276話 別行動
混み合う通りを、見渡しながら進む。
屋台からは食べ物の、香ばしい匂いが漂っていて、思わずそっちに集中して進んでしまう。
やっぱりお好み焼きとか焼きそばとか、綿あめの屋台はないですね……。醤油ではなくて、もっとお洒落なソースの香りがする。
そこを少し残念に思いつつ、やっぱりんご飴はあるんだなーって、懐かしい思いになった。
……まぁ、思い出すのは前世じゃなくて。
隣の主人公の方ですけど……。
「あ、レッドバルーンがありますね! 懐かしい‼︎」
そう、隣には可愛らしく、ぱああっと輝く笑顔で……はしゃぎながらそう言う、フィーちゃんが……。
くっ……! 罪悪感が疼く‼︎
「何を葛藤してるんですか?」
「ひょ⁉︎ な、なんでもないです‼︎」
頭を押さえていたら、突然下から顔がずいっと近づいて来たので、変な声をあげて飛び退いた。
あの! 思い悩み中にですね!
いきなり顔出さないで欲しいのよね⁉︎
いきなりイケメン顔が迫ると驚いちゃう‼︎
慣れろいい加減、って思うけど!
いや普段はいいのよ! でも不意打ちだとなんかね⁉︎ 心の準備とかないからさぁ‼︎
「ふふったまに変な声出しますよね、リスティちゃん」
一連の私の奇行に、フィーちゃんはくすくすと笑っている……なんか悩みとかどうでも良くなる、そんな笑顔だ。
「笑われて微妙な気分になるはずなのに、その笑顔が可愛いから許してしまう……これが主人公力……!」
「なんですか、その変な力は」
わざわざ口元を手で覆って、ちょっと小さめに呟いたのに。しっかりアルに拾われて、ため息と共に突っ込まれた。
仕方ないから、そっちを見上げて解説してあげる。もちろん、乙女ゲームの話とかはしないけど。
「主人公力とは、物語の主人公らしさが全面に出た行動を取ることよ」
「また変な事を考えて……」
「えー? でもフィーちゃん可愛いでしょう?」
簡潔に述べたのに呆れられたので、腰に手を当てて、ぶーっと唇を突き出しながら尋ねる。
「これはどう答えるのが正解ですか?」
少し困ったように、ちらりとフィーちゃんを見て苦笑している。
「え! 女の子には可愛いって言うのが礼儀でしょう⁉︎ いや礼儀なしでも、フィーちゃんは可愛いのだけれど!」
アルの発言に驚いた私は、猛烈に食ってかかった。
あり得ない!
フィーちゃんマジ天使でしょう⁉︎
「……婚約者の前で、他の相手を口説く人はいないでしょう」
「え、これ口説く内に入るの?」
こほん、と咳払いした彼に、真面目に首を捻って聞いてしまった。
可愛いものは可愛いって言うの。
普通じゃない?
あとヒロインに可愛いっていうのも。
普通だよね?
特に、このルートなら……。
「みんなどう思う……って、いない⁉︎」
意見を求めようと、後ろを振り向き気付く。
アルとフィーちゃん以外、どこ行ったの⁉︎
「ティアがどんどん、先に進んでしまいますから、私たちで追いかけてきたんですよ」
「リスティちゃん、もしかしてそのイヤリングの魔石、切れかけてるんじゃないでしょうか?」
キョロキョロする私に、アルが説明してくれた。そしてフィーちゃんから指摘が入る。
つまり……?
「え、いつの間にか別行動をしてたってこと?」
「もうあまり時間もないので、3つに分かれて見回りになったんですよ」
「人が多いですし、ウィスパーボイスで話してたんですけど……リスティちゃんが先に行ってしまうので、慌てて追いかけてきたんです」
なんと⁉︎ え、全然気づかなかったよ⁉︎
驚きに目をぱちくりしていたら、アルがまた苦笑した。
「フィリアナ嬢のおっしゃる通り、魔石が切れてるんでしょうね。そして珍しいものに集中していた君は、周りの様子に気づかなかった、と」
「う……っ」
少し咎めるように目を細めて言われ、視線を逸らしながら唸る。
「リスティちゃん、目が屋台に釘付けでしたもんね。美味しそうなものばっかりですし、気になっちゃうのよく分かります!」
「フォローありがとうフィーちゃん……でもそれだと、私食い意地張ってる人みたいだけどね……?」
笑顔で元気の良いフォローに、苦い顔をして返した。
「違うんですか?」
「アルは私をなんだと思ってるの⁉︎」
きょとんと聞くから、クワッと牙を剥く。
酷くない⁉︎
あれでしょ、犬だとか思ってるんでしょ⁉︎
知ってるんだからね‼︎
むむむー! と、睨みつけるも。
「目の離せない、少し困った……でも可愛い婚約者でしょうか?」
フッと口角を上げて、その瞳が緩む、その表情を見たまま……閉口した。
反応に困って、そのまま首を横にスライドさせれば、フィーちゃんが口元を両手で覆って、目をキラキラさせていた。
……そのまま、ギギギギッと首を戻して、固まりかけていた口も、ギギギギッと開く。錆びたブリキくらい、ぎこちない。
「あの、ですね……言う相手、間違ってません?」
「婚約者を口説くのは、おかしくないでしょう?」
「うん……? 口説かれてたんだ……?」
なんかもう、言葉が出てこなくて居た堪れなくなる。
なんか恥ずかしい。
お願いだから、こっち見ないでくれないかな?
冗談でも心臓に悪いよ?
その視線から逃れようと、やっぱり首を横にスライドさせたけど。
その先の主は、まだ口を押さえて。
おまけに顔を赤くしていた。
……フィーちゃんの方が照れてるな。
そう思うと、スッと照れが消えた。
自分より焦ってる人がいると、落ち着くみたいなものかな。
そして気づいた。
これ、位置と少し言葉を変えたら。
アルバートルートの一幕じゃない?




