258話 やりたい放題
その声に振り向く。
「ティア、君は……」
その目は確かにこちらを見ているのに、どこか魂がぬけたように茫然とした、アルがいた。
「え⁉︎ いやいや! ほら、女神様今言ってたでしょ⁉︎ この時点で、この後の死は消えたから!」
ぶんぶん両手を振って否定するが、どこかまだ不安そうに見える。
どうしてくれるんだ女神!
なんでもっと分かりにくく、言ってくれなかったの‼︎
そんな格好までしておいて、と思った私は女神には抗議を、アルには心配の視線を送り、チラチラ交互に見る。
その様子を横から見ていた女神様は、目をスッと細めて、どこか面白そうに口を開く。
「人はいつか死ぬものよ、王子? 早いか遅いかの差でしょう?」
おいぃぃ‼︎
なんでそんな煽るような言い方するのよぉ⁉︎
女神様、加虐趣味でもあるの⁉︎
あぁでも、子供のような性格だからあるかもなぁ! 思い当たる点しかないなぁ⁉︎
「いやいや! これジョークだからね⁉︎ 女神様ジョークだから! 女神様も人が悪いなー!」
「人じゃないもの」
こ、こいつ……!
人が必死で火消ししてる時に、私に水を被せるような真似をしやがって……!
必死の笑顔で、アルに向かってフォローしていたのに、女神のしれっと言った一言により、無駄になったよ!
煽るの上手! 煽るの上手‼︎
「あの子頭いいから、頑張るだけ無駄だと思うわよ。焼け石に水じゃない?」
挙げ句の果てに他人事と言わんばかりの、その認めるような発言なんなの⁉︎
さっきの発言の方が、まだ煙に巻けたよ!
まぁ火のないところに煙は立たないから!
アルなら火元たどれそうだよね!
火の使い手だしね……ってあぁ! 現実逃避してんなよ私も‼︎
「どうしてそう、後先考えない発言するかなー⁉︎」
誰に言うでもなくーー嘘だ、7割くらい、女神への突っ込みだけど……言った言葉は、彼女の耳にも、しっかり届いたらしい。
「あんたに言われたくないわよ!」
「そうですね‼︎」
私ももう少し、気をつけて発言したらよかったのかな!
しかし時すでに遅し。
女神様のとってもありがたくない、肯定的な言葉も手伝って。
魂の抜けていたアルの目は、強い意志が滲むように、こちらを睨んでいる。
うわぁ……面倒そうな予感しかしない……。
そっと彼から目を離す……そして私は女神様を睨む。
この女神、水の女神のくせに放火しかしてない。どういうことだ。しかも本人知らんぷりだ。
しかし気にしていないのか、無視しているのか。女神様はこちらに目も向けずに、話始めるーーアルに向かって。
「黒髪の運命は、貴方だって知る所でしょう? 今更でしょう? 何を驚いているの?」
黒髪の運命ーー黒髪は悲劇的な運命を辿ることが多い、ってやつね。
彼女の様子は、無垢な笑みを浮かべていて……まるで、幼い子供が何にでも興味を示して純粋な疑問を唱えるような、そんな様子だ。
神様は、人と同じ目線には立てない。
それに彼女は、生命の神だから。
良くも悪くも魂に執着しないんだろう。
個人の死とは、彼女の周りに溢れて巡るものであって、それが普通。
むしろ今回のように、忠告してくれたのはレアケースなのだ。
それは人類滅亡阻止に、まだ私が使えるから。
というか、リリちゃんの件を片付けてないから。
まぁ、それだけの事だ。
仲良くしてるように見えたって、私と女神様の関係は友達ではないのだ。
それさえどうにかなれば、私が死のうと女神様は気にしないだろう……まぁ、出来れば生きていた方が、都合が良いみたいだけど。
「『運命の強制力』は、とても強いのよ。まぁ、その重大性にもよるけれど。今回忠告しに来てあげたのは、それがねじ曲げられた運命だったから。まだ直せる範囲だったからよ」
そう言って私に微笑みを向ける。嘘っぽいやつだけど。こういうのは、子供っぽくない。
「直せる範囲?」
「アイツの予言が甘かったから、まだ一言言えば修正できる範囲だったの。絶対的じゃなかったのが救いだったわね」
訝しげに尋ねたら、歌でも歌うように話してくれた。
機嫌が良いようでなによりですね。
私はよろしくないんですけど。
まぁ、助けてくれたのはありがたいけどさ。
「依頼達成前に、ホイホイ死なれたら困るわ。今回はクロノシアの伝言っていう、大義名分もあったから口出し出来たけど。いつもこうじゃないのよ? アミトゥラーシャは面倒なの」
「あいつ頭堅いから」と、唇を尖らせて言っている。
アミトゥラーシャ……光と雷の神、神罰を下す公平神。秩序の神みたいな感じだ。
女神様が閉じ込められて、監視されてるのも、この神様に怒られてるからだし。
そういうのを大事にしてるから、人に干渉することはあまり好まないのだろう。
「ありがとうござ……っていない⁉︎」
ちょっと考え事した隙に、目の前にいないと思ったら。
「ちゃんと捕まえておかないと、どっかに行くから気を付けなさいよ。あとウィスパーボイスは、私には丸聞こえよ?」
そう言って、アルの頬を突っついていた……肩に頬杖ついて、重力無視して空中に浮いた状態で。
「女神様⁉︎ 何やってるんです⁉︎」
「あはは! とったりしないわよー! 良いじゃないの、自分の子供の子孫を可愛がるくらい」
けらけら笑って、そのポーズのまま話してるけど!
「いや! アルが驚いて固まってるので! あんまり揶揄わないで……ってまた消えた!」
瞬きした間にまたいない!
今度はどこよ……と思ったら。
「うーん、やっぱりあの子に似てるわね。さすが私の子孫」
「ちょっと! リリちゃんにも絡まないで‼︎」
今度はリリちゃんのほっぺを、両手で包むようにむぎゅーっとしていた。もちろん浮いてる。
当たり前だがリリちゃんは困惑している。
「強く生きなさいよ。困ったらあの小娘を頼りなさい。なんとかしてくれるわ」
「無責任!」
そのままリリちゃんに話すのは良いけど!
私に全部放り投げたぞ!
「じゃ、私帰るわ」
「え、は……ってもう横にいる!」
気付いたら横に戻ってきていて、すごい二度見した。やりたい放題だな!
「チョコ絶対忘れないでよね!」
そう言って指パッチンすると、霧が彼女に集まるように濃くなり……晴れると共に、その姿は消えた。
「最後のセリフ、それ……?」
残された私は、あの女神、チョコ食べたかっただけでは? と、思わざるを得なかった。




