191話 擬似魂とは
「クロの様子はどうですー?」
ある日、レイ君に言われた。そう、クロはまだ私の手元にいるんですよね。
「最近反抗期なのか、言う事聞いてくれないのよねぇ」
図書室なので、人の邪魔にならない小さめの声で話す。授業課題の資料を探しに来たら、ばったりあったのだ。
まぁ、ほぼ同じ授業受けてれば、ばったり合うのも普通だと思う。全部じゃないんだけど。
カリキュラムが選択式なので、当然抽選もあったりする。そんな訳で、私は今空き時間だけど、他のみんなは授業中だ。
「どういう風に言う事聞かないです?」
「うーん、なんか勝手に動いたりとか、勝手に変身したりとか?」
そう言いながら思い巡らす。そう。たまにクロが変化してるブレスレット、すごい揺れるんだよね。なんなんだろうねあれ。
あと寮にもどると、勝手にブレスレットから、元の姿に戻ってしまう。
まぁ誰も見ていなければ良いのだが、シーナにバレるかとドキドキする。バレそうになると、勝手に子猫になってるけど。
完全に意思があるよね。
ある意味すごい賢いなとは思う。
許される範囲を分かってる行動だもん。
「クリスちゃんでもそうです? じゃあやっぱり、クロは擬似魂持ちっぽいですねー」
なんでもなさそうに言うけど。
それってさ?
「え、クロS級対象なの⁉︎」
「まぁ恐らくですけど。擬似魂って、今のところ確認方法ないんですよねー。魔力依存の偽物の魂ですから、倒したら消滅しちゃうし」
驚く私に、「分かるんならいくらでも解剖するんですけどー」と、つまらなさそうに言う。
思わずブレスレットを押さえた。
クロまで解剖しないでよね⁉︎
睨んでも、ニコッと誤魔化されるだけである。マッドサイエンティストは油断ならない!
ちなみに擬似魂とは、魔獣の中でも討伐が難しいとされる、魔力の強いものが作り出す魂のようなもの、だ。
本来の魂は、海送りの時に見たあれだ。
あの浮いてたやつね。
蛍みたいな光で。
どうもこの世界の魂には、記憶も宿るらしい。それがある故、魔力が強化される。
なんというか、分かりやすく言うと経験値の入れ物、みたいな感じかな? だから人間は、使ってるうちに魔力量が上がる。
つまり記憶を持たないものは、魔力量に変化がないのだ。強くなろうと思えば、記憶を持たないといけない、つまり魂がないといけない。
どうもそういう理由からも、魔獣は魂を求めているらしい、というのはレイ君の説。
……理解できている、つもりではある。
まぁ頭はついて行けてないんだけど。
魔獣は魔力の塊のような存在だ。魂だけが抜け落ちている。
だから成長しようとする過程で、魔力量が多いものは、魔力を圧縮して擬似魂を作り出すーーらしい。
らしい、というのは伝聞でしか伝わってないから。
レイ君でも確かめられていないように、その存在を確かめる術が、今のところない。
擬似魂を持つものの多くは、結構理性的になる。記憶を持つという事は、思考が出来るという事だから。
なのでその魔獣によっては、意思疎通が出来る。それができた人間が、その話を伝えている訳だけれど。
しかし魔獣は魔力の塊。
魂と同時に、魔力も求める存在だ。
だから、そもそも意思疎通の前に、人間は彼らの餌食になりがちなのだ。
純粋な魂を持つ者と、擬似魂を持つ者の違いは、自身で魔力を作れるかどうか、だ。
魔獣は作れないので、大地のエネルギーを変換したり、他のものから奪って生きているのだ。怖いねー。
まぁ、クロも同じなんだけどさ。
でもクロは省エネ型だからね。
そして共存型だからね。
つまりレイ君の言いたい事は。
クロには擬似魂があるから、理性的な動きを見せるんじゃないかって事。
「寒冷地対応型の時から、怪しんでたんですけどね。まぁあれは、触らないと指示出せない事から考えるに、思考の同化をしてるだけかもしれませんから」
「うーん、話が難しくてよく分からないよ……」
こんこんと語られても、それについていける頭がないです。話が長くなりそうなので、本を借りて生徒会室に向かう。
生徒会室の扉は、魔道具化されている。レイ君曰く、土魔法と風魔法の上位魔法が施されているらしい。
生徒会は一定以上の実力がないと入れない。だから、大体どちらか使えるから鍵なしでも良い……らしいです! 私は使えないけど!
まぁでも、開けられなくて困るとかはない。
私はどこのドアでも開けられるから、ね。
いつもは誰かいるし、開けないけどさ。
「思考の同化ってなんなの?」
紅茶を入れながら、聞いてみる。こういう時に、ティーパックが欲しくなる。あれ便利だよねー。まぁ、茶葉の方が美味しいけどさ。
「思考の同化は、魂を持たないものが、他者の魂に影響を受ける事です」
「ごめん、全然わかんないや」
紅茶を飲む前に既に渋い顔をしながら、入れた紅茶をレイ君の前に置く。「ありがとうございます!」と言ってくれる。
「スライムは変化が得意な魔獣です。だからそうですねー。簡単に言うと……スライム自身が、自分は触った人になっている、と勘違いしている、といったところですかね」
「なりきっちゃうの?」
「自分の考えだと、勘違いするんですよ」
私たちでは冷たくできないので、熱いお茶を飲む。うん、香りはいいけど冷やしたい。
「その点、クロは触らなくても勝手に行動しますよね?」
「多分……ブレスレットにしてるから、よく分からないけど」
ブレスレットじゃ、結局触れてるのと一緒だ。眺めてみても、クロの気持ちは分からない。
「ちなみにどんな感じで無視されてるかって、教えてもらえます?」
ワクワク顔で聞かれたので、全て答える。特にシーナがいる前での変身は、結構困るって話を。
「へー良いですね! オレの時とか、研究しようとしても逃げられたり、大変だったし」
「それはみんな逃げると思うの……」
羨ましそうに言われても、半眼で返してしまう。身の危険を感じれば、魔獣とて逃げるよ……。
「いや、倒されそうなら逃げるやつはいますけど、クロとオレじゃ、魔力量はオレが負けますよ多分。だから、普通の魔獣なら逃げないですね」
「えっクロってそんな魔力多かったの⁉︎」
「擬似魂ある前提なら、並大抵じゃまず作れませんから」
省エネ型のくせに⁉︎
お主は魔力を、貯め込めないんじゃなかったのか⁉︎
バッと見ると、淡く光ってスライムに戻る。そして机の上で、ぽよぽよと跳ね始める。
な、なんで戻った⁉︎
いや可愛いけど!
なぜ跳ねてるのかはよく分からない!
「おお! これは完全にそうです! 今戻るように念じてないですよね⁉︎」
「ないですね……」
テンションの上がるレイ君に、ヤケになる私。反比例だね。
そして盛り上がる会話に、本は放置される。