21話 フラグ回収はお約束 (挿絵)
「それで、お願いがあるのですが」
「うん? はい、なんでしょうか?」
「その百合を、身につけてはくれませんか?」
あらたまって聞いてくる王子に首をかしげて問えば、百合に目を向けてから私の方を見てそう告げられた。百合を身につける? それは……。
「私が魔法使ったのがバレるのでは⁉︎」
さっきバレちゃだめだと言っておりましたよね⁉︎
危険を侵してつけろとな⁉︎
手のひら高速回転すぎませんか⁉
アルバート王子は一瞬目をそらし逡巡したかと思ったけれど、すぐにこっちを向いて言った。
「見た程度ではわからないと思いますが……ではそうですね、バレそうになったらこういえばいいのです。『王子から貰った』と」
なるほど。王家ならなんか、なにかしら想像して納得されそうではある。でも身につけるかー。ポケットは女子じゃ付いてないのがほとんどだし、鞄か……髪? 髪飾りがいちばん付けやすいかな。
この世界は花の名前が家名なだけあって、花を身につけることはおかしくない。だからアルバート王子もこの間身につけていたわけだしね。
……ん?
『百合の花』
『王子から貰った』
……はっ‼︎
そのとき、クリスティアの立ち絵と設定が脳内を駆け巡った!
「だ、だめです! お部屋に飾るのではいけませんか⁉︎」
「急にどうしたんですか? ……そんなに身につけたくなかったのですか?」
あせってそう言ったが、それが傷つけたらしい。
あぁ! ちがっ違うんですよ‼︎
そんなしゅんとしたお顔でこっち見ないで!
心が痛むけどその顔も素敵……じゃない!
「だ、だってそれでは、私が自慢しているみたいではないですか!!!!」
仕方ないからちゃんと理由をいう。よく考えたら家名の花を身につけることはあっても、他の花だけを身につけることってほとんどないのでは⁉︎ 主人公だって自分の家の花くらい……いやルートによっては相手の花をつけるときもあって、それがまた超きゅんポイント……なのは今置いといて‼
というか! それ以前に‼︎
髪に百合つけちゃって!
「王子から貰ったのー!」とか言ったら!
それ、悪役令嬢の出来上がりなんですけど!!!!
そんなのぜっっっったい嫌なんですけどー! なに⁉ 強制イベントなのこれは!!?? いやそんなの困るからどうにかなりませんかね⁉
「へぇ……なにを自慢しているというのですか? 教えてください」
「え⁉」
きょとんとした後、微笑んで聞いてくるその顔は笑ってこそいるけれども——有無を言わさぬ迫力がある。
あ。私この顔知ってる……。
なんでかって?
クリスティアの断罪シーンの顔だからだね!!!!
そう、あの一部ファンに絶大な人気を誇る断罪シーン。その理由は、いつも優しげなアルバート王子がいつもとは違う冷たい笑顔で、悪役令嬢の陰湿な嫌がらせや態度の悪さを明るみにしたから——わかりやすく言うなら、ギャップ萌えって感じ?
このシーンのアルバート王子は「ドS黒王子」と呼ばれ、冷徹そうだけど品がある……怒っていながらも美しいと感じさせてて人気であった。クリスティアになりたい! というファンが出るほど——オタクはたまに狂っちゃうからこの感想もわからなくはない……そんなコアな学プリファンなら、今も垂涎ものかもしれない。
あ、私はイヤだけどね?
甘い方が好きなんで!!!!
だから辞退したい! 今! この瞬間に‼︎
しかし——。
「クリスティア嬢、君は私のなんですか?」
「はい! 忠実なる僕です‼︎」
ビシッと背筋を正し、敬礼をして答える。間髪入れずに答えますよ、捨てられたくないからね! 私と弟の未来がかかってるから、もう反射でいけますいぇっさー‼︎
「違います……いつからそうなったんですか」
あら、質問に対する解答が気に入られなかったらしい。残念そうにしている。説明不足だったかな? では詳しくもう一度、気合を入れなおしまして補足を!
「そうですね! 心は僕ですが忠臣になる予定です‼︎」
そう、追放されるくらいならね!
正真正銘、これは本心ですとも‼
「そうではないでしょう……これは没収ですか?」
そう言って呆れた顔をしながら、すっと手から白百合を抜かれた。
「え! あ! 待ってください捨てないでくださいー!」
あわてて私は手を伸ばす。悪役令嬢にならないために頑張ろうという、私の必死の忠誠と誓いの証がー‼︎
「……あんなに頑張ってくれたのに、本当に捨てるわけないでしょう」
そう言うと、アルバート王子は私のツインテールにまとめている髪の片方に百合の花を刺した。
「君は僕の婚約者でしょう……」
まるで悲しむかのような、そしてとても残念そうな、それでいてどこか甘えるような顔を向けられて、どう反応していいか分からなくなる。
「え、あ、それは、そうなんですけど……」
思わず言い澱むよね。だっていつかは解消されるしなぁ……って王子顔! 急にお顔が! ニコニコなのに黒くなってます‼︎ 何に怒ってるの⁉︎
はっ! 分かった!
「許嫁の自覚……そういった振る舞いを忘れるな、ということなのですね⁉︎」
「えっええ……そうですね。そうなのですが……」
そうだよ! クリスティアの追放理由に、貴族らしからぬ振る舞いで、王家の品位を貶めたってのもあったよね‼︎
大丈夫ですよ王子! この子ちゃんと分かってるのか、みたいな顔してますけど分かっております‼︎
「かしこまりました! 私、アルバート様のために出来る限り頑張って、恥になり見捨てられることのないように、精進致しますね‼︎」
拳を握ってすっごく気合をいれて言ったのに、何故かアルバート王子にはため息を吐かれたのであった。
何が気にくわないのでしょう?
上司の心、部下知らず。
「……僕は君がこれを身につけてくれる限りは、見捨てたりなんてしないですよ」
「ほ、本当ですか⁉︎」
呆れ返りながらもそう言って下さいます!
なんと百合の花命綱説!
これさえつければフラグ回避か⁉︎
言質とったよ⁉︎
嘘付かないでよね⁉︎
「では一生大切にしますね!」
今世最大の笑みを浮かべる私に対して、なにやらアルバート王子は考え込んでしまった。
そしてしばらくして。
「……今の髪型に片方だけではバランスが悪いですから、もう片方の分も贈りますね」
という、考えてたのそこなの? な返事を、悩んでたとは思えないほど、爽やかに言ってくださった。
どういうことなんだろう?
片方だけでは忠誠心が疑わしかったのか?
もう一個全力で魔法を使えと?
それとも本当にバランスの問題?
そんなこんなで話をして、それからシンビジウム家一同とも、他愛のない話をしてその日は終わった。
お帰りになられた後も、いろんな心配をしていたのだが、別に忠誠心を疑ったわけではない、らしいことが分かった。
翌日から、一輪の白百合が届くようになったからだーーメッセージ付きで。
「私の言葉を忘れないでくださいね」だの。
「もっと貴女を知りたい」だの。
……まるで愛の告白のようだ。
なにこの地味な嫌がらせ。なんでまだ怒ってるの?
最初こそ返そうとしたものの、毎日届くしそんなに書く内容私は思いつかないし。
思った……無理だ文通。会いに行った方が早いって。
そこで私の忠誠心を今度こそ分かってもらい、安心して文通を回避、そしてあわよくばある程度仲良くなる……それも策略のうち!
そう意気込んで、セスのお父様に頼みに行くのだった。




