192話 反撃は怖い
「そもそもなんですけど、クロって自分で見たものに化けられるじゃないでふかー」
「お菓子食べてからにしようね、レイ君」
御茶菓子に出したクッキーを、もきゅもきゅと食べながら話している。
話は逃げないから。
私も逃げたくても逃げないから。
お行儀が悪いよ。
「……ごくん。えーですから、その時点で記憶を持っているという事が言えます。つまりほぼ確定的に擬似魂持ちです。そうじゃないと説明が成り立たないので」
テーブルの上のクロは、レイ君にドムドムとボールのように、扱われている。
イメージはスーパーボールかな?
クロよ、いいのかそれで。
でもなんか心なしか楽しそうね……。
複雑な心境の私は置き去りにされて、話は進む。
「ちなみにクリスちゃんが見たものになれるあれは、同化を利用したものです。記憶の共有が起きた結果ですね」
「そうなのね……光の魔力持ってるわけでもないのに、なんでなのか少し不思議だったんだけど。言われて納得したよ」
じっと黒を見つめると、クロもじっと見つめてくる。
ただしドムドム叩かれながらだ。シュール!
「しかしよく毎日つけてて大丈夫ですね? 結構魔力採っていくと思ってたんですけど」
「それを分かっていながら、なぜ渡した?」
あっけらかんといってくれるレイ君に、呆れ顔をプレゼントフォーユーしますよ! 最初の時は酷かったよ! 疲れて疲れて‼︎
「今大丈夫なら、クロが我慢してるか、もしくはクリスちゃんの魔力量が上がりましたね!」
「……なぜそこで私の話?」
嫌な予感がしてレイ君に笑って聞いてみる。
こういう勘は、残念ながら当たる。
なんで当たりたくないときほど当たるんだろうね?
「その反応からすると、最初は疲れてたんですよね? 疲れを感じるのは魔力量が3割以下になってからです。それは結局、魔力を使ってるのと同じなので。毎日繰り返してたら魔力量上がりますよ! 良かったですね‼︎」
「なにも良くない……」
死んだ目で返すけれど。
彼は謎にご機嫌である。
人が苦しんでるのになにが楽しいんだ……?
そういえば昔、死ぬ気で訓練すれば魔力量が上がるって、アルが言ってたよね……え、闇まだ上がるの?
「現状でさえ測定不能なのに……?」
「え! クリスちゃん、測定不能なんですかっ⁉︎」
頭を抱える私の目の前で、レイ君の瞳は輝く。
たまに思う。
君、住んでる世界が違うんじゃないかな?
見えてるものが違いますよね⁉︎
「なぜそんな嬉しそうなのか……」
「だって! 測定不能って10万以上ですよね⁉︎ その7割とってくるなら、少なくとも7万毎回溜めこんでるんです! どれだけの魔力になってるのか‼︎」
「確実に危険生物です! 本当にありがとうございました!」
ヤバいじゃん‼︎
クロヤバい魔獣じゃん⁉︎
S級の中でも、最上位クラスの化け物なのでは⁉︎
君は何をそんなにぽよぽよしているんだ! この食いしん坊! いつでもきょとんとした顔をして‼︎ クロ、恐ろしい子! そう念を送っても、クロは相変わらずよく分からない、つぶらな瞳を向けるだけだ。 ……可愛いから許した‼
「よくクリスちゃん生きてましたね⁉︎ そのレベルは、毎日人が何人か死んでますよー! いやーすごいなー‼︎」
「レイ君ちょっとは反省しよう?」
この危険生物、元はと言えばきっかけは君のせいですからね⁉︎ 楽しそうに話す内容ではないからね⁉︎
あんな無茶振りされなきゃ、私だって生み出さなかったよ‼︎
……まぁもう可愛がっちゃってるけど!
「やっぱりちょっと解剖したい……」
「そう言いながら、こっちを見るのやめなさい!」
目が! 目が笑ってないのよ‼︎
ガチの目を向けないでください‼︎
するとクロが、レイ君の眉間にコンッとぶつかりに行った!
「あいてっ」
「えっクロ?」
そしてクロはぽよぽよして、こっちに帰ってきて飛び込んでくる。あわてて手を差し出す。
「わわわっクロ、私運動神経ないからあんまりやっちゃダメだよ! びっくりしたよ!」
「アタックされたオレは無視ですー?」
キュルルン顔で見てきますけど無視です!
反省してください!
その顔は反省してないですからね?
クロはそのまま掌の上で、こちらを見ながら小さくぽよぽよと跳ねる。褒めて褒めてーって言われてるみたいだ。
「クロー! いい子ー‼︎ よくやったよー‼︎」
「えー無視ですー? 酷くないですー?」
なんか聞こえる声は幻聴なので無視です。クロに指をツンツンすると、そのまま掴まれて——というか、絡みつかれて? そのままクロは跳ねている。
なんか嬉しそうだね!
ちょっと私は不思議な気分だけどね!
別に指は痛くないから大丈夫だけどね。
「しかしサブマスターにもアタックするとは……クリスちゃん好かれてますねー。こんな事普通ないですよ」
むくれながらも、興味深げにクロを見ている。レイ君の家には、レイ君とお父様の研究成果による、恐ろしいスライムが沢山おります。まぁクロもそのひとつ、1匹? だけど。
スライムに魔力を与える事で、テイムできることを発見したレイ君。テイムしてもらったスライムの主ーーマスターに命じてもらって、サブマスターのようになる事で、研究を進めているのだ。
マスターほどじゃなくても、普通は言う事を聞く。
ましてや反抗なんてしない。
そういう事です。クロは特別だね。
「オレのおでこ、赤くなってませんー?」
「え、わかんない」
「えー! ちゃんと見てくださいよ! 結構痛かったんですよー‼︎」
そう言ってむーっとしたレイ君は、なぜか隣にやってきた。なんで隣にきたのか。
「えー? わからないよ」
「クリスちゃん、僕への関心度低くないです⁉︎ 適当にあしらってるでしょう!」
君への関心度の下げ方、私が知りたいんですけど。要注意人物への関心度は下がらないでしょう。ブーブー言うので、手を伸ばして指先で前髪を除けて見る。
……ていうか、髪サラッサラだな!
顔ちっちゃい! え、まつ毛長い‼︎
あれ、あらためて見るとやはり可愛いのでは……?
そこではっと思い出す。
私、レイ君って推しだったね。
可愛さに惚れ込んでたんだったね……?
もしかして推しが、目の前にいる……?
唐突に思い出して、なんだか恥ずかしくなった。中身はあれだけど……今のレイ君は、もう小さくもない。
まぎれもなく。
『学プリ』の攻略キャラ。
レイナー・ゲンティアナだ……!
「……あれ? どうしました? ……オレに惚れちゃいました?」
ふせていた瞳は、いつの間にかこちらを向いていて——そしてニヤリと、妖しく笑う。
「惚れてないですっ‼︎」
「えー? 惚れて下さいよー?」
「嫌だよ‼︎」
「好きって一言いってくれたら、オレ頑張りますよ?」
何をだっっ⁉︎
手を引っ込めたのに、手首を掴まれてググッと迫ってくる! 顔面! 顔面凶器ー‼︎ あぁー! 顔だけはいいね‼ 中身はあれなの、わかってるのにー! 腰を倒すけど、これ以上行くと椅子から落ちる……!
ビュンッ!
「いったー!」
「へ?」
痛がるレイ君の頭の上で跳ねているのは……クロだった。
あ、なんか怒ってるみたい。
ボンボンと跳ねている。
バシバシと音が鳴っている。
「く、クロ! やめて下さいー!」
「さすがクロ! 私が研究材料になる前に止めてくれるなんて……なんて紳士なの!」
「えっちがっ、うわっ!」
バシバシとクロに叩かれてレイ君は頭を押さえているけど、クロはそのまま跳ね続ける。
「いいぞー! クロもっとやっちゃえー!」
「えぇー⁉︎ 酷くないですー⁉︎」
そんなの自業自得です!
そうして結局資料も読まぬまま、空き時間はクロと戯れて終わりました! レイ君は反省して下さい!