27話 小さな王子と幼馴染 (挿絵)
「あぁ、こんなとこにいたのか」
ノックもせずに扉をあけて、こんな無礼でぶっきらぼうな言い方で話しかけてくる少年ーー自分にとって思い当たるのは1人だけだ。
その人物はここに自分がいるのを知っている。
さらによく出入りしている者だ。
「誰がいるかわからないのだから、毎回ノックくらいしてくれって言ってるだろ」
「それは大変申し訳ございません殿下、けれどもお姿が見えないので心配していたのですよ?」
嫌に芝居掛かった言い方。嘘っぽい笑顔まで浮かべている。
いつもからかうときは、こんな感じだ。
「……気色悪い」
「気色悪いってなんだ、これがオージサマが望む態度じゃないわけ?」
わざとらしく肩をあげ、やれやれとポーズをとるのは、自分と同じ歳の少年。
鮮やかに目を引く炎よりも赤い紅の髪は、後ろで軽く結ばれている。垂れ目なのに挑発するような瞳は透き通るようなイエローで、いやが応にも人の目を集める。
おまけにこの煽るような話し方では敵を作りそうだが、彼が賢いのはよく知っていた。
味方を作るのも上手いし、立ち回りも上手い。
けどそれだけじゃなくて、心を開くと結構素直。
そこは良いと思う。まぁ言わないが。
「君に殿下だとか王子様だとか言われるなんて、気色悪いっていってるんです、ヴィス」
「まぁそうだと思っていってるからな。それにこの周りに人がいないのなんて、わかってるに決まってるだろ? 僕が確認しないわけがない」
大人の前で猫を被らないわけないだろう、と付け加える……この食えない少年は。
「性悪……私でなければ逆鱗に触れているところですよ、ローザ卿?」
全く悪びれもしない幼馴染ーーヴィンセント・ローザ、この国の宰相ローザ公爵家の嫡男である。
「あー固い固い、一人称もすべてが固すぎるわアルバ」
「それは今関係ないでしょう……で、君はなにしに来たんですか?」
「なんかないと来ちゃダメなのかよ。いやまぁ、噂の婚約者が来るって聞いたから、拝見しに来たんだけど。もう帰ったんだ?」
「冷やかしか」
悪びれもせず、面白がるのを隠しもしない。そんな態度に、思わずため息を吐いた。
そもそも誰だ、ヴィスにそんな話をしたのは。
護衛の者たちを探し当てたのか?
ヴィスはこういう奴なのだ。どこか飄々としている。
こんなに自分に遠慮がないのは、彼くらいしか知らない。図々しい……まぁ良い言い方をすると、気の置けない仲なのだ。
彼の父は宰相。そして彼自身が私と同じ歳だから、遊び相手にと連れて来られているうちに、自然と仲良くなった。
こんなだけれど、相性は悪くないのだ。
「いやいや大事だろ。これから長い付きあいになるかもしれないんだし? ま、変わるかもしれないけど」
確かに何事もなければ、このまま王宮の何らかの職に就くであろう彼とは。彼女も長い付き合いになるだろうけれど。
けどその、変わるかもってなんだ。
「婚約を結んでいるのに、簡単に変わるわけないだろう」
「いやー次期王様が嫌んなったら、いつでも変えられるんじゃないか?」
「王子の婚約者になりたがる、代えなんていくらでもいるんだからさ」という彼に、気分を多少害しながらも。
「……彼女みたいなことを言う」
「は?」
その年に似合わぬ達観した考えは、あの公爵令嬢のようだと思った。
「辞退致します!」と高らかに告げた、あの子。
その意味、ちゃんと分かってるんだろうか?
たとえ万が一変えたいと思ったとしても。彼女に闇の魔力がある限り、本当にそう簡単には変えられないのだけれど。その為の婚約者でもあるのだから。
「……なんか思ったより、イヤじゃなさそうだな? この歳で、しかもあの問題令嬢押しつけられて、さすがに落ちこんでるかと思ったけど」
嫌味な言い方しかできていないけれど、要は自分を心配してくれていたのだろう。そう思うと悪い気はしない。
しかし問題か。
ヴィスの言う問題とはなんだろうか。
彼女のあの血筋のことか。
それとも噴水の件か。
まぁそれは置いておくとして。
「君たちは結構、仲良くできると思うけれど?」
「え、別に仲良くしたくはないけど……」
この捻くれ者の友人が、彼女とーーあの素直すぎる、クリスティア嬢と会うとどうなるか。
いずれ訪れるだろうその時に、少し興味が湧いたのであった。