264話 苦手意識
もう意見は変わらなさそうだったので、アルを見たけど苦笑しているだけだ。
まぁ、まずかったら止めるんだろうから、一応お許しが出たってことかな?
そう思いつつも、念のために聞いてしまう。
「いいの?」
「確認する者が複数いて、且つ王族までいるとなれば、消したとしても総意ですし……任せます」
あれ。私、リリちゃん連れてっていいのー? って意味で聞いたんだけどな?
アルの方から帰ってきた答えは、私に対しての話だった。まぁ、それはそれで大事なんだけど……。
「それに」
と、思ったらまだ続きがあったらしい。
彼の顔を見つめて、話を待つ。
「……リリーは一度言い出したら、聞かないですし……」
最後に出たのは、お兄ちゃんの苦労話だったよ。その目がどこか遠くを見つめている。
うん。分かるよ。
下の子、聞いてくれないよね。
まぁ本当にダメなら力尽くでも止めるけど。
「……けれど、リリーも出来るできないの分別は、もう付けられます。大丈夫だと言ったなら、私はそれを信じるだけですね」
呆れつつも優しそうに笑うその顔は、正にお兄ちゃんって感じの笑顔だった。
王子様じゃなくて。
リリちゃんの、お兄ちゃんとしての顔。
いいな、と思って私も目を細めた。
「まぁ! ちゃっとやってちゃっと帰ってくるから! 何があっても私がなんとかするし!」
グッ! と、親指を上に立ててドヤ顔で誓ったのに、こちらを見た彼はため息を吐きました。なんでよ!
「……人に仕事を割り振る事も、能力のうちですからね?」
「ん? ごめん、難しい話よくわからないよ」
「自分の力量は、見極めて下さいという話です」
苦笑気味に言われて、私はぎこちなく頷く。
できる事できない事くらいは、分別つくけどね?
そう思って眉が寄ってたからか、補足してくれる。
「無理して回る仕事は続きませんよ? そうなる前に人に上手く手配できるのも、大事だという話です。……なんでも最後は、自分でなんとかすると思わないで下さい」
「さっきの話もそうですけど……」と、嫌な予感がしたので、「わかった!」とだけ大声で言って遮った。
つまり、仕事は比喩で。
悩んでる事話せってことね!
しかし私はまだ話す気はない!
そんな器用な生き方できてたら、まず悩んでない。前世合わせて何十年できない事が、そう簡単にできるわけがない。
こういう時、アルと私って見えてる物が違うんだろうな、と思う。
それは共感できない意味で、悲しくもあり。
私みたいにならなかったと、嬉しくもあり。
そんな考えがないから、羨ましくもある。
「はいはい! みんな外でるよー!」
私はみんなに向かってにっこりと、手を振りながら笑顔で言う。その後はすたすたと、振り返りもせずに歩き出す。
だって今下手すると、顔に出ちゃうのだ。
……私、アルって人間的に憧れてるんだよね。
優しくて、強くて、そして寄り添おうとしてくれる。言葉を尽くして、思ってる事を伝えようとする姿勢とかも好き。
だけど別にそれが、最初からそうじゃなかったのも知ってる。今の姿が、頑張り屋な彼が苦労して掴んだ姿だと、よく知っている。
しかもイケメンだし……。
彼の笑顔に、笑顔を返さない人はほぼいないだろう。
こんなのの隣にいてみなさい?
すごく楽しいけど。
同時にすごく苦しくなるよ?
嫌でも比較してしまう。自分と理想を。
自分の足りない所が、わんさかと掘り出されていく。
眩しすぎる光は、闇を一層際立たせる。
はー。嫌だわ。
『学プリ』やってた時、ここまで考えてなかったのになー?
とんでもなく、劣等感に苛まれる。
まぁここの子たちはみんなそうなんだけど。
でも、アルは特にだ。
近くで見てたせいかな? 葛藤しつつも、それを乗り越えていくのでさえ、人間っぽさを感じさせる。むしろプラスにしかならない。
そんな所も含めて、とっても理想的な……。
私が昔なりたくて。
なれなくて。
諦めた姿だなって、思う。
元の出来から違いすぎると、時折絶望感さえ浮かぶ。
なのに同時に、強烈に惹かれる。
それはアルが私の理想像だからなのか。
それとも彼自身のカリスマ性なのか。
はたまた謎の姉心でもあるのか。
目を背けたいのと同時に、ずっと見ていたいような気になる。
はー。許婚だからって感化されて、調子に乗ってるのかもしれない……。
最近、こんな謎の葛藤が多い。
困る。大変に困る。
私の役割は、もうすぐ終わるのに。
早くお役御免になりたいはずで、でももう少し側にいたくて。
それはそう、彼が大人になったなと、感じる時に多い気がする。
やはり姉か。
姉心ゆえの名残惜しさなのか。
でもそれにしては、歪みすぎてない?
そりゃ私は、嫉妬深い方ではあるんだけど……んー、セツとはなんか違うのよね。
まぁでも考えるまでもなく……私じゃ彼の隣は色々務まらないので、早くフィーちゃんに譲らないと。
惑わせるような、闇はいらないのだ。
明るく照らす、光こそ必要。
それが幸せの、条件だから。
近くにいたから、情がかなり移ってるのか……どうも、私は自分とかセツより、アルの幸せを願ってる気がする。
いやだって。セツはなんだかんだ、何とかなると思うんだよね。
昔からあんな態度でも、人から気に入られて、構われるような感じだし。
それに今の感じで、家が没落は想像できない。
そもそもシンビジウムの没落は、悪役令嬢とその手下の、散々な悪事の結果な訳だけれど。
あそこ2人が仲良かったという事は。
お父様とお母様とは逆という事になり。
それでもセスを庇おうとした結果だと思う。
もちろん、その一端に悪役令嬢の件も、あるとは思うけど……いうて養子だし。
それなら縁は切りやすい。
でもセスに対しては。
縁が切れなくて、没落したんだろうと思う。
2人とも優しい。セスはともかく、うちのセツさんは、そこも分かってて仲良くしてるから、まぁ悪い噂はない。
私が想像できないって事は。
ほぼ確信に近いという事で。
それはつまり、予言に等しい。
だから私は、セツに対してはあんまり心配してない。今ならセツ自体も、みんなと仲良いし。
火のない所に煙は立たない。
貴族は男性の方が立場が強いし、下手な事しなければ、ここくらいは私でも変えられる。
元々シンビジウム家のみんなが、死んだとかいう描写ないし。物語的に大事なのは勧善懲悪……要は、悪役が罰を受ける事だ。
お家没落は、その添え物な訳だ。
だからここの改変は、私より苦労しない。
もう土台から違うから、多分安全だ。
と、言ってあげればいいけど言ってないのは。
今、それに気付いたからです。えへ。
いやー! だってね!
運命幾つも変えようとしてるからね!
その副産物に今気付いたよね!
セツやお父様お母様を巻き込まない為には、私が死ななきゃ良いと思って、そこを目指してた訳だけど。
そこが1番大変で、運命を弄った結果……周りから変わったって事になるかなぁ。
例えば虐めの件で、私の名が挙がろうと!
セツは巻き込まれない!
だって証人が沢山いるのだ!
私たち、2人でなんてほぼいないから!
そうなんだよ!
私セツとここ入ってから、全然2人になってないよね!
どう考えても煙立たせようがないよ!
故に運命の強制力は、もうほぼないと思う。
私の深層意識的予言の方が勝ったね。
これはもうほぼ確定だね。
だから後は、私だけ。
なんだけど。
そう思うと……なんかちょっとやる気なくなってきた。昔から、自分の事に対して頑張るのは苦手だ。
……我慢した方が、早いから。
あぁ、話が逸れたなぁ。
とにかく私は、アルにもセツにも幸せでいてほしいなって、話なんだけどね?
「……まぁその前に、ドラゴンだよ」
このドラゴンほっとくと、アルだけじゃなくみんなも危ないからね!
曇り空をバックに威圧感を放つーー討議場を見上げながら、私は小さく呟いた。




