でそう答えた。
「そうですか……まぁあまり、振り回さないで欲しいんですが……」
「うっ」
目を閉じてしみじみ言われると、私の良心は簡単に抉れるので、胸を押さえた。胃が痛いですね!
うん、もうちょっと考えるようにするよ……。
「ご、ごめんね……」
「まぁでも、ここへの導きは彼女の力もあるみたいですし……」
彼女。
言わないでぼかしてるけど。
女神様の事、だよね。
その思案顔の言いたい事くらいは、私にも分かった。
しかし悩んでる顔、似合うなー。
あ、いや。悩んで欲しいわけじゃないけど。
真剣な顔はなんていうか、綺麗だなと。
って、何思ってんだろうな私は。
頭をぶんぶん振って、頭の空気の入れ替えをした。「なんだ?」って顔されたので、適当に笑って誤魔化す。
今はともかく、女神様よ。
「彼女と殿下も、お知り合いでいらっしゃるのですか?」
丁度いいタイミングで、オリーヴェ男爵子息が割って入ってきた。グッジョブ!
「知り合い……まぁ、そうですね……。一応、身内と言っていいかわかりませんが、それに近いものですし」
「え!」
アルの躊躇いがちな発言に、彼は目を剥いて驚いている。
まぁ、嘘ではないよね。
ひいひいひいひい………かけるいくつ?
そんな感じで考えたら、おばあちゃんだ。
「それじゃ、あの噂は本当に……?」
「噂?」
記憶を探るような様子の彼から、ポロッと溢れたその言葉をアルは逃さない。まるで狩人のような、鋭い目つきで射抜く。
あ、男爵子息、固まっちゃったよ。
「アル、目が怖いよ」
「あぁ、すみません。王家の噂なのだとしたら、あまりいい噂はないようなので」
腕に少し手を置いて、軽く注意した。
アルはすぐに表情を和らげたけど、言葉に少しトゲがある気がする。
噂ねぇ。
私は聞いたことないって事は。
まぁ、階級が下の人たちの与太話かな。
そういうのって、確かにいい話少ないけどね。人ってないものねだり、したがるからさ。
ある事ない事、たくさんあるだろう。
人間が一番盛り上がる話って、悲しい事に悪口なんだそうだ。
フィンセントの王族は、今のところ安定している。人気もわりとあるけど。
しかし、光あるところには影がある。
よくない話っていうのは、何にもしてなくても生まれるものだし、あったら誇張されるだろう。妬み嫉みが全くない方が不自然。
そしてそれを。
多分、アルは聞いた事あるんだろう。
まぁこれだけ近くにいる私が知らないのだ。ここから考えるに、流行ってる噂とやらは……黒いゴシップ系かもね。
そうなると当然、身近な人には聞かれたくないだろうし。特に、女性には。
まぁアル自身のじゃないだろうけど。
これだけ近くに、ほぼ毎日いるのだ。
お互いに行動はほぼ把握してるし。
性格も把握してるしね。疑いようがない。
でも逆に言えば。
これだけ近くにいても、私が知らない秘密があるって事。
隠しておきたい。
知られたくない。
そういうものが、漏れるのをを警戒してる。
もちろん、今回の彼の話がそうとは限らない。
けれど潜在的な意識というのは、ポロッとーーふとした拍子に出るものだ。
だからこその反応かなーと、睨みますがどうでしょうね?
少なくとも。
秘密がありそうな事はわかっちゃった。
でも今は、そこを突く時じゃない。
さて、それよりもこの空気はどうしようか。フィーちゃんの反応はどうかなーと、そちらを伺うと。
「……この方から、害意は感じません。けれど気になるようであれば……お話を伺ってみても、よろしいのではないでしょうか?」
目線を彼から、ゆっくりと私とアルの方へ移して、フィーちゃんは噛み締めるようにそう言った。
それに対してアルは軽く目を閉じ、考えるように言葉を絞る。
「……そうですね。大会前なので、私も気が立っていたんでしょう。もう時間もないので、落ち着いた時にもう一度、詳しいお話しを伺いましょうか」
最後に開かれた目は、しっかりとした意思が滲んでいた。
うーん、オーラがある。
なんか、なんでもYESと言っちゃいそうな。
そんな圧倒的なオーラ。
対する男爵子爵は、というと……それに気圧されたかのように、視線は下に彷徨いだした。
「えっと……その、自分の言動で不愉快にしてしまったようで、申し訳ございません。男爵の、しかも養子の次男に、そこまで大層に扱っていただく必要はないですので……」
あぁ。完全に悪い方向に働いたな。
その辿々しい言葉を聞きながら、そんな感想を抱いた。
アルは光だ。
とても強い光。
何にも汚されないような。
それは時に、耐性がない者には眩しすぎる。
いや実際は、そんな事ないけど。
私はそれを知ってるから、隣にいられるけど。
でも、彼の今の気持ちはなんとなく分かる。
アルはそういうところが良いところ、だし。
そのままでいて欲しいけど。
そういてくれるように、してきたけど。
そういうところが、相入れない、というかーーまぁたまに、人の劣等感をくすぐるのだ。
私がアルになれないように、アルもこの感覚は、きっとわからないんだろう。
横目にアルを見ていた私は、少し目を伏せた後、視線を上げて彼に話しかけた。
「それは関係ないと思うけれど?」
「え?」
ぽかんとこちらを見つめる目に、照準を合わせたまま話す。
「話をしたいのは貴方であって、爵位や養子かどうかではないでしょう?」
固まったままの彼に、一歩踏み出して。
そのまま握手した。
「私にも、後で話をさせてね。綿あめ、美味しかったわ、ありがとう!」
そしてついでにニコッと笑っておく。
いやほんとに、待ち望んだ品だったからね!
待望の大本命に会えて、私大満足!
これ作るの本当に大変なはずだし、ぜひ自信を持って欲しいね!
あれ、でもなんか忘れてるような……?
「……ティア」
「はい?」
なんだっけ? と、思ってるところで声をかけられて、振り向く。
あ、あら?
な、なんでそんなにニコニコなの?
いや……ていうか、怒ってない?
「……大会が始まりますから、急いで戻りましょう」
「え、あ、そっかごめん! なんなら私、出場しないし置いてっても……」
「戻りましょう?」
その有無を言わさぬ迫力に、私はコクコクと振れるだけ首を縦に素早く振った……魔王様が何故か降臨してるんですけど!
フィーちゃんにヘルプの視線を送ってみるも。
眉を下げて微笑まれるだけでした!
そうして私は、何故か引っ張られるように手を繋がれて、引きずられていった。
あ、これ、脱走犬の末路だわ。




