229話 その罠、自分で掘った穴
「……その、目の事についても、気になってたんだけど」
「うん? どうしたの?」
ブランがどこか、聞きづらそうにしているから、不思議に思って尋ねる。
「『目の色を変えるだけなんてしない』って、クリスティ言ってたでしょう?」
「うん? そうだね」
こちらに目を合わせず、どこか考えるようにそう言うブランに、なんだか嫌な予感がしつつ……返事をする。
同意をした後、その目はこちらを向いた。
「その言い分だとスライムを囮にするために、目の色を変えたとも取れるけど……必要ないよね?」
「……うん?」
とりあえず曖昧に微笑んで返事してるけど。
ヤバい、なんか冷や汗がヤバい。
なんか藪蛇になった気がするんですけど?
気のせい? 気のせいだよね?
しかしトドメの一言が来る。
「黒いスライムってだけで、もう十分だよね? 珍しさ的にはさ? というか、囮がスライムである必要もある? なんか裏がない?」
「え、えっとー」
射抜くような視線がつらくなり、考えるフリして明後日の方向を向く。
いや考えろ私!
言い訳! 言い訳をすればまだ間に合う!
「それはほら! 暗いところじゃ黒だと目立たないし⁉︎ 囮的にアウトだよね⁉︎」
「でもさっき、術者はバレたくない、みたいな話してたよね?」
「うぐっ! いや、ほら! 自分がばれたくないだけで! 自分以外は別だったり!」
必死に答えるけど、ブランは訝しむ表情を濃くしている。
「さっきも言ったけど、スライムである必要ある? 黒いスライムって貴重なんだよね?」
「えっとー! どういう事でしょうか?」
「幻惑でなんでも操れるなら、そんな奥の手みたいなスライムじゃなくて、普通もっと手軽なのにしない?」
つ、追求がすごい!
怒涛の追求が襲ってくるんですけど!
私の目は、混乱の海を泳ぎ始める。
「それは、逃げる時便利だからじゃない? 知らないけど! いや私、術者じゃないから分かんないけど!」
「バレたくないなら、それこそ虫にでも変身させておけば、近くまで来れない? 僕たちに気付かれずにさ?」
し、知らないよー!
私がやってるわけじゃないもんー!
止むことのない指摘の雨に野晒しにされ、思考も曇り始める。ちょ、頑張れ私!
「……あの、闇の魔力を帯びたものなら、私は気付くと思います。なので近くに来なかったのかな、と」
そっと庇ってくれたのは、フィーちゃんでした!
あぁ! 女神か!
聖女様改め、女神様かな⁉︎
ぶっちゃけあの女神様より、女神っぽ……あ、なんか次会ったとき怒られそう!
その発言に、ブランはフィーちゃんの方を向いて、少し頷く。
「なるほど。じゃあそれはそうなんだろう。でもまだあってね」
「まだあるんですか……」
結局こっちに戻ってきた視線を受け止め、げんなりしておりますが、会長様は止まりません。
疲れたんじゃない?
止まっていいよ?
むしろ、止まろう? ね?
そんな懇願の瞳は、一切無視されます。
「じゃああのスライムは、あそこにいるのがバレないと思っていたか、もしくはバレるためにいたことになる。クリスティの考えだとね」
こ、今度はなんの指摘なんだ?
困り顔を向けても、その鋭い視線は解かれない。
「でもバレると思ってたなら、あそこにいなくていい。それこそ目の前にくればいい。囮ってそういうものだよ、クリスティ」
「……さすが騎士候補様は視点が違うなー!」
「だから、バレないと思ってあそこにいたことになる。つまり、囮だって考えは違う。ここまではいいね?」
私の半泣きおべっかは、スルーされまして話は続きます。
今すごく、帰りたいです。
「だとしたら、3つ挙げた予想のうち、2つになる。最初にクリスティが言ったやつだよ。覚えてるよね? 『なんらかの形で、あのスライムを自分の目にしていたか、あれ自身が闇使いかな』って」
一言一句違わぬセリフ回し、ありがとうございます!
なんですかっ!
今度はなんなんですかっ⁉︎
私のライフはもうゼロよっ‼︎
蛇に睨まれたカエルの如く、1ミリも動けないでいる私に、言葉の牙が剥かれる。
「あれ自身が闇使いなら、まだ分かる。とりあえずの矛盾は取り除けるよ。幻惑を見せられてたというなら」
「そ、そうですね……」
強張る笑顔で答える。答えない選択肢が選べない。強制解答ルートですよ!
そして強制質問も終わらない。
「でも、それならもっと良い幻惑の使い方、あるよね? そもそも姿を見せないように、魔法を掛けない? バレると思ってる仮定は、さっき潰したから通らないよ」
んんー! 怖いよー‼︎
ブランさん怖いよーー‼︎
泣かせにきてるよーーーー‼︎
もう泣き笑いになりそうなんですけど? 誰も助けてくれないの、なんでなの? ねぇ?
鋭い目つきはさらに細められ、どこか他人事のように思う。
あ、これ殺しに来たな。
「じゃあ最後の仮定が、現時点では濃厚だよね? 『自分の目にしてた』だっけ? どうやって?」
「ほ、ほらそれは、スライムが自分のところに帰ってきたら、それ目線で過去視が……」
「それ、スライムの必要ある? 誰かの目線じゃなきゃできないなんて、クリスティ言ってなかったよね?」
ね? とブランに、にっこりされて。
うぅ! と私は、唸り声を上げる。
ズバズバ斬り捨ててきた、その刃は私に突きつけられ。
「あと、さっきの魔法陣の事も。僕は納得してないよ? なくなっちゃったんでしょ? 隠されたわけじゃなくて、跡形もなく。どうやって?」
「えぇ……っとぉー……」
「僕が知る限りではどんな魔法にも、そんな魔法は存在しないはずなんだけど? でも実際にそうなった事実を見たんだから、そうなんだろうね?」
す、すごい……。
こんなに顔を背けてるのに、圧がすごい‼︎
こっち向けよって言われてる気分‼︎
もう涙目になりながら、チラッとそっちを見ると。
にっこり笑顔と目があった。
「ねぇクリスティ。何隠してるの?」
言葉に詰まった時点でーーもう私の言い逃れは、出来なくなっていた。




