278話 甘い雲を求めて
「さて、少し早いですが……そろそろ合流しないとですから戻りましょうか。見回りも一通り終わりましたし」
懐中時計を取り出して、アルがそう言う。
生徒会の面々も、もちろん大会の出場をする者が多いので、いつまでも見回ってはいられない。
「そ、そうだね。もうそんな時間か……せめてお詫びでもしたかったけど……」
多分アルのことだから、まだまだ余裕あるけど、早めの行動をと思っての声掛けだね。
自分のせいで、イベントを潰した後ろめたさから、歯切れの悪い返事をしつつ。まだちょっと時間あるな、とか思っている。
2人には意味が分からなくても、せめてお詫びの品とか差し入れたかったけど、難しいかな? 気持ちを形にするのって大事じゃない?
いや、ここで何を差し入れするんだって話ではあるんだけど……。
食べた事なさそうな、屋台のお菓子とか?
そこで私が離れたら完璧……。
でも時間ないから早く食べられるやつ……。
「そうだ! 屋台なんだから綿あめくらいあるでしょ!」
「綿あめ?」
「それって何ですか?」
私の心の叫びに、アルとフィーちゃんが不思議そうな顔で聞いてくる。
だから自信満々に答えてあげる。
「綿あめとは! 超甘いふわふわの魔法みたいなお菓子です!」
そもそも昔、あれだけ屋台巡っても。
綿あめはなかった訳だけど。
よく考えたら、綿あめって砂糖の塊なのだ。
この世界の砂糖は高級品。とても庶民には手に入らない……というか、砂糖をそのまま食べられるほどは、手に入らないだろう。
つまるところ、嗜好品だ。
まぁりんご飴ーーレッドバルーンも、よく考えたらそうなんだけど。しかも砂糖は綿あめより使うんだけど……。
それでも綿あめの方が、あったら多分高価。
何故なら綿あめは!
専用の機械がなければならないから!
そして持ち運べないから‼︎
あのぶわわ〜って、砂糖を綿状に変える機械。原理は熱した砂糖をモーターで回して、小さな穴から出しているだけだけど。
問題はモーターですよ。
この世界、電気ないんですよ。
動力は人力か、魔力や魔石な訳で。
まぁ魔法に頼ってる分、この世界の技術力はそんなにないので……自ずと、モーターのように回転させるとなると、魔法に頼るしかない。
それに綿あめはすぐに萎んでしまう。
前世のお祭りなんかだと、袋に入ったのも売ってたけど……まずここ、ビニールとかないし。基本袋は布ですよ、布!
りんご飴は、事前に作っておけるけど。
綿あめは、以上の理由から。
その場で作らないといけない。
だから綿あめは!
あるとしたら嗜好品の砂糖と!
魔法の結晶の塊、みたいな高級品なのよ!
完全に貴族向けのお菓子なんですよー‼︎
りんご飴の場合、りんご自体は庶民でも買えるくらいのもあるからね。砂糖の分だけ、ちょっと背伸びした価格だと思うけど。
綿あめは、貴重性、価格、手間がすごい。
でも味はただの砂糖。
庶民に絶対売れないよね。
珍しい物好きな、貴族しか買わないのが明白だ。
だから海送りの会場にはなかったけど……ここは学園ーー貴族ばかり集まる所。
そんなとこで出す屋台!
屋台のくせに絶対やたら高級品ですよ!
ここにないならもう綿あめはないよ‼︎
あんなにふわふわなのに。
すぐ溶けてしまう。
子供の時はびっくりしたものだ。
あの驚きを、是非2人にも知ってほしい!
「そんなこと考えてたら、お詫びそっちのけで私も食べたくなってきた! ちょっと探すから待って‼︎」
絶対ここならあるはず!
そんな希望に燃える私は、手でストップのジェスチャーをしながら、香りを頼るべく目を瞑った。
今から探し回る余裕はない!
でも綿あめ食べたいのよ!
ならやる事は1つ‼︎
唸れ私の嗅覚!
「あの……ティア? 何をしているんですか?」
「こっちから! あの甘い香りがする‼︎」
「はい?」
砂糖の焦げるような、甘い香りを嗅ぎつけた私は、目をバチッと開いてそう告げた。
目の前の主は、困惑の表情を浮かべている。ちなみにフィーちゃんも、きょとんとしている。
でもそれは無視して、その香りに釣られるまま、早歩きで歩き始める。
屋台からたくさんの香りが溢れている。
でも、だいたい食事系の屋台の匂い。
甘い香りとは違う。
お菓子は手がかかるし、作りたてとはいかない。
手の込んだお菓子は屋台ではできない。
だから予め、作ってくるわけで。
となると、遠くから感じるほどの甘い香りは、なかなかない。いくら気温が高くても、砂糖よりバターの香りが強かったりする。
だから純粋に砂糖を熱した、鼻をくすぐるこの、甘やかな香りはーー。
「! ビンゴ‼︎」
くんくんと、犬の如く香りを辿っていった先ーーそこには予想通り、綿あめの屋台があった。
ただ、りんご飴がレッドバルーンと呼ばれるように、ここでも名前は違うみたいだけど。
それ以外戸惑うところなんてないので。
それはもう、勢いよく。
意気込んで言った。
「シュガークラウド3つ下さい!」
多分すごい笑顔全開だったせいで、屋台の人がちょっと目を見開いてから、ぎこちなく頷いた。
どうも作り方は、前世と変わらないらしい。
囲われた鉄板の上に、穴が空いた金属の筒があり、そこに砂糖を入れると、どんどん糸状になって出てくる。
この出来上がってくるのを見ているのも、わくわくして好きなんだよなぁと、眺めながら思う。
鉄板は火を使ってるみたいだけど、やっぱり回すのは風魔法……多分、小さな『風巻』を使って出してるっぽい。
それを理解して、この人、魔力の扱い上手いんだなぁ……と、ぼんやり思った。
遠心力がかけられないと、綿あめにならない。それが出来ないと、外に砂糖を出して糸状に出来ないから。
モーターがない以上。
そこは魔法でーー『風巻』を使うようだが。
でも、『風巻』は旋風を起こす魔法だ。
この筒の中に収めるためには、魔力を抑えた上で、上手く操れないといけない。
だから、風の魔力持ちは沢山いるけど……結構実力者だな、と思った。
そうしてよく見れば。
どうもこの屋台ーー学園の生徒が出していたみたいだと、彼の服装を見て気付いた。




