23話 セツの回想
オレの姉は変なヤツだ。
根暗で陰キャ、いわゆるオタクっぽいヤツ。
だからオレが死ぬ前、14歳だった時はちょっと距離を置いていた。
なんていうかそういう時期じゃん?
おねーちゃんおねーちゃんいう時期でもない。
それにほら、思春期だし。
ちょっと目立つヤツとつるんでたオレから見れば、地味過ぎてあまり接したくなかった。モテなさそうだなって見下してた。
アニメとかは好きだったけど、ラノベは厨二っぽくて嫌悪し始めてからだろうか。急にオタクがダサく思えた。昔はめっちゃ読んでたけど、それも隠した。
いやまぁ家の中では姉とフツーに話してたけど。
別に嫌いじゃないし。
でも一歩家を出れば、目があっても無視した。
なんとなく、恥ずかしかった。
姉はそういうオレの態度を見ても、特に気にしなかった。同じような理由で、外では無視してた両親には怒られてたのに。
そういうところはまぁ、悪くなかったから、親とは話をしなくても姉とは、比較的話をしていたように思う。親に言わないような事でも。
姉は近くにいたせいか、オレとの距離感を掴むのが上手いやつだった。何を話しても楽しそうに聞いてくれた。
でも人見知りだから、多分この距離感を知ってるやつは少ないだろう。あれ、掴む前に近付かないよな。
ただ、たまにからかい半分で、「昔はよく、くーちゃ、くーちゃって追っかけてきて可愛かったのになぁ」って言われる時は、距離を置いた。クソウザかったし。懐古厨かよ。
オレはフツーの高校生になる予定だった。
フツーに彼女とか作るフツーの高校生に。
姉とは4つ違いだけど、オレが2月生まれだから来年には高校生だった。
どこに行くにしても、姉に顔を合わせなくていいのは良かった。
それがどうしてこうなったんだろう。
あの日、海に落ちて死んだ日。
落ちたことは覚えてる。危ないから中に入るように言われたのに、ちょっとだけと思って海を覗いた瞬間、波で船が揺れて。
あ、と思った時には遅かった。
一応何かに掴まろうとしたけど、それでも落とされた。
誰かが呼んだ声がして、でももう戻れなくて。
苦しいよりも先に終わったなって思った。
肺から空気がどんどんなくなっていく。
寒すぎて周囲の感覚もなくなる。
強制的に暗闇に吸い込まれていくような。
上も下もごちゃごちゃで。
急に1人なのを自覚して、なんだか寂しさを覚えた。最後に何かに掴まれた気がしたけど、それがなんなのかは分からない。分からないけど。
でも多分、それは姉じゃないかと思って……苦しいのに不覚にも安心した気がする。
そこで意識が落ちた。
そして気付けば、セス・シンビジウムになっていたーーオレは物心つく頃には、今までのことを覚えていた。多分最初から。
赤ん坊のときなんて、自我らしい自我もないからそこまで深く考えなかっただけだ。
よく転生ものじゃ、最初から大人の思考で考えられる、赤ん坊だったりするけど、オレの思考はフツーに幼児だった。
赤ん坊の脳じゃ考えるのにも限界があったわけだ。ショートしないように、制限でもかかってたのかもしれない。
だからずっと、目に映る全てに違和感があった。
それを1歳くらいで自覚した。
でもちゃんと話せないから、とりあえず必死になって言葉を覚えた。
ある程度成長した最近、やっと昔らしく思考できるほど脳が育って、きちんと理解できるようになった。
これが『転生』ってものだと。
おかげさまで、なんだかとっても優秀な子供だと思われてるけど、前世合わせて19年ありゃ、まぁ成熟しますわ。
姉のことは正直期待していた。
だって一緒に死んだ可能性が高かったし。
でも転生してたところで、見た目で分からないし、こっちも分かってもらえないと思ってた。
遠い従姉妹の子供を引き取ることになったと言われて会った時も、オレは気付かなかった。
何故って今まで見たことないような、すごく死んだ暗い目をしてたから。
あんな目は見た事がない。
だから姉だなんて、考えてもみなかった。
だけど池に落ちる瞬間、なぜか既視感というか違和感を覚えて。
引き上げられた弱々しいその姿はなぜかダブった。目があって直感した。
これは姉だとーー予想はどうやら当たってたらしい。
思わず卒業したはずの、昔の呼び方で呼んでしまうくらいには動揺したのだが。
当の本人の中身は、相変わらず変わっていなかった。まぁそりゃそうだけど。
そしていきなり話し出した姉の話をよく聞けば、ここはゲームの世界であり、クリスティアは破滅の運命だと言うじゃないか。
馬鹿げてる。
それならあの時で終わりで良かったのに。
なんでまた死ぬんだよ、姉ちゃん。
オレはよく知っている。
本当は姉が気にしないのを。
多分思春期で避けてた頃は、悲しがってただろうと思うし、今も雪貴を助けられなかったことを、後悔している。
うじうじしてて暗いやつなのに、オレの前ではカッコつけてそれを隠しているのも。
一見堅実そうになのに、実際は目も当てられないほど隙だらけで、割と自分のことは後回しなことを。
まぁ、かと思えば何も考えてなかったり、考えるのを放棄したりもするんだけど。
それでも、また家族になったのだ。
ほんとにダメなやつだから、今まで助かってた分、今度はオレが少しなら尻拭いをしてもいい。多少の鬱陶しさは我慢してやろう。
今度は同じ歳だ。
上も下もないはずだ。
むしろ精神年齢はオレのが上じゃね?
そう思うくらいには長くそばにいて、情があるから。
……そりゃオレだって、姉に死んでほしくない。
オレの姉は変なやつだけど、死んでいいやつじゃない。
むしろ、幸せとかいう柄じゃねぇけど、まぁそれなりな感じでいてほしいと思う。別れなんか少ないほうがいいに決まってるだろ。
しょーがねぇから、影ながらサポートしてやらないこともない。
立ち回り下手そうだからヘマしそうで心配だし。
絶対言わないけど。
そんなことを考えながら、今は小さくなった姉の後ろを追いかけるのであった。
優しいとか好きとか感謝とか素直には言えない思春期セツさん。




